真央霊術院入試・前編



 荘厳な門をくぐった先に、木札の立て看板が置かれていた。

 ──《真央霊術院 入試はこちら》

 文字は太く、堂々としていた。名前は唾を飲み込みながらも、足に力を入れて踏み入る。
 その奥へと続く石畳の道を、色とりどりの服に身を包んだ魂魄たちが列をなして進んでいった。

 「(……思ったよりもずっと広いな)」

 思えば、真央霊術院についてはほとんど外観しか見た事がない。屋根の両端には鯱鉾の代わりに羽のような、竜の角のようなものが乗ってあり、窓は全て縦長の格子窓だ。門を抜けた先の石畳は丁寧に大きさが揃えられており、地面を踏み締めるだけでも、今までいた地区とは雲泥の差だなと思いしらされた。
 そんな事を考えつつも、ぼろの着物に身を包んだ名前は、その列から外れぬようにして歩く。人の波に押されながら、それでも流されないよう、地面を睨むように見つめて歩いた。

 「(……やっとか)」

 そうしてやがて辿り着いたのは、広い講堂のような試験会場だった。
 ──そこはまるで、前世で通っていた大学の講義室のようだ。
 円弧状に広がった木製の長机が、段々に積み上がっている。中心に向かって緩やかな傾斜がついていて、その先には試験官らしき人影がちらほらと立っていた。

 「(やはり筆記が先か。…盗んだ教書通りだな)」

 名前はそんな事を考えながらも、列の流れに従って席に着く。隣に誰が座るかも気にせず、机の縁に手を置いた。
 ──手のひらが、かすかに震えているのを自覚する。

 「(……大丈夫だ、……大丈夫)」

 自分に言い聞かせるようにして心の中で呟いていると、机と机の間を、灰色の羽織を着た試験官たちが黙々と歩いていた。彼らの手には分厚い紙束があり、それを一枚ずつ机に配って回っている。

 「紙に触れるな。開始の合図があるまで、伏せたままにしておけ」

 低く響く声が飛ぶと、受験者たちの空気が一段階引き締まった。
 名前も紙に手をかけたまま、ぐっと息を潜める。

 ──この試験に受からなければ、私は先に進めない。

 ゆっくりと生唾を飲み込んだ。静寂が広い講義室を覆う。しばしの沈黙の後、ぴしゃりと空気を裂くように声が響いた。

 「始め──!」

 いっせいに紙をめくる音が重なる。
 名前も手早く試験用紙を表に返し、問題に目を落とした。


 ──真央霊術院の筆記試験は、「歴史」「修辞」「算術」の三科目が必須。
 それに加えて、「魂魄論」「霊力論」「思念機械概論」「化学」など、いくつかの選択科目から任意で回答する。

 ──当然、知っている。真央霊術院の教書や過去問は、別の地区から盗んだり、ゴミの山の中から拾い集めたものから調べて覚えた。やれるだけの事はやって、頭の中に詰め込んだのだ。出来ないはずがない。

 名前の目が紙面を走る。筆記は得意な方だった。
 名前には前世で学んだ知識や原作の記憶もあった。それは過去問や教書には到底及ばない知識だったが、文字の読み書きが出来るというのは、それだけでかなりの強みだった。名前は自分の経験と知識をもってして、この世界の勉強をした。おかげで最低限は対応できた。

 ──ただ、それは“必須科目”の話で。

 魂魄論、霊力論、思念機械概論──そういった死神世界独特の理論体系になると、さすがに太刀打ちできなかった。

 「(……なにこれ……わかんない……)」

 鉛筆を強く握る。指先が痛いほどに。

 “霊子反応と精神波動の相関関係を簡潔に記述せよ”
 “魂魄構成の異常反応を引き起こす要因とその例を三つ挙げよ”

 ──そんなの、知るか。こっちはまず明日の飯の心配して今まで生きてきたんだ。


 盗み出した教書にも、過去問にも、選択教科の事は書いてはいなかった。それは、盗んだ教書や過去問が基礎の問題集だったからなのだろうが、名前の中では脳裏に敗北がよぎるほどに悔しい出来事だった。

 こんなの教書に書いてなかったんだけど。てか私はテストもまともに出来ないのか。……先が思いやられるわ。

 そんな事を悶々と考えているうちに、どこからかブザーが鳴って、試験官が再び前に立った。

 「それでは、実技に移る。試験は外へ。列に従い、移動しろ」

 扉が開かれ、受験者たちはぞろぞろと立ち上がり始めた。

 ──名前もまた、項垂れた顔をしながらも、机の下で固く握った拳をゆっくり開き、立ち上がる。


     *     *     *


 実技試験は二つ。
 ひとつは、「霊力測定」。
 もうひとつは、「組み手」による戦闘適性の確認。

 どれほど学問に秀でていても、死神として必要なのはまず“霊力”だ。
 霊力の強さはそのまま命の硬さ、武器の質、術の精度に繋がる。なにより──生き残る確率そのものだ。

 並んだ順に、一人ひとりが前へと呼ばれては、水晶の前に立って霊力を注ぎ込んでいる。

 「次、──名字名前。霊力測定です。そこにある水晶に向かって、霊力を込めなさい」

 呼ばれた名前は、静かに一歩前へ出た。

 ──いける。

 ここまで、自分なりに訓練してきた。
 盗んだ木の棒で型を真似して、ひとりで修練を繰り返した。
 朝も夜も、誰にも頼らず、誰にも気づかれず、ただ“強くなる”ためだけに。

 名前は水晶の前に立ち、静かに手を翳した。

 呼吸を整える。
 腹の奥にある霊子の“温度”を探るようにして、意識を集中させる。
 ──そのまま、手のひらから、流し込むように。

 そうして、霊圧として水晶玉に開放した瞬間。

 パリンッ!!!

 高く、澄んだ破裂音が場内に響き渡った。

 「っな、」
 「え!?」
 「嘘だろ……」

 ──次の瞬間、試験会場の空気がざわついた。割れた水晶が、大小さまざまな大きさの破片となって板張りに飛び散っている。名前はそれを眺めながら、背中に冷や汗をかいた。

 「(……やばい)」

 名前が手を翳していた水晶が、粉々に砕け散っていたのだ。地面には、淡く光る霊子の欠片が細かく飛び散っている。
 名前はそれを見つめながら、試験官に目を向けた。すると驚いた顔のまま固まっていた試験官が名前の視線に気が付いて声をあげる。

 「……し、試験監督殿!、替えを!」

 名前は、試験官の反応を見た後に、茫然とした気持ちで立ち尽くしていた。
 ざわつく周囲の視線も、飛び交う驚きの声も、何も耳に入らなかった。

 ──やってしまった。
 ──この水晶玉って、いくらするんだろう。
 ──弁償だったら、払いきれないだろうな。

 名前は壊してしまった水晶玉を見て立ち尽くしながらも嘆息する。不合格になるかもしれない、というよりも弁償しないといけないことの方が、貧困の中で生きてきた名前にとっては辛い事だった。
 最悪、真央霊術院は来年受けられるし…と考えていると、試験官から最後の実技科目である「組み手」をするように指示された。名前は、小さく頭を下げてから、言われた通りに組み手をする為に武道場へと向かった。

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