真央霊術院入試・中編



 霊力測定で水晶玉が砕けたことで一時場がざわついたが、入試の進行が止まることはなかった。
 次に案内されたのは、広々とした武道場のような屋外訓練場。数人ずつ名前を呼ばれては、「組み手」の試験が始まっていく。名前がバタバタとそこに向かうと、丁度試験官から名前を呼ばれたところだった。

 「──では次……名字名前、平子真子。前へ」

 試験官の声が響いた瞬間、名前は耳を疑った。

 (……え?)

 一瞬遅れて、自分の名前を呼ばれたのだと理解する。と、同時に聞こえたもう一つの名前に、思わず素っ頓狂な声が漏れそうになるのを慌てて押し殺した。

 「(ひ、ひらこ……!?、ひらこしんじ、って……あの、平子真子!?)」

 金髪のポニーテール。整った鬢。きっちり揃えられた前髪に、そこから覗く、気怠げな榛(ハシバミ)色の瞳。
 試験官から名前を呼ばれて人混みの中から動いた方を見ると、そこに立っていたのは、間違いなく──原作で見るよりかはいくらか年若いあの平子真子だった。
 仮面の軍勢のリーダー格。百年前の護廷十三隊の五番隊隊長。口の悪さと、飄々とした態度と、そして抜群の強さを誇る男だ。

 「(……ちょっと待って、なにこれ、本物……?)」

 名前は呆然としつつも、足を前に出す。相手を凝視しながらも、組み手をする為の位置につくと、平子もじろりと視線を寄越してきた。

 「……なんや。さっきのガキやんけ」

 ぽつりと、小さな声だったが、その関西訛り混じりの声ははっきりと耳に届いた。名前の心臓が跳ねる。

 「(さっきの……って、私が水晶割っちゃったの、見てたのか)」

 訝しむ間もなく、試験官が構えの合図を促す。

 「始め──!」

 名前は即座に動いた。
 真っ直ぐに走り込んで、彼を跨ごすようにして跳躍した。着地と共に開脚し、回転して下段蹴りを浴びせる。そうして足元のバランスが崩れた平子に、立ち上がりながら迷いのない掌底を喰らわせた。
 ぐらりと揺れた金髪のポニーテールが、風を切って揺れる。

 「っ!? な、なんやねん 、クッソ戦い慣れしとるやんけ!! 」

 派手にのけぞりながらも体勢を立て直した平子が、口汚く叫ぶ。
 それに対し、名前は息を整えながら、静かに言葉を返した。

 「……そりゃあね。あなたみたいに綺麗な服着て育てられたわけじゃないから」

 名前はそう言いながら、チラリと平子の着ていた服を見やる。彼の着ていた服は、少なくとも名前のボロ着よりも、ずっと綺麗な服らしかった。
 おそらく精霊艇内出身か、流魂街でも名前よりもずっと数字の小さい地区で育てられてきたのだろう。
 皮肉をこめてそう呟いた名前の言葉は、しかしながらはっきりと平子の耳に届いていたらしい。

 「……っええ度胸じゃ、クソガキ……!」

 牙を剥いたような笑みと共に、平子が踏み込んでくる。
 その鋭さに、名前は即座に身を沈めた。

 しゃがんで、腹に向けて鋭い頭突き。平子がぐえっと情けない声を上げる。

 ──次。

 そのまま反動を活かして、顎めがけて蹴り上げる。

 ──顎は、人体の急所だ。強い衝撃を加えると、脳まで揺れて動けなくなる。
 頭部がぐらりと揺れ、平子の足元が明らかにふらついた。

 「(……脳、揺れただろうな。もう立てないでしょ)」

 勝った──と思った瞬間、怒鳴り声が飛んだ。

 「やめっ!!!」

 試験官が割って入る。バタバタとやってきた試験官は、平子の容体に眉を顰めた後に、小さくホッと息をついてから、まくしたてるようにして名前を攻めた。

 「喧嘩じゃないんだぞ、これは試験だ!、組み手というものをきちんと理解した上で取り組むべきだろう!」

 ぴたりと名前の動きが止まる。息が荒い。汗が背中を伝う。どうやら、名前はやりすぎたらしかった。

 「……すみません」

 小さな声で謝ると、会場の一角からクスクスと笑い声が漏れた。
 組み手とはいえ、倒しきってしまった自分への好奇と侮蔑。
 その場で小さく背中を丸めた名前に、試験官は手で「下がれ」と促す。

 (……やりすぎたかも……)

 気づけば、平子はその場に倒れ込んだまま動かない。

 「……あ、」

 すう、と血の気が引く。死んではいないだろうが、流石にやりすぎた、と悟った名前は慌てて近づく。

 「す、すみません……っ、あの、平子さん……」

 身体を揺らさずに声をかけるも、平子は薄目を開けて「ぅえぇ……」と呻くだけ。
 これはいよいよまずいと判断して、名前は試験官に申し出た。

 「あの、」
 「……なんだ」
 「……この人救護室、連れて行ってもいいですか」
 「……救護室は渡り廊下を進んで突き当たりの左側だ」
 「……ありがとうございます」

 思いがけず許可が降り、名前は平子の腕を自分の肩にかけて、体を支えながらよろよろと歩き始めた。

 「……っ、う、うわ、なにすんねんお前……急に動かすなや……」
 「すみません、倒したの、私です……ので……」
 「……そんなら最初から加減せえや……てか強いな……なんやねん……」


 ぼやきながらも、平子はされるがままだった。

 ──思えば、この時が「平子真子」との、最初の接点だった。


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