私と太宰幹部と芥川君


 吾輩は包帯無駄使い装置の妹である。名前はまだない。……なんて、夏目漱石じゃないんだし。苗字的に語る話はこれじゃない。
 名前は太宰なまえ。この世界は、文豪がキャラとして登場し、異能バトルを繰り広げる漫画、文豪ストレイドッグスの世界。私は太宰治の妹。気づいたらおぎゃーなんて声上げながら生まれて気がついたら立派なマフィアになってました。笑えない。この世界が文豪ストレイドッグスの世界だと気付いた時は倒れそうだった。死が近いこの世界はで、さらに死が近い職業に、私は不可抗力ながらも就いてしまっていた。
 目の前のパソコンを操作しながらテキパキと情報を調べていく。さながら私はマフィアの情報員。ハッキング、クラッキングはお手の物。情報員としての自分の腕には自信があるし、今では坂口安吾さんの補佐的な位置にいる。結構重要な立場に居る……と思いたい。


 情報を纏めて印刷し、ほっと息をつく。やっと終わった。
 この資料を今世の自分の兄、太宰治……太宰幹部に届けなければいけないのだけれど、聞いた話によると今頃は芥川君と特訓中だろうか。二人にはあまり会いたくない。太宰幹部は私にも視線が冷たいし当たりが強い。仮にも実の妹なのに厳しい。嫌われるようなことをした覚えはない。いや、お兄様から見た私は出来損ないに見えているのかもしれない。まぁ、こっちは転生した身で心の底から兄と思ってるわけではないし、遠い存在のように思えるから、別に構わない。いや、ちょっとつらいかも?
 芥川君もこれまた私に対する態度が酷い。顔見られただけでキツく睨みつけられる。話したのはほんの僅かだけれど、初対面の時点で酷かった。だから嫌われるような事した覚えないですって。マフィアこわい。
 とりあえず資料を持って、今頃特訓しているであろう二人の元へ急いだ。


 う、うわぁ……。
 そこらじゅうに広がる鉄の匂いに思わず顔を歪めた。
 暗いこの部屋のあちらこちらに見られる赤い血の跡。声のする方に視線を向けると、聞いた通り我が兄と芥川君はスパルタ特訓中だった。
 芥川君、よくやるよなぁ……。ただでさえ体が弱いのに、こんな特訓をしたらキツイどころじゃない。死んだっておかしくはないのでは?兄も兄だ。こんな特訓、普通の人なら耐えられない。いや、そもそも太宰治が芥川君のように手元に置いて育てるという行為自体が珍しいのか。実の妹はこんなことさせられてないし。いや、しなくてもいいのだけど。
 ぼーっと端で傍観していると、ふと騒音が止んだ。渡すなら今か。
 血を流して蹲っている芥川君と銃を持った兄に向かって歩いていくと、先程まで見向きもしなかったのにこちらへ視線を向けた。芥川君の目が怖い。兄の目はもう虚ろだよ……。
「太宰幹部、次の任務の資料です」
「……あぁ、ご苦労様」
「では、失礼します」
 兄妹らしからぬ簡素過ぎる会話だな、と思いながら、その場を立ち去ろうと踵を返す。そして部屋の出口へ……と向かおうとした途端、肩を掴まれた。
「君、芥川君と戦いなよ」
「は?……」
 フリーズした。今、この人、何て言った?んーと、えっと。
「あ、無理です」
「幹部命令ね」
「職権乱用辞めて下さい。第一に私は情報員で戦闘は専門じゃありません。相手なら他をあたってください」
「中也から体術を習っていると聞いたんだけど?ベタ褒めされてるんだって?」
 え、知ってるの。この男怖い。中也さんとは仲悪いよね?どこから情報回ってきているの?
「普通の女性より少しできるくらいです。戦闘専門と張り合えるものではありません」
「まぁまぁ、戦ってみてよ。情報員だっていざという時の訓練も必要でしょ」
 にこにこと目の前の男は笑っていうが、目が笑っていない。目が『やれ』と言っている。暫く無言で見つめ合っては見るものの、やっぱり勝てる気がしなかった。
「……わかりました」
 ちらりと横を見てみると、ばりばり私を『殺る』気満々の、物凄い顔で睨みつけてくる芥川君がいた。やだ、私殺される。……だがしかし、下の方を見ると、赤い血だまりが出来ていた。今の時点で出血量が酷い。この状態で戦って大丈夫なの?
 そんな私の心配もお構いなしに、兄は言った。
「じゃあ、始めるよ。よーい」

「始め」
 シュッっと始めの声と同時に黒外套が私の首を目掛けて伸びてきた。完全に私のことを殺そうとしているらしい。
 確かに、小説の太宰治の言っていた通り、殺傷能力が高い。きっと戦闘では最強の異能力者になれるのかもしれない。けれど、今は鞘のない刀剣。まだまだ詰めが甘い。
 先程は兄にああいったが、中也さんの特訓を受けてきた私を舐めないでいただきたい。兄ほどのスパルタではないが、異能力の重力操作とマフィア一の体術に耐えるのはハードだった。お陰で、今も芥川君の攻撃を容易く避けることができる。
「おお……やるねぇ」
 兄が何か言っているような気がするが、気にしない。
 さて、この芥川君をどうしようか。この戦いを終わらせるには決着をつけないといけないのだけれど、傷つけたくはない。なら、異能力を使うしかないか。
 攻撃を避けた後に距離をとり、目を閉じて、そして言った。
「異能力、斜陽」
 そう言った瞬間、瞬く間に部屋は眩い光でいっぱいになった。
 ……目を開くと、予想通り芥川君は床に倒れていた。
 これでいいだろう。さっさと退出しようと兄の方を見ると……兄も倒れていた。
 あれ?人間失格で無効化されるのでは??
 私の異能力の場合は私に触れていないと駄目?光の影響は受けてしまうのだろうか?試したことがなかったからこれは予想外だ。
 なら、二人が気絶しているうちに勝手に怪我の処置をしてしまおう。
 私は持ち歩いている応急手当セットを取り出して怪我の処置をした。うわ、芥川君ぼろぼろ……。太宰さん包帯血だらけ……。

 怪我の処置をし終えた私は、二人が起きてしまわないうちに部屋を後にした。
 いや、どうなるかと思った。

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