今日は珍しく、のんびりとした時間を過ごしている。普段は情報員としてあれを調べこれを調べ、時として外に行き交渉に出向いたりと大忙し。だからこうした時間は貴重なのだが、普段仕事で忙しすぎて逆に落ち着かない。なので、気まぐれにのんびりと本部をぐるぐると歩いている。
暫く歩いていると、見覚えのある姿が見えた。雰囲気からして男性だが、男性にしては小さい。……と言えば彼は怒るだろうけど。あの帽子を被っているのは大勢いるマフィア内でも彼だけだろう。
そう確信すると、少し後ろに下がる。そうして、思い切り走って、加速して、まっすぐ彼へ向かっていく。
思い切り地面を蹴って、飛んで、彼に飛び蹴りを___
「ッッわっ!!」
浮いていた足を掴まれ、視界がぐるりと回る。
気が付くと、私は横抱きされていた。
「手前……腕が落ちたな……?しかも突然攻撃仕掛けやがって……」
「ひぃ……!ごめんなさい……!」
確かに最近は仕事詰めで体術の方の特訓は全くしていなかった。もし中也さんと私が敵同士だったとしたら私は既に倒れていただろう。
突然攻撃したことを怒っているのだろうか。ちら、と上を見てみると、軽くこちらを睨んでいた。やだ、怖い。
「中也さんに会うの久しぶりで、つい……」
「久しぶりに会ってすることが飛び蹴りかよ……」
ハァ、と溜息をつかれる。本当にごめんなさい。
「というか中也さん、下ろしてください」
「ン?あぁ……このままでいるか?」
「近い近い下ろしてください!」
急に中也さんとの顔の距離が近くなり、顔が熱くなる。中也さんは美形だから心臓に悪い。
「わかったわかった、っと」
「ふぅ、ありがとうございます」
割と直ぐに下ろしてもらえた。よかった。
中也さんは上司でもあり師匠でもあり兄のような存在でもあるという、ある意味特別な存在ではある。正直、実の兄よりも慕っている。
「そういえば、最近変わったことはなかったか?」
「変わったこと……?あー兄に芥川君と戦わせられました」
「ハァ?」
がしっ、と肩を掴まれた。
「大丈夫だったのか??」
「あ〜まあ、異能力で目を眩ませて、逃げました」
「他に、太宰の野郎に何かやられたか?」
怖い。兄本人はいないというのに、中也さんの目が据わっている。
「い、いいえ。特に、何も……」
そうか、と中也さんは私から視線をずらし、何かを考えているようだった。一体どうしたのだろう。
「……なまえ」
「はい?」
「何かあったら、俺に言えよ」
そう言って、中也さんは笑った。
太宰なまえに一番初めに感じた事は、違和感だった。
情報員のなまえと、戦闘に赴くことの多い自分とでは、なかなか会う機会は無い。だから、初めて会話するまで全く顔を合わせたことがなかった。
ある日、本部を歩いていると、ふと横を誰かが通り過ぎた。ただそれだけだった。しかし、見覚えのあるような容姿、けれど何かが違う、そんな違和感が引っかかり、つい肩を掴んでしまった。
「おい」
「え」
振り返った相手の顔を見る。
「……太宰ィ?」
髪色、瞳の色、雰囲気が、己が嫌うあの太宰治のようだった。しかし、どことなく違うような気がする。髪の長さ、身長、どことなく太宰治よりも雰囲気が柔らかいことなど。そして、目は虚ろではないこと。
「え、と」
「あ、アァ、人違いだった、ごめんな__」
目を見て謝った時、どこか違和感を感じた。
目に現れる戸惑い。そして恐怖、焦燥。どこかこちらを見ていないような、別の誰かを見ているような、そんな違和感。
「い、いえ、大丈夫です。それでは、急いでるので失礼します」
少女はこちらに一礼すると、すぐさまその場を離れようとした。
「ッまて!」
驚いたように少女はこちらを見る。
「手前の、名前はなんて言うんだ」
少しの間を空けたあと、まるで言うことを戸惑っているかのように、彼女は言うのだ。
「太宰、なまえ、です」
あれから少しずつ、自分からなまえに関わるようになった。戸惑いや恐怖や違和感は毎度のように感じたが、それも話していくように薄れていった。
しかし、未だにその違和感を感じることは稀にある。それは時に、首領について話しているときであったり、その芥川の奴のことについて話している時であったり、また彼女の兄である、太宰治について話しているときであったり。
最初は、なまえのことは存在も知らなかった。しかし、今は自分にとっては特別な存在。妹のような存在である。なまえが何を思っているかはわからない。だが、悩みがあるならば、言って欲しいとも思う。
だから。彼女の兄である、己が嫌う、あの太宰治の彼女に対する態度も、気に食わないのだ。
「おい、太宰」
「なんだい、中也」
「なまえになんかしたら、許さねぇからな」
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