僕のお節介な友人
いつもと同じ、6時に目が覚める。カーテンを開ければ、爽やかな陽の光が部屋の中に入り込む。これから暑くなる、と考えると憂鬱にも感じるが、習慣となっている事を止める訳にもいかない。ハンガーに掛けてあったナイロン地のジャージを着込み、一番上までチャックを閉める。寮の中は、まだ静かだった。そんな中、部屋に飾ってある写真を見つめる。そこにあるのは優しげに微笑む僕の母だった。けれど今はもう、今の僕にはもう関係のない事だ。
さあ、行って来ようか。
前方から朝特有の爽やかな風が吹く。気持ちが良い風だ。今年の春に京都(こちら)に住居を移し、今はもう9月だ。と言っても京都は盆地が多い為、夏は暑く、冬はとても寒い。9月と言ってもなったばかりの為、まだまだ暑さは残っていた。春の桜は既にナリを潜め、今ではもう青葉が生い茂っている。そんな中を駆けて行くのは、少しばかりの趣を感じると言うものだ。
そう言えば、趣もクソもない同級生がいた。過去形にする必要もないのだが、最近良く絡まれるのでそろそろ放って置いて欲しい。そんな事を言えばまたぎゃあぎゃあ喚かれるので絶対言わないが。その光景をイメージしたらイライラして来た、帰るか。今日も来るのだろうか。まあ良い機会だ。誰かに紹介するのも、良いのかもしれない。
「赤司君おはよう!今日も元気そうで!」
前言撤回。やはりこいつはうるさい。
「赤司君って何だ。お前いつもそんな呼び方しないだろう」
「何て呼んでるかとか覚えててくれたんだ?嬉しいなあ!」
「ぐ…っ」
(我慢だ、赤司征十郎。こいつはいつもこんなんだっただろう。頭は空だ)
いつもの様に大きく手を振ってこちらに近付いて来るのは隣のクラスの苗字名前と言う男子生徒だ。何がきっかけだったのか、この男は僕にやたらと絡んで来る様になった。もちろんそのきっかけが何かなど、僕に分かるはずもない。休み時間になる度に僕のクラスにやって来て、時間ギリギリまで居座り、そして帰るのだ。暇を潰せるのは結構だが、僕と話していて楽しいのだろうか、と思う。自虐ではなく、本音で、だ。
「そう言えば今日も朝練だったんか?」
「ああ」
「毎日毎日お疲れだよなー」
「……なぜ?」
「え…」
「勝つ為に必要な事だ。それに、僕にとって『勝利』とは基礎代謝で、当然のこと」
僕と名前の間では確かな認識の違いがあった。ここまでの人生で、あれだけ仲が良かったキセキの世代の彼らにさえも「お疲れ様」と言われた事は無い。だから、何と言えば良いのだろう、擽ったい、と言うか。おそらく名前が理解できない事でも言ってしまったのだろう。先程までの笑みはどこへやら、すっかり表情が固まってしまっている。けれど、そんな僕の心配など露知らず、こいつはまた頓珍漢な事を口にした。
「…赤司ってさ、究極的に負けず嫌いだよな」
「……は?」
「だって自分の負けを認めたくないんだろ?」
「いや、そう言う意味じゃなくて…」
「めっちゃ頑張り屋さんじゃん」
「子供扱いをするな」
「まあ試合中の厨二発言は吹き出しそうになるけど」
「殴られたいのかお前」
「もう殴ってんじゃん何言ってんの!?」
ヘラヘラ、と笑いながら話し続ける名前は本当にお気楽で、こいつの笑顔を見ていると肩の力を抜かない自分が馬鹿馬鹿しく思えて来る。「頑張り屋さん」って何だ。はじめてのおつかいじゃないんだぞ。思わず手が出てしまった僕に対して思い切り突っ込むのもお前くらいだろう。けれどそれが少し嬉しくて、「赤司征十郎」個人を見てくれている様な気がして、思わず頬を緩んだ。その変化を見られていたなんて、名前も同じ様に笑っているなんて知らなかった。
「今日、昼飯に豆腐ハンバーグ作って来たんだけど食う?」
「もちろん全部僕の物なんだろうな?」
「何その横暴さふざけんな」
僕に必要なのは「勝利」だけなのは変わらない。けれど少しだけならその為の時間を分け与えても、このお節介な友人にあげても良いんじゃないかと、そう思う。
