可愛い人ですね


「ねえ、聞いて聞いて!昨日の番組でね!」
「いつもの『一織くん』?」
「何でそんなに呆れた顔するの!」
「だって同じ学校じゃん。会いに行けば良いのに」
「行ける訳ないでしょー!?いっつも環くんと一緒にいるのに、近づける訳ないもん!」

 朝から聞く甲高い女の声は耳が痛い。そんな事を友人である人間に言える筈もなく、名前は呆れた表情を浮かべた。それを許してくれる友人だからこそ、名前はこう言った反応が出来るのだ。友人の言う「一織くん」には一切興味は無いのだが。必死に弁解をする友人の前で、あからさまだと言う様に溜め息を吐く。


「下校の時とか」
「車だもん」
「そんな事も知ってるんだ、すごいね。ストーカー?」
「違いますー!ファンだったら知ってるから!」
「ふうん」
「興味ないでしょ!」

 分かってるならどうして話しに来るのだろう。こう言う事を言われると分かってるのにも関わらず休み時間の度にやって来る友人は馬鹿である。名前のクラスに一織と環が居るからだとは分かっているが。しかし、知らない人間からちらちら、と視線を向けられるのはストレスが溜まるだろう。そんな事を思って横目でそちらを見れば、蒼色の瞳とが絡み合った気がした。


「…で、今日は何を話しに来たの?」
「っあ、あのね!一織くん、可愛いものが好きなんだって!」
「…クールキャラって言ってなかったっけ?」
「そう!そのギャップがね!ほんっと可愛くて…!」
「へえ……」
「あっ、ちょっと興味湧いた!?」
「いや…」

 嫌に真っ直ぐに感じたその視線から逃れる様に目を伏せ、名前は再び友人に話し掛けた。その後に続く話題はやはり一織の事で、この友人は本当に彼が好きなのだと感じる。これだけ執着出来るものがある友人は正直凄いと思うし、羨ましささえ感じる。しかし、名前の中でアイドルに対する興味が湧く事は無いのである。だが、少し思う事はある。その事を試す為に、名前は友人をじっと見上げた。そして友人の名を呼んだのである。


「放課後、時間ある?」




「なーいおりん、今日のメシ何かなー」
「知りません。兄さんが作ると言ってたので期待してて良いですよ」
「おっしゃ!」

 今日の予定は学業のみ。それをスケジュール帳で再確認した一織はぱたん、とそれを閉じ、ゆったりと話す環の質問に答えた。その返答の端々には兄である三月への愛情が見え隠れしている。今朝、壮五がこっそり言っていた王様プリンの存在は言わなくて良いだろう。言ってしまえば最後、環はこの場から颯爽と駆け出してしまうのだから。
 普段ならば車を使うが、昼休憩に耳にした情報を基に送迎を断ったのだ。まさかそんな情報でさえ回っているとは思っていなかったが、想定外ではない。それに、たまにはゆっくりと景色を眺めながら帰るのも良いだろう。そんな時に見つけたのがとあるペットショップだった。


「……見てく?」
「え"っ、いや、あの、私は別に…!」

 どうやらかなり熱烈な視線を向けていたらしい。何やら事情を察してくれた四葉さんが横にいた。こう言う時に限って彼は察しが良いから扱いに困るんだ。それを言ってしまえば彼は拗ねるだろうから言いませんけど。世間では一応「クールキャラ」として通っているのですからここでもし誰かに見られでもすれば、私はいつか成人組に大爆笑されるんでしょう。それだけは癪です。しかしそんな私の考えなど露知らず、四葉さんは私の手首を掴んでずんずん、と店内に入って行く。嗚呼もうこの子は話を聞かない!


「ちょっと四葉さん…!」
「いらっしゃいませー」
「いおりんってほんとこう言うの好きだよなー」
「黙って下さい。別に好きじゃ…」
「お嫌いですか?」
「え…」

 店員の声を耳にしながら、四葉さんに手首を掴まれている私は奥へ奥へと進むしかなかった。私と同い年のくせに体つきが良いからか、力も強いんですよ。振りほどく事も出来ないじゃないですか。そんな時、私達に声をかけて来たのはどこかで見た事がある女性だった。話した事は無いはずですけれど、面影にどこか見覚えがある。そんな思考を繰り広げている間にも時は進んでいたらしい。目の前の女性は再び口を開く。


「お嫌いですか?動物」
「いや、あの……好きです、けど」
「そーなんだよ。この子、いおりんっつーんだけど、可愛いものに目がねーの」
「っ四葉さん!」
「それじゃあサモエドなんか良いと思いますけど」
「サモエド?」

 店員に教えられたサモエド、と言う犬は真っ白で柔らかな毛が特徴的な犬種である。その堂々たる振る舞いとは打って変わり、甘えん坊な性格と言うのも人気である要因なのだ。くるん、とした黒い瞳はこちらに何かを訴えかけている様で、思わず彼女の腕から渡されるサモエドを受け取ってしまったのだ。ああ何で受け取ってしまったんだ、馬鹿ですか!けれど私の気持ちは正直で、ついそれを口にしてしまった。


「か、かわい…」
「すげえ、ふわっふわだ」
「このふわふわの毛が人気なんですよ。わたしもこの犬、大好きなんです」

 口から飛び出したその言葉はもうなかった事には出来ず、私はサモエドを撫でる手をゆっくりと動かし始めた。隣では四葉さんも私と同じ様に手を動かしている。そう言えばこの人、小さいものの世話は慣れてるんでしたっけ。そんな事を考えていた私の口元は無意識にも緩んでいたらしく、それを見た店員にもそんな笑みが浮かんでいた。その時の表情は酷く柔らかく、小さい頃の兄さんやケーキを食べて喜ぶ子供を思い出させたのだ。そして、私の口からは有り得ない言葉が放たれていた。


「……へ?」
「……何でもないです」
「…いおりん、ナンパの仕方原始人みたい」
「誰が猿人ですか!」




「…で、どうでした?」
「めっっっっちゃ可愛かった……!」
「そりゃ良かったです」
「可愛いもの好きって本当だったんだねえ!すごい幸せ……!」

 今日の放課後、名前がしたかった事は果たされた。「可愛いものに触れあっている一織くんが見たい」と言う友人の願いを見事に叶えてみせたのだ。その努力は健気なもので、隣で嬉しさから悶えている友人を見れば達成感さえ抱く。芸能人とは初めて話したのだが、本当に芸能人か?と問い掛けたくなるほど普通の人だった、と言うのが第一印象だ。友人から何時も聞いていた「クールキャラ」とは酷くかけ離れているだろう。
 それにしても、最後のあの一言は一体何だったのだろう。微かに聞こえただけだが、あの「和泉一織」の口から出て来るとは到底思えないものだった。こんな事を友人に教えれば、友人は嫉妬に狂うだろうか。アイドルに本気で恋している人は怖いと噂だから言えないが。もう一度その言葉を思い出すと、名前はとある違和感に気付くのである。


『可愛い人ですね』

 その時の表情は初めて見る、柔らかなものだったのだから。



「……あれ?」
「名前?顔、真っ赤だけど…」
「えっ!?」
「…もしかして、惚れた?」
「っ…馬鹿なこと言わないでよ、有り得ない」
「相変わらずツンデレですねえ、名前ちゃんは」
「ツンデレじゃない!ちゃん付け気持ち悪いから!」

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