episode 118
ボスの見解
「READY…」
兎らしき動物の声が張り上げられる。その間にピッピッと小さな機械音が響き渡る。その音がきっかけとなり、ゆっくりと瞼を上げる者が居る。サクラだ。黒を基調としたワンピースを身に纏い、首元には首輪が装着され、それは鎖によって後ろの椅子と繋がっている。目の前には彼女と同じ様に鎖で雁字搦めにされているレイノとファイと黒鋼、そして、『小狼』が居た。一行が居るのはモノクロを基調とした盤上の上だ。その対角線上には白を基調とした「敵」と思われる者達が居る。
「GO!!」
再び響いた動物の声と共にピッと首元で機械音が鳴り響く。また、それと同時にレイノらの動きを封じていた鎖が一斉に放たれた。彼女らの手にはそれぞれ、複数の短剣、鎌、ナックル、大剣が握られている。それらで相手の攻撃を受け止め、薙ぎ払い、着実に仕留めて行く。その姿は圧倒的でまさしく「夜叉」、そう言えば適格だろうか。
「凄いですね、彼女とその駒は」
ある空間に響き渡るのは男にしては少し高めの、ハスキーがかった声色である。そんな彼が居る場所には多くのモニターが設置されており、彼はそれを面白おかしく見つめていた。彼は一行の事を知っている様だった。それはその後に続く一行の行動についての発言がしっかりと証明してくれている。
「この駒、四人共素人じゃねぇだろ。イーグル」
「貴方もそう思いますか?」
「戦闘のプロというなら、あの男だろう」
ランティスがそう言って視線を寄越した先には大剣で敵を薙ぎ払う黒鋼の姿がある。彼のその顔には楽しげな笑みが浮かんでいた。慣れた手付きで大剣を持ち、肉を引き裂く感覚に嫌悪感を抱かないその姿は剣士を想像させた。詳しく言うなら「忍」なのだが、西洋の雰囲気を感じさせるこの国ではそう言ったものは無いのだろう。
「こっちは戦闘というよりもっと防護術的なものですね。いつもこのスタイルで戦っているわけじゃなさそうだ」
そう言ったイーグルの視線の先には、鎌を飛ばして敵を牽制しているファイの姿がある。鎖でぶら下がっている椅子に座るサクラを守る様に、ファイはその場に立っている。その姿を見れば、ファイは守る対象を変えてしまった、と言う事が分かるだろう。それは戦場に居るレイノと言う存在が示してくれている。
「この子も同じ感じだけど、戦う訓練は受けてる。それも、高度な」
「どちらもかなりの使い手だ」
「ええ」
そう言っては目を細め、イーグルはナックルを振り翳す『小狼』を見つめた。モニターに映る『小狼』は背後に居る敵に向かって再びナックルの先端を向ける。するとその場には、血飛沫が舞い上がった。その様子を眺めては、イーグルはふと「そして」と言葉を紡いだのだ。
「あの子が彼女の言っていた『神の娘』ですね」
「普通の娘に見えるが…」
「まあ、厳密に言うと少し『違う』存在ですからね」
「お前が言っている事は相変わらず良く分からんが…あれが本来の力ではないのだろう?」
「ええ。本来はもっと、残虐だと聞きます」
そしてイーグルが次に目を付けたのは敵に向かって何本もの短剣を投げ付けるレイノの姿である。容赦なく頸動脈や心臓を狙いに行くその軌道はある意味「残虐」と取っても良いだろう。しかし、彼はそれだけでは足りないと言うのだ。苦しげに眉間に皺を寄せ、肉を切り裂く瞬間に目を瞑るその姿からは、彼の言う「残虐性」は見られない。
「そして、マスターの強さ」
マスターであるサクラを守る様にレイノらは武器を構えて前に出る。その後ろに居るサクラはただただ真っ直ぐに、前を見据えていた。このチェスはサクラの様なマスターの精神力で戦う駒の動ける速さや強さが決まる。マスターの精神力が弱ければ、駒は自分の実力を発揮出来ない。しかし、サクラの様なタイプは初めてだと、イーグルは言う。
「『チェストーナメント』の賞金が欲しいからだろ?このトーナメントを主催しているのはビジョン家だ。表向きは、手広く事業展開してる金持ちだが」
「裏ではマフィア」
「まあ、そうだが。そんな、はっきり言うな」
「事実ですし」
悠々と玉座に座るイーグルはビジョン家の当主だ。そして、その両隣に居るジェオとランティスはその当主の双璧と呼ばれて、もう長い。そんな彼らが主催しているのがこの「チェストーナメント」である。違法に掛け金を募って、チェスに擬えて戦わせる。勿論、命を落とす事もあるバトルロワイヤルだ。しかし、危険は駒達だけではなく、マスターも同じ事である。精神力が保てず駒が負ければ、マスターも廃人になるのだ。それを知ってもなお戦う理由を、あれ程真っ直ぐな目をする理由を、イーグルは知りたかった。
「知りたいですね、あの強さの理由を」
その強さが、一人善がりのものだとしても。
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