episode 160
繰り返す始まり

「あの消え方…」
「『あの』彼女は、創られたものだよ」
「創られた…?」
「写身の小狼くんと同じ、基になる人間がいる、ってこと」
「サクラちゃんがその事を知ったのは、おそらく、『東京』で羽根が戻った後だと思う」

 その名を体現する様に桜の花びらとして散って行ったサクラを仰ぎ見て、黒鋼はひとり言の様に呟いた。その声に反応を示したのがレイノだ。そして、レイノに続く様にファイが口を開く。――サクラが変わったのは、「東京」での一件が原因だ。しかし、写身である小狼が居なくなったからだけではない。彼と入れ替わる様に旅の同行者となった『小狼』を受け入れられなかったのではなく、彼女自身も写身と呼ばれる存在だと知った為だ。『小狼』が命を賭しても守りたいと願い、恋焦がれるもう一人のサクラが居ると知り、『小狼』に対して冷たい態度を取り続けたのだろう、とファイは言う。それでも、冷たい態度の中に変わりなくあったのは視えてしまった、凄惨な夢だった。その夢を変えようと、出来る限りの事をしようと。思えば、「東京」以降のサクラはその事ばかりを考えている気がした。


『サクラ…』
「おまえはいつから知ってたんだ」
「…最初から。聞いていたから、この旅を仕組んだ者に…だからこそ、オレに叶えられる願いなら叶えてあげたかった」
「……レイノ、お前もか」

 何処か宥める様な問い掛けに、レイノは俯き、ただ頷くだけだった。――責められるかと、思った。そんな予想とは裏腹に黒鋼はやっぱり優しくて、そんな優しさが逆に辛くて、潤む目を見られたくなかった。本当に、ただ知らされただけだった。その時のわたしは「レイノ」としての自我が芽生え始めたばかりで、力のコントロールも上手くなくて。だからだろう。なにも出来ない、と暗に言われていたんだろう。飛王にとって、「レイノ」としての力は脅威じゃなかったんだ。だからセレス国で、簡単に切り捨てようとした。呪いで、わたしを殺そうとしていた。
 ぎゅ、と双眸を細めるとレイノの茶髪にぬくもりが伝わる。ちらりと視線を上に向けると、慈しみが溢れるファイの双眸がそこにはあった。そのぬくもりは次第に彼女の掌に移動し、慰める様に指を絡め取られる。その不器用な優しさに、下手くそな慰めに泣きたくなった。場違いな感情を押し殺す様に、彼女は言葉を紡ごうと再び口を開く。


「さくらの写身は小狼くんとは違う。小狼くんは、元になる小狼から躯だけが写された。それに心を入れたのは、元になった小狼なの」
「サクラちゃんは躯と心、どちらも写された。だから、飛び散ったあの羽根達は元になったサクラちゃんと同じものだ」
「何故、小僧の時とは違えたんだ」

 当然と言えば当然の、しかし鋭い黒鋼の指摘に、レイノは僅かに目を見開かせる。反応の差はあれどどうやらファイも同じ気持ちを抱いた様で、数秒の間、黒鋼を見つめた。しかしその視線は消え去り、代わりと言いたげに再びファイの声音が響き渡る。――もし、写したサクラに何かあっても、元になるさくらがいれば、換えが利く、と飛王は考えた。――その言葉に、黒鋼は拳を強く握り締めた。血の通わぬ義手である筈なのに、そこには確かに彼の強い思いが宿っている様な気がしたのだ。
 黒鋼は、今までの飛王の行いは知らないのだろう。飛王はこれまでも今回と似た様な所業を繰り返していた。たとえ創られたものだとしても、その行いで、独り善がりな願いの為に消される命があったとしても、飛王は決して止まる事はしなかった。叶う事は無い、と分かっている筈なのに。それがこの世の理だと、散々理解した筈なのに。そんな愚かな行為を止める者も居ない、とその所業を口悪く宣(のたま)えば良かったのだろうか。


「…姫の魂は…消えたのか」
『サクラ…!!創られたとか関係ないよ!サクラは、サクラだよ!!』
「…そうだ……おれは、ずっと見ていた。みんなの旅を…だからこそ、取り戻す」

 ――きっと、そうして真っ直ぐ伝えれば良かった。姫さんは、きっとその言葉を待っていた。ずっと逃げて、なにも感じていない振りをして、最後に諦めきれなくて、手を伸ばして。ただ、やきもちを妬いていただけだった。真っ黒で、到底人には見せられない、ぐちゃぐちゃに汚れきって押し殺した気持ち。その事実が、その気持ちを持っている自分が、わたしは嫌いで嫌いで仕方なかった。随分と人間臭くなった、とフレイさんは言うかな。「仲良し」に戻れ、と怒るかな。姫さん、サクラちゃん、もう一度会えたら、ごめんね、って、聞いてくれるかなあ。
 ふとモコナの赤い石に光が灯ったと思えば、円状の画面が現れる。そこに映っていたのは、もう一つのモコナと侑子だった。きっと、あちらにはボロボロに傷付いた『小狼』が映っている事だろう。


「願いがあります。さくらの居場所を、教えて下さい」
『…どっちのサクラなのかしら』
「どちらもです。さくらは絶対、死なせない」
『教えたとして、他の三人はどうするの?』
「行く」
「行きます」
「――行かせて下さい」

 侑子に抱えられたモコナは、最初にこの店に来た時と同じだ、と無意識ながらに呟いた。ただ一人、サクラが欠けてはいるが、服装に違いはあれどそれら以外に変化は無かった。『小狼』が口にする願いでさえ変わらなかった。――やはり、思いは変わらないのね。侑子は一人で内心ごちり、瞳を閉じる。そして再び瞳を開けた時には、そこには確かに芯が宿っていた様に感じた。紅で綺麗に縁取られた唇がゆっくりと動く。


「――では、対価は」

 変わらない何かを追い続けた侑子にとって、きっと今がかけがえのないものだった。

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