episode 36
望んだ手の平
「そりゃ、災難やったなぁ。大丈夫か、その足」
「うん、なんとかー。氷ありがとー」
「『ロの段階』以上の鬼児は、鬼児狩り用の武器でしか倒されへんからなぁ」
「それでアレじゃダメだったのかー。鬼児に当たっても、すぐ元に戻っちゃったんだー」
「ダーツじゃ無理やで」
無事に目的地に到着する事が出来たらしいファイと黒鋼はカウンターに腰を落ち着けた。ファイはバーテンダーに氷水を貰い、左足首を冷やしている。そして、話の内容は鬼児の事となる。そんな中、ファイは視線をダーツへと向けたのである。どうやらこの国には鬼児専用の正規となる武器が存在するらしい。そこで差し出されたのは一つのグラスだった。
「当店『白詰草』のオリジナルカクテル、『四つ葉』で御座います」
「綺麗な緑色だー」
「っちゅうワケで、絵里衣ちゃんが言うとったバーテンダーはうちやけど?」
「あのね、バーテンダーさん」
「カルディナでええよ」
「じゃー、カルディナちゃん。新種の鬼児に会ったって人の話を聞きたいんだ」
「ちょっと待ち」
ファイに差し出されたのは、透明感のある緑色の液体に四つ葉が浮かんでいるカクテルである。先ほど入口で彼と黒鋼を出迎えてくれた女性はカルディナと言う。喋り方が阪神共和国の人達と良く似ていた。そんな彼女にファイが話を聞こうとするが、それは彼女の制止の声によって遮られたのだ。すると店内は暗くなり、舞台上の影がやけに目立つ。その影からは旋律が紡ぎ出され、それは「しあわせになりたい」と言う、切ない願いが込められた歌だった。
「…綺麗な歌だねぇ」
「何処かに行きたいなら自分で行きゃあいいだろう。他人に頼まずに」
「黒たんならそうなんだろうねぇ。オレはずっと待ってたからなぁ。連れてってくれる、誰かを」
しあわせになりたい、それは誰もが思う事である。シンプルだけれど、想いが込められた歌詞、切ないメロディーは心にぐっと来る歌声によって人々の心に入り込んで来る。曲が流れた途端、世界が変わった。ファイは頬杖を付いては笑顔を貼り付けて、何かを思い出す様に呟く。そんな様子を、黒鋼は鋭い視線で見つめていた。
「って、こんなこと言ったら、また嫌われちゃうねぇ」
「終わったぞ。鬼児の話を聞かせろ」
「兄ちゃん、せっかちやなぁ。っていうことみたいですよ、織葉さん」
「歌、素敵でしたー」
「ありがと」
「いつもここで歌ってらっしゃるんですかー?」
「ええ。私の店だから。奢って下さる?そしたら教えてあげる、私が遭った鬼児の話」
「喜んでー」
カルディナは歌っていた女性である織葉にファイと黒鋼と同じカクテルを差し出した。織葉は黒く長いドレスに身を包んでいて、いやらしくない色気がある。そんな織葉にファイは笑みを浮かべて言葉を贈ると、織葉はウインクを返して来たのだ。意外にお茶目らしい。ファイと織葉が真面目な話をしている後ろでは、黒鋼はお酒を求めている。何しに来たんだろ、本当もう。
「桜都国の鬼児は、鬼児狩りが誤って一般市民を傷つけてしまわないように、みな、異形なの」
「あー、なるほど。それで、あんな感じなんですねぇ」
人間と同じ容姿をしていれば、最悪の場合鬼児狩りが犯罪者扱いされる日も来るのである。そう言った間違いが犯されない様に、人であるものと人でないものは視覚的にもしっかりと区別されて来た。しかし、今回織葉が目撃した鬼児は人の形をしており、それはそれは美しい男の子の姿だったと、そう言ったのだ。
「お二人も鬼児狩りなんですね」
「おう!『イの五段階』の鬼児までは倒したぞ!」
「凄いですね」
「草薙んとこは『イの四段階』倒したんだよな」
「ああ。しかしおまえでも倒せる。後は遭遇するかどうか、運だけだ」
「ん〜♪ケーキも美味しいけど、このスコーンも最高ー!」
「俺も、それくれ!」
「はい」
喫茶店では、小狼は龍王にお茶を差し出し、レイノとサクラとモコナはスコーンを提供している。隣では、それを食べた護刃と犬が悶えている。その様子は酷く穏やかだ。その横では口を尖らせながらスコーンを大量に要求する龍王と、それに笑顔で対応する小狼が居た。そんな二人を、レイノとサクラは楽しげに見つめていたのだ。
「仲良しになったみたいだね。あの二人」
「はい」
「二人共、楽しそう」
「私も友達になりたいな、貴方達と。だめ?」
「も…もちろん!」
「うれしい!」
まるで、昔からの友達かの様に打ち解けている小狼と龍王は酷く仲が良さげだ。それは小狼が素を出せた、唯一の男友達だと言う事が関わっているのだろう。そんな二人を見ていたレイノとサクラも護刃に笑顔を向けられ、勢い良く首を横に振った。そして、サクラは持っていたトレーを顔へと持って行き、レイノは照れた様な、はにかんだ笑顔を護刃へと向けたのだ。
「うまかったー!腹いっぱいだぜ」
「じゃ、ここは龍王のおごりで」
「なんでだよ!!」
「『リボンにゃんこ』さんと草薙さんが止めてなきゃ、今頃、このお店のもの全部壊しちゃってたでしょ?それ弁償するのに比べたら」
「安いだろう」
「うっ」
テーブルの上には食べ物のかすが残る汚れたお皿と空のティーカップらが雑に置かれている。あれだけあったケーキと紅茶を、護刃らは見事に平らげたのだ。そして、護刃と草薙が龍王を責める様に言葉を並べて切り捨てれば、さすがの龍王も言葉を詰まらせている。
「龍王。強さを求め、戦うのも良いですが、状況を見極め、無用な戦いを避けるのも、またひとつの強さですよ」
「分かってる。けどな、俺は自分がどのくらい強いのか試してみたいんだよ。世界の広さを知らずに自惚れないように。強いやつと出会えることが俺のしあわせだからな」
蘇摩は呆れる様に溜め息を付いて、言葉を紡いだ。そんな彼女の様子に、戦闘狂の龍王も思わず苦笑を漏らしたのである。そんな龍王は背中に背負う大剣を持ち、ゆるり、口角を上げた。小狼もまたそんな龍王を見て、微笑んでいたのだ。強さを求めると言う形では二人は同じなのだ。そんな時、ぴく、と自身の心臓が波打つのをレイノは感じたのである。それは他の者も同じである。
「「「「鬼児が来た!!」」」」
「ここにいて下さい!」
「小狼君!!」
反応を見た護刃らは外へ駆け抜け、小狼もモコナをサクラに預け、護刃らに並んで外へと飛び出したのだ。そんな小狼をサクラは追い掛けようとするが、レイノの手によって止められる。しかし、サクラの強請る様なそんな瞳に苦笑を浮かべ、降参を表したのである。
「わたしの側から離れないでね?」
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