episode 35
死にたがり
まるで合図があったかの様に、ファイと黒鋼は同時に飛躍した。ファイは余っていたダーツの矢を放ち、その直後に黒鋼も正面に居た鬼児を斬る。ファイはもうダーツの矢がなくなってしまったらしく、細い体格を生かして攻撃を避ける事しか出来ないでいた。しかし、それに気付かない黒鋼ではない。
「避けてばっかいねぇできちんと倒せ!」
「でもー。アレじゃ鬼児さん、すぐ戻っちゃうみたいだしー。これ遊び道具らしいしね。それに、やっぱり本職に任せたほうがー、ね。『おっきいワンコ』」
「まだ、てめぇのいい加減な呼び名のほうがマシだ!」
「ほんとにー?ね、ね、どれが好きー?黒たん?黒りん?黒ぴっぴ?」
「どれも好きじゃねぇ!!」
黒鋼は鬼児達を倒しながらも避けてばかりのファイを睨み、叫んだ。しかし、ファイの言う事は的確で、自身が放ったダーツの矢は鬼児の中に取り込まれている。そんなファイが言う渾名に、黒鋼はやはり「ワンコ」は嫌なのか、制止の声を叫びながら刀を振り回していた。そんな黒鋼を、ファイは鬼児の攻撃を避けながら茶化すのである。しかし、そんな余裕がなくなって行くのを自身でも感じていた。せっかく買った服が破れて行く。ああ、もったいないなあ。
「反撃しろ!!」
「けどー、オレ、武器これ以上持ってないしー」
黒鋼は刀で鬼児を斬りながらも、やや押され気味のファイを気に掛けて声を張った。そんな中でも笑みを絶やさないファイは電灯に片足を置いて着地する。その周りには未だ戦意を持つ鬼児達がこちらを見つめていた。さてどうしようか。そう考えていた時、ファイの背後の鬼児の目が光ったのである。
「伏せろ!!」
目が光る鬼児に気付いた黒鋼はファイに向かって声を張り上げるが、それは少し遅かったらしい。ファイは鬼児の両目から放たれた光線をモロに受けたのである。ファイはそのままブロックへと突っ込み、瓦礫の山へと倒れ込んだ。目に再び光を集める鬼児を倒すが、鬼児は減るどころかどんどん増える一方である。瓦礫の山へと倒れ込んだファイが起き上がる気配は無い。それが分かった黒鋼は、思わず小さく舌打ちを響かせた。
「地竜・陣円舞!!」
再び鬼児達と対峙した黒鋼は刀の先端で地面に円を描き始める。その瞬間から周りには爆風が弾け飛んでおり、円外の者を全て消し飛ばし、破壊して行ったのだ。その技の威力は十分で、周りに居た鬼児達の姿はもう見えない。しかし、その圧に耐え切れなかった彼の刀も破壊されてしまったらしい。
「やっぱり、この刀にゃあの技は荷が重かったか」
「んん?何か、足がヘンみたい??でも、このくらいじゃ死なないからー」
「…死なないんじゃなく、死ねないんだろう。おまえは」
今まで寝そべっていたファイは何時の間にか上体を起こしていて「さすが黒様」と手を叩いている。そして起き上がろうとしたが、どうにも鈍い痛みが抜けない。どうやら瓦礫に突っ込んだ時に捩った様だ。しかし、歩けない痛さではない。そう結論付けた彼は苦笑を浮かべて大丈夫、と言う意味を込めてそれを黒鋼に向けた。
そんなファイを見た黒鋼は、月の光に照らされながら腰から鞘を抜き取る。そうして呟かれた言葉と共にファイの身に訪れたのは意図的に降りかかる痛みだった。
「俺ぁ、殺そうと向かって来た奴は殺る。生涯、守ると決めたものを奪おうとする奴も殺る。今まで何人殺したかも覚えてねぇからな。綺麗事なんざ言う気もねぇ」
そうして話されたのはどうやら黒鋼なりの生き方だろうか。それは、ファイにとっては理解しがたい話である。オレはそんなに真っ直ぐに生きる事は出来ない。ただ前だけを向くなんて事はきっと出来ない。今でさえオレは過去しか見てないんだ。考える事が出来ない。だんだん息が荒くなって来るファイの顎に、黒鋼は鞘をそっと添えた。
「まだ命数、尽きてねぇのに自分から生きようとしねぇ奴がこの世で一番嫌ぇなんだよ」
ファイは一瞬笑みをなくすが、再びそれを貼り付けた。黒鋼の事を渾名ではなく、「君」と呼んだのにも何か訳があるのだろうか。それが分かるのはオレだけだけどね。嫌いだと、はっきり言われたのは初めてだった。不快だ、って言いたげな君の視線には気付いていたけど、ちょっとは傷付くし罪悪感だって募る。けどね、何でだろう。どうしてこんな時に、君の笑顔ばかり思い浮かぶんだろう。
ねえ、レイノちゃん。
「俺の攻撃を次々、良くかわせるな。けど、これは避けられねぇぞ」
「小狼君!!」
「っ駄目!」
「いけません、龍王!!」
一方、一行喫茶店では小狼と龍王の対決が続いていた。店内はめちゃくちゃで、こんな場所で食事をする気はまず無い。龍王は再び大剣を握り直し、笑みを浮かべて小狼へと駆けて行く。その瞬間、小狼の見えない右目も鋭く、妖しく輝いていた。それを止める声が三つ、店内で響くが止まる龍王ではないのだろう。思わず小さく舌打ちをしたレイノは唐突に駆け出したのだ。
「海龍…」
龍王が大剣を構えると、彼の周りには風が巻き起こる。恐らくこの一撃を発動させてしまえば、一行の店は潰れる。それは避けたい。その気持ちは小狼も同じ筈である。周りに武器の代わりになる物がない、と気付いたレイノは龍王の両手首に向かって思わず足を蹴り上げたのだ。それと同じタイミングで「こら」と言う一声と共に龍王の脳天には大きな痛みがやって来た。
「ひとの店で何やってんだ」
「いっでー!!」
「……へ?」
「あれ」
「く、草薙さん…?」
先程の痛々しく、鈍い音の正体は草薙による拳骨のそれだったらしく、しばらくは続きそうな痛みに思わず眉を顰めてしまう。しかしそれは一瞬の事で、同じタイミングで止めに入ったレイノと彼はお互いの顔を見合わせては瞬きを繰り返していた。これ、わたしが出なくても良かったのかも知れない。
「申し訳御座いません。女の子に止めさせて、私の手で龍王をお止め出来なくて…」
「いや、俺のせいでもある。うまい店見つけたって龍王に教えた時に、強い奴らに会ったって言っちまったからな。それにしても嬢ちゃん良く動く体だな。鬼児狩りでも十分いけるんじゃないか?」
「痛いの嫌なんで断ったんですよー」
「何その理由」
先程の騒動から一転して、レイノらは改めて食事を提供する事になった。蘇摩はよほど悔しかったのか、目を瞑って拳を握り締めている。そんな蘇摩が口にしたのは、サクラが作った生クリーム付きフォンダンショコラとレイノが作ったスコーンである。後者には様々な味が用意されている為、それも楽しみの一つだ。それらを口に含んだ瞬間、蘇摩の頬はふわり、と綻んだのだ。
「本当に美味しいです。お三人で作られたんですか?」
「いえ。レイノちゃ…あ、『リボンにゃんこ』ちゃんと『おっきいニャンコ』さんが…」
ああ、未だに慣れない。けれど不信感を抱かせる訳にもいかないので、わたしは笑みを浮かべた。でも一体どうして「リボン」なんか付けたんだろう。リボン要素どっこにもないし。そもそも付けた事ないし。相変わらずファイさんの思考回路は読めない。いや、この先も読める気しないけど。そんな事を考えているレイノの視界の端にはグチャグチャになった店内を一人で片付ける龍王の姿が映っていた。
「あー、くそ!俺も食いたいー!!」
「まだあるから、大丈夫ですよ」
何処か寂しげな龍王を、手伝い始める手がある。小狼である。そんな小狼に問いを投げ掛ける龍王がどれだけおちゃらけていても、分かる事はあるのだと言う。相手の動きは良く見ている方らしい。そんな龍王に右目が見えない事をなかなか言い出せない小狼は、笑みを貼り付けた。けれど、この純粋な瞳からは逃れられない。そう感じ取った小狼は、その事について話す事になったのである。
「それであれだけ素早いのか。凄ぇよ」
「あのまま戦ってたらおれが負けてたと思います」
「勝負に、もしもなんてねぇぞ。勝ちは勝ち、負けは負けだ」
「…はい」
「っと、その敬語やめろよ」
「はい?」
「年齢なんて、この国じゃ関係ねぇだろ」
「また、手合わせしてくれよな!」
「はい。いえ、うん」
「よろしくな!『ちっこいわんこ』!」
壊された店内も元通り、綺麗になって行き、後はテーブルクロスを掛ければ完成である。そんな中で繰り出される小狼の敬語に納得が行かない龍王は思わず小狼に詰め寄って行く。そして、全力の笑顔を浮かべて小狼に手を差し伸べたのだ。それに対して小狼も可愛らしい笑顔を浮かべている。しかし、渾名に未だに慣れない小狼は言葉を詰まらせていた。そんな二人を見ていたレイノとサクラは顔を見合わせ、笑みを溢したのである。
「そういえば、お聞きになりましたか。あの噂」
「ああ。『情報屋』の絵里衣からな」
「鬼児の新種が出たってやつだろ!?」
しかし、そんな和やかな空気をぶち壊す様な会話が始まってしまったのだ。その話は、昼間黒鋼とモコナと小狼が聞いた話と同じである。戦闘狂の龍王が嬉しそうに口を挟むと同時に、小狼の目付きは鋭いそれへと変わって行ったのだ。突如現れたそれは偶然なのだろうか。そんな疑問が解消されるのはしばらく先の話である。
家外では桃色の桜の花弁が宙を舞う。微かに風が靡く桜都国の夜は酷く幻想的だ。厚い雲が暗闇を覆う中、月の光だけが唯一の道筋である。その中にはフードを深く被った謎の人物が電柱の先に立っていた。顔はフードの影で見えない。けれどその顔は、何かを悟っているかの様な、そんな妖艶さがあった。
「…レイノ、小狼」
その声は、君達には届かないだろうけど。
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