episode 49
勧善懲悪
「おはよう!いい朝だねぇ。今日もいい興行になりそうだ」
「昨日の地震すごかったわね、負けずに飲んでたけどね」
「悪いね、手伝わせて」
「いいえ」
「こう言う事には慣れてますから」
「泊めていただいたんですから、手伝わせて下さい」
「ありがとよ!」
「昨日は大丈夫でしたか?」
「え?何が?」
「いや、あの、お酒を飲んでサクラ姫、あの…」
翌朝の遊花区は昨夜の地震など、なかったかの様に賑やかさで包まれていた。そんな中、レイノらは掃除を手伝っており、地面に水を掛けている。昨夜は地震が落ち着いてから宴会を始めたらしいが、予想はしていたもののサクラは全く覚えていなかったのである。再び猫化してしまったサクラとモコナ、鈴蘭の同僚らに捕まる小狼、と言ったカオスな状況はもう思い出したくない。
「え?え?」
「ううん、何でもないの」
「でも、昨日の地震すごかったね」
「はい。あの後、宴会がお開きになってからもずっと続いてましたけど、眠れましたか?」
「レイノちゃんとモコちゃんが一緒に寝てくれたし…」
どれだけ記憶を辿っても、サクラは昨夜の宴会の事を思い出せないでいた。それに加え、酔った次の日の目覚めは酷く良いものだから困るのだ。小狼の前に出て苦笑を浮かべるレイノは昨夜、大変な苦労があった事が分かる。そんな事とは露知らず、サクラは小狼にじっと視線を向けたのだ。
「や、ややや、やっぱりヘンですよね!で、でも、着替えると鈴蘭さんが!!」
「違うの。可愛いなって思って。ほんとよ!すごく可愛いし似合ってるし!大丈夫!女の子にしか見えないわ!!」
「サ、サクラちゃん…」
『サクラ、それフォローになってないない!!』
「え!?」
サクラがずっと見ていたのは小狼の服装らしく、それに気付いた彼は顔を真っ赤にして俯いた。彼女はフォローしているつもりなのだろうが、レイノから見たら傷口を抉っている様にしか見えないのである。それを言葉にしてくれたのは眠っている筈のモコナだ。それでやっと気付いたサクラは、申し訳なさげに謝罪の言葉を口にしたのである。
「地震、大丈夫なら良かったよ」
「本当に平気よ。それに、玖楼国でもあったから。紗羅ノ国に来る前の、竜巻さんと会った国。あそこで取り戻してくれた羽根の中にあった記憶。お城から見える砂漠の遺跡があるの。その遺跡は一年の殆どを砂嵐に覆われていて」
前の国、偶像の国で取り戻した羽根には、遺跡についての事が込められていた。何処か不思議な雰囲気を纏っている玖楼国のそびえ立つ様な二つの遺跡はその国を象徴する物として何年も発掘が繰り返されていると言う。その事をやっと思い出したサクラは目を伏せて、小さな唇を何度も開く事を繰り返していた。
「…まるで、あの遺跡が砂漠から飛び立とうともがいているみたいに」
そんなサクラの行動を止めたのは、小狼が呟いたある一言だった。
「え?」
「以前、玖楼国にいたことがあるんです」
「そうだったんだ。どこに住んでたの!?わたし、もう思い出してる辺りかな?」
小狼の脳裏には桜都国での事が浮かんでいた。サクラが彼の事を思い出そうとする度に起こる拒絶反応は見ていて気持ちの良いものではない。そして、彼はその反応に恐れを抱いている。何時もなら微笑ましい笑顔が、今はとても、痛々しい。そんな彼を見兼ねたレイノは「ちりとりを取って来る」と一言残し、彼の頭にぽん、と軽く手を置いて長屋に入って行ったのである。
嗚呼、泣きそうだ。
倉庫の場所を忘れてしまってちりとりを探し当てるのに手間取ってしまったレイノは急いで長屋を出る。その理由は、先程とは違うざわめきが遊花区を包み込んでいる、と思ったからだ。長屋の玄関から足を踏み出すと鈴蘭の怒った様な声が鼓膜を震わせる。どうやらただ事ではないみたいだ。そう思ったレイノは近くにあったほうきを手に取り、近くに居たサクラに声を掛けたのである。
「どうしたの?これ」
「陣社って所の人達が襲って来たみたいで…」
「…何か、雰囲気悪いね」
「けど、鈴蘭さんが…」
サクラが言うには、氏子らに襲われそうになったところに割って入ったのが鈴蘭らしい。こんな事になるなら離れなきゃ良かった。そう思ってももう遅いのである。ちらり、と前の彼らを見るとサングラスを掛けていて目の色は分からないが、険悪な雰囲気だけはしっかりと感じ取れた。
「遊花区で暮らす者は、すべて鈴蘭一座の身内!このあたしの目の黒いうちは!指一本!触れさしゃあしないよ!!」
「よ!鈴蘭ちゃん!!」
「格好良いねえ」
しかし、どうやら自身が心配する必要は無かったのかも知れない。目の前の鈴蘭は側にあった桶を足場にし、声を張り上げて遊花区の壁になってみせたのだ。そこらの男らよりも男らしい鈴蘭の気迫に、氏子らは思わず後ずさる。そんな彼女に、レイノも茶化す様に口笛を吹いたのだ。
「怪異を呼ぶ阿修羅像を本尊してる一座に、身内も何もあるかい!!」
「不吉な像を後生大事に祠りやがって!何かたくらんでやがるんじゃねぇだろうな!!」
「蒼石様も何でこんな奴らを追い出さねぇんだ!!!」
最後の最後に言い訳の様に言い放った言葉に、鈴蘭は目を見開いた。その表情の変化には、レイノとサクラしか気付かなかったみたいだが。しかし、氏子らはその隙を狙い、一斉に棒を振り翳したのだ。けれど、それは小狼が桶を支えに氏子らを蹴り飛ばした事により未然に防がれたのである。それでも諦めない氏子らは近くに居た区民に棒を振り翳そうとする。それに対してレイノは、持っていたほうきを突き立てたのだ。
「これ以上悪さするなら、刺しますよ」
ただ一言、それだけを口にしたレイノの視線は酷く鋭いそれだった。とある氏子に突き立てられているほうきはゆっくりと彼の首筋に添えられて行き、少しでも反撃するものならそれはすぐに風を切るのだろう。それに気付いた彼らは「覚えてろよ!」と言う悪役の様な捨て台詞を残し、遊花区を去ったのだ。
「一昨日おいで!」
「塩まいてやる!えいえい!」
「すごいわ!かっこいいわ!」
「小狼強いのね!レイノも!」
「ありがとよ!レイノ、小狼!!そうだ!うちの舞台に出てみないかい!?」
「ええ!?」
「ぶ、舞台ですか……?」
「きゃー!素敵!!」
逃げて行く氏子らを、レイノと小狼は厳しい視線で見つめ続けている。ただ、彼女は初めて見た小競り合いに戸惑っている部分もあるのだが。そんな二人を鈴蘭の同僚らは押し倒し、抱き締めたのである。そんな光景を見て笑みを溢す鈴蘭だったが、だんだんと歪んで行く悲しげな表情に気付いたのはサクラだけなのである。
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