episode 6
なくなった拒絶
「つうわけで、部屋ん中でじっとしとってもしゃあない。サクラちゃんの記憶の羽根を早よ探すためにも、この辺、探索してみいや」
「「『はーい』」」
「はい」
「おっと!わいはそろそろ出かける時間や。歩いてみたら昨日、言うとった巧断が何かも分かるはずやで」
「はい」
翌日、空汰の提案でこの国の探索に出かけるレイノらは下宿屋を出て、玄関で話していた。モコナはファイの肩に乗っていて、ファイの服装は白い七分袖に青いGパン、小狼の服装は緑の半袖シャツに深緑のストレートパンツのラフなスタイルである。黒鋼の服装は上下黒の半袖シャツとGパンで、何時も以上に機嫌が悪そうに見えるのは気のせいだろうか。昨日の状態とは打って変わって元気になった彼女は胸元に花柄の刺繍があるシースルーの白シャツにブラウンのプリーツスカートを合わせ、藍色のピンヒールを履いていた。小狼は未だ下宿屋で眠り続けている大切な姫であるサクラの事が心配なのか、不安そうな瞳でサクラがいる部屋を見上げている。
「サクラさんは、私が側にいますから」
「…はい」
「その白いのも連れていくのかよ」
『白いのじゃないー、モコナー!』
「モコナ、連れてかな、羽根が近くにあっても分からんからな。レイノがおるけどモコナもおったほうが確定しやすいやろ。大丈夫。だーれもモコナをとがめたりはせん。つうか、この世界ではありがちな光景やさかいな」
「え?」
嵐は小狼を安心させようとしているのか、柔らかい笑みを浮かべていた。一方、黒鋼はどうやらモコナに対して苦手意識があるらしい。小狼と空汰が話している側ではファイとモコナはじゃれており、それらに対してメンチを切る黒鋼、と言うのは日常茶飯事になりそうだ。もちろんそれを見ているレイノも込みである。
「うし!んじゃ、これ!お昼御飯代入ってるさかい、四人で仲良う食べや」
「なんで、そのガキに渡すんだよ」
「一番しっかりしてそうやから!」
「どういう意味だよ!!」
「まあ、黒鋼さんは一瞬で除外されますよねえ」
「黙れ小娘!」
出されたのはかえるのがま口財布だった。そんな物を売っている所があるのか、と言うほど緑色をしているそれは酷く健康的である。黒鋼の問い掛けに眩しいほど明るい雰囲気を放っている空汰の後ろでは、嵐がさりげなくコクリ、と頷いていた。その後に満面笑顔で言葉を放ったレイノの頭を鷲掴みにする黒鋼の姿があり、これもまた日常茶飯事になりそうだ。
「にぎやかだねー」
『ひと、いっぱーい!』
「でっかい建物と小さい建物が混在してるんだー。小狼君はこういうの、見たことあるー?」
「ないです」
「レイノちゃんはー?」
「ない、と、思うんです、けど…」
「歯切れ悪ィな」
「いや、何か、懐かしく感じて…」
「…もしかしたら、レイノちゃんの国にも似たような風景があるのかもねえ」
「――そうですね」
空汰に言われて、レイノらは街に飛び出した。そこは人々が行き交い、とても賑やかな場所である。話題を膨らませる様に放たれたファイの問い掛けだったが、それにレイノは途切れ途切れに言葉を紡いだ。自分でも良く分からないこの違和感に思わずぞくり、と感じるが、目元を細めたファイの笑みに、ほっと安堵の息を吐く。――苦手なはずなのに、どうして安心できるんだろう。
一瞬笑みを深くしたファイは視線を黒鋼の方に向け、何時もの様に柔らかく笑いながら変な渾名で呼んでは小狼と同じ事を問い掛けたのだ。答えようとした黒鋼だったが自然と耳に入って来る笑い声に、黒鋼の口角は自然と上がって行く。
「笑われてっぞ、おめぇ」
『モコナ、もてもてっ!』
「モテてねぇよっ!」
「らっしゃい!お、兄ちゃんたち。リンゴ、買っていかねぇかい!?」
「それ、リンゴですか?」
「これがリンゴ以外の何だっちゅうんだ!」
仕返しが出来ると思ったのか、未だにくすくすと笑っている通行人らを、黒鋼はにやりとした笑みを浮かべながら指差す。しかし、予想外にポジティブな答えを出したモコナに黒鋼は裏手で突っ込んだのだ。戎橋の途中で声を掛けて来た人物は八百屋の店長だった。手には林檎が乗せられていたが、それらに疑問符を浮かべる者が居る。小狼だ。
「小狼君の世界じゃ、こういうのじゃなかったー?」
「形はこうなんですけど、色がもっと薄い黄色で…」
「ん?そりゃ、梨だろ」
「いえ。ナシはもっと赤くて、ヘタが上にあって…」
「それ、ラキの実でしょー?」
「いや、トマトじゃないんですか?」
「で!いるのか!いらんのか!」
『いるー!!』
「え!?」
小狼の問い掛けにファイは疑問に思ったのか、不思議な表情を浮かべて店長が持っている林檎を覗き込む。それからの会話の流れで、梨を連想しただけでこんなにも幅広い想像が繰り広げられる事には驚きである。しかし、痺れを切らした店長がそれを持ちながら勢い良くこちらに迫って来たのだ。その中で返事をしたモコナによって複数の林檎はお買い上げと言う事になったのである。
「おいしいねー、リンゴ」
「はい」
「甘いですね」
「だねー。けど、ほんとに、全然違う文化圏から来たんだねぇ。オレたち。そいえば、まだ聞いてなかったね。小狼君はどうやってあの次元の魔女のところへ来たのかなー。魔力とかないって言ってたよねー」
「おれがいた国の神官様に送って頂いたんです」
「すごいねー、その神官さん。一人でも大変なのに、二人も異世界へ同時に送るなんて。レイノちゃんはー?」
「…自分で、来ました」
「そっかー。黒りんはー?」
「うちの国の姫に飛ばされたんだよ!無理矢理」
シャク、と気持ちの良い音が響き渡る。先程購入した林檎の果肉を噛み潰すそれである。口内にじんわりと広がって行く甘味はレイノが好きな感覚だ。それを楽しみながら話題にされるのは次元移動についてである。そんな中、小狼の頭上でかぱあ、と大きく口を開けてそれを食べようとするモコナを偶然目撃してしまったレイノは、大きく目を見開いていた。その一連の様子を見ていたファイは思わず吹き出して彼女に言及されるのだが、それが酷く楽しそうなのである。しかし、次に続くファイの問い掛けに、彼女は僅かに視線を逸らして一言呟いた。だがそれは一瞬の事で、次に放たれた黒鋼の言葉に思わず吹き出したのだ。
「悪いことして叱られたんだー?」
「も、問題児だったんですか……っぶは」
「笑いすぎなんだよテメェ!」
姫巫女である知世姫の事を思い出したのか、黒鋼は苦い表情を浮かべて言い放つ。まあ、それが原因でまたからかわれる事となるのだが。ファイとモコナは笑いながら、馬鹿にする様に黒鋼を指差した。それに対して痺れを切らして黒鋼は叫ぶが、それに被せる様に爆笑するレイノは楽しそうである。しかし、そのせいで黒鋼の苛立ちが最高潮に達するのは仕方のない事だ。
「てめえこそどうなんだよ!」
「オレ?オレは自分であそこへ行ったんだよー」
「だったら、あの魔女頼るこたねぇじゃねぇか。自分でなんとか出来るだろ」
「無理だよー。オレの魔力総動員しても一回、他の世界に渡るだけで精一杯だもん」
笑いを止めさせる事が出来ないと観念したのか、黒鋼は問い掛けをそのまま本人に返した。視線は何時の間にか肩に乗っていたモコナへと向けられていたが、おそらくその言葉にはレイノも入っているのだろう。何かを隠す様なファイの嘘の笑み、その微笑みが彼女の一番大嫌いなものだった。ファイの言葉で何かに感付いたのか、彼女の眉が顰められ、僅かに顔が強張る。そんな彼女を知りながらも、ファイは食べかけの林檎を手にし、それを見つめる様に目を伏せ、淡々と魔力について話して行った。そんな中、彼女は目を見開くどころか顔を強張らせたままじっとファイを見つめるだけである。一方、小狼はファイの話を聞き、一段落着いた所で食べかけのそれを儚そうに、悲しそうに、寂しそうにじっと見つめていた。
「……さくら」
(…小狼君…)
「きゃあああ!」
林檎を見つめ、思い出に浸る小狼をレイノは悲しそうに見つめていた。その様子をファイが難しげな表情で見つめてるとは知らずに。そんな所に掠れる様な女性の悲鳴が響き渡る。弾かれる様に上空を見てみると、建物の上にはゴーグルを掛けた集団が立ち竦んでいたのだ。
「今度こそお前ら、ぶっ潰してこの界隈は俺達がもらう!」
「ヒュー。かぁっこいー」
「またナワバリ争いだー!」
反対側に居るのはキャップを被り、作業服らしき物を着込んだ男の集団だった。ゴーグル側の男が親指を下にやると一斉に騒ぎ出し、人々は悲鳴を上げながら逃げて行き、その場には火花が飛び散った。その様子を楽しそうに見るファイは完璧に他人事である。喧騒とした場所で響いた言葉に反応する様に、小狼の胸元にはチリ、とした鋭い痛みが走った。それに首を傾げるも待ってくれる時間は無い様で、その男が左手を上げるとゴーグル側の者が一斉に飛び降り、拳から獣らしきものを出現させた。それらは口から光線を吐き出し、それらによって出来る物はまるで壁である。
「あれが巧断か」
「モコナが歩いてても驚かれないわけだー」
「て言うか、モコナいないんじゃ…」
町はどんどん崩れて行き、被害者が出るのは時間の問題となってしまった。キャップ側の男が上空に手を挙げると巨大な巧断が現れ、ゴーグル側の男を襲う。だが、その男はニッと余裕の笑みを浮かべ、背後からそれよりも巨大なエイの様な巧断を出したのだ。それの口からは大量の水が流れ出て、洪水となり人々を襲って行く。
「うわあああ!」
「危ない!!」
「小狼君!」
浅く溜まった水で滑った一人の少年の頭上に巨大な看板が勢い良く降って来る様子が見えた。このままでは怪我だけでは済まないだろう。そんな考えを脳内に巡らせた小狼が手を懸命に伸ばして少年を庇うと、小狼の背後に炎の巨大な塊が現れ、それが盾となり、水を阻んだのだ。その炎の固まりは炎を纏った凛々しい獣に変化し、その男を睨む様に小狼の隣に浮いている。その存在のおかげでレイノの焦りは杞憂に終わったのだ。
「おまえの巧断も特級らしいな」
しかし、問題は未だ解決していないらしい。
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