episode 79
抑え込む気持ち
「ドラゴンフライレース」本選で使われるスタート塔は空に浮かぶ様な形になっており、中央にでかでかと置かれた巨大なマスコットを軸に飴細工の様に土台が伸びている。それぞれに角度、長さが違っており、その違いによって先程の抽選の数字が活きて来るのだ。この制度は今回のレースから導入された物で、不正を企てた者が少しでも細工しづらくなれば良い、と言う知世の策略である。
『レース参加者に渡されている羅針計が示す通り進み!ゴールまでに3ヶ所あるチェック地点でバッジを受け取らなければなりません!バッジは3つの中継地点すべて違うものです!』
「レイノちゃん、大丈夫ー?」
「…はい。ありがとう、ファイさん」
隣には黒鋼、斜め後ろにファイが居る中で、レイノは嫌な気を常に感じていた、それに対しての不安ももちろん感じている。それに気付いたファイが声を掛けるが、不満もあった。何故あの子の隣が自分じゃないんだろう、なんて。スタート塔の両隣に建てられた観客席、その後ろにある機械から照射される光によって映された知世が笑顔を浮かべている。カウントダウンの数字が書かれたパネルを掲げると、ドラゴンフライらがエンジンを吹かせる。その音は0に近付く程に大きくなり、パネルが「0」をカウントした瞬間、それらは一斉に前進したのだ。
アナウンスの視点が先頭集団に向けば、凄い速さで一番に空を駆け抜ける黒鋼の姿があった。そして、それの後続集団の中にはレイノとファイの姿もある。風を切る音が酷く心地良く感じるのは、この「ドラゴンフライ」に乗る生活に慣れて来たからなのだろう。
『本当に速い。さすが予選第一位!!それに少し遅れて、『デウカリオン1号』、『2号』。『ガルーダ号』に『ウィザード号』!さらに遅れて5機、ダンゴ状態だー!!』
「夜魔ノ国にいる時も思ったけど、黒様って負けず嫌いだねぇ」
「それがあの人のアイデンティティみたいなもんですからねえ」
レイノとファイは楽しそうに好戦的な笑みを浮かべる黒鋼を思い浮かべては、違う意味で楽しそうに笑みを浮かべていた。すっかり小さくなってしまった黒鋼に、今から追い付こうとするのは少し大変そうだ。彼女に至っては、本人が居ない事を良い事に通常運転で毒を撒き散らしている。
『さあ!そろそろさしかかって参りました!建物、看板が密集した一般空路です!予選と違って本選はこの一般空路もコースの内です!速さだけでは勝利は掴めません!!』
「目の前ちょろちょろ、うぜーんだよ!!」
『『黒たん号』危ない所でしたー!』
「だからその名前はヤメろー!!もっとうぜーっ!!」
アナウンサーの言う一般空路では障害物をどう避けるか、どうコース取りをするかも鍵となるらしい。攻略のヒントを今言ったのにも関わらず、黒鋼は苛立ちながら機体を宙に浮く看板に掠めて行った。黒鋼の脳内には物を避けると言う考えがないらしい。単細胞である。ここにレイノが居れば、「あの脳筋馬鹿なんですかね」とでも言ってそうだ。アナウンサーが拳に力を込めてマイクに声を通すが、黒鋼にとってはそれでさえも苛立ちの原因となるらしい。
「レイノちゃん、準備はいーい?」
「もちろんです。さて、『ダーツ号』ちゃん、行こっかー」
後続集団ではファイがレイノに声を掛け、二人同時に建物や看板をするりとすり抜けて行く。そして、一気に先頭集団に躍り出たのだ。二つの機体が交錯したり、ターンを繰り返す「ダーツ号」だったりと、見ている者を楽しませる様な操縦である。しかし、一番楽しんでいるのは本人らなのだろう。二人の顔には綻んだ笑みが浮かんでいる。
「黒たんやほー」
「黒鋼さんこんにちは。元気に一番やってますか」
「真面目にやらねぇと落とすぞ!」
「きゃー、こわーい」
「乱暴ですねえ」
『さあ!さっそく第一チェック地点です!!』
黒鋼と合流したレイノとファイは、本選の場でも何時ものおちゃらけた雰囲気を崩さなかった。もはや彼女の言っている事は良く分からないが、明らかに黒鋼を貶している言葉である。もちろんお互い冗談であると理解している所が二人の信頼が築かれていると分かるだろう。一種の茶番が終わった直後、手の甲に付けられたコンパスから音が鳴った。その方角を見れば、大きな星印が描かれたボールが浮かんでいる。
「で、どこでバッジとかをもらやぁいいんだよ」
「何かあれ、きらきらしてますけどねえ」
「ひょっとして…」
黒鋼はきょろきょろと辺りを見渡すが、バッジらしき物は見当たらない。そこで、レイノは目の前の巨大なボールを見つめた。そこでは、ところどころがきらきらと輝いている様な気がするのだ。良く目を凝らしてみれば、星印が描かれたバッジが多数浮いている。おそらく取るべきなのはそれなのだろう。
「あれー!?」
さて、どうしたものか。
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