episode 78
恋愛トーク

「そうですか。残さんが予選レースの映像を…」
『嘘発見器、ふつうの椅子みたいだったよ』
「それは凄いねぇ」
「この国の技術力には驚かされるよねえ」
「知世ちゃんとは幼なじみだとおっしゃっていました」
「ええ。そうです」
「笙悟さんは自警団だと」
「その通りですわ」
「でも何だか知世ちゃん、浮かない顔だねぇ」
「いえ。何でもないんですが、少し気になる事があって…」

 小狼から告げられた事実は、もしかしたら今回の不正を防ぐ為の第一歩かも知れないのに知世は何処か、腑に落ちない顔付きだった。ファイはモコナを手の平に乗せて頷いてみせたが、その時の言葉に思いが篭っていたかは定かではない。レイノもそれに同調はしたが、レイノの気は外から感じた人の気配に釣られている。すぐに消えたそれは気のせいではない筈だ。
 サクラと小狼がマーケットでの事を知世に話している途中でもレイノの気は外へ散っていた。おそらくサクラ以外は気付いているだろう。その中でもレイノの隣に居たファイはレイノの頭を優しく撫でてはくしゃり、と髪の毛を軽く崩してやった。当の本人は驚いていたが、その状況に慣れて来ると嬉しそうに気の抜けた笑みを浮かべたのだ。そんなほのぼのとした空気に溜め息を吐くだけの黒鋼はかなり成長したと思う。


「予選レースに不正があったというのは事実なんでしょうか」
「残念ながら」
「何かお手伝い出来る事はありますか?」
「有り難う御座います。でも、不正を防げなかったのは我が社、ひいては社長である私の責任」

 未だに眉を顰めている知世を見つめるレイノとファイ、黒鋼が何を思っているかは分からない。しかし、何か思う事はある様だ。サクラや小狼、知世のボディーガードらが居る前で言う事はしないだろうが。そうして続けた「必ず捜し出す」と言う知世の発言と浮かべた表情を見つめていたのは黒鋼だった。日本国の姫君を思い出しているのか、突っ掛かりを感じるのか、その真意は不明である。


『知世は今日はそのお話で来たの?』
「いいえ。実は…」

 話がひと段落付いた所で、モコナは頭上に疑問符を浮かべて問いを投げ掛けた。この国の大企業の社長がただ遊びに来た、と言う理由だけではないだろう。そう言った考えがあっての問い掛けだ。答えが出るまで数瞬、いや、もしかしたら数分掛かっていたかも知れない。しかし、知世は唐突にレイノとサクラの手を握っては次の言葉を放ったのだ。


「本選では何をお召しになりますの!?」

 その時、その場の空気が固まった事は言うまでもないだろう。


「「え?」」
「もう決めてしまわれました?」
「ま、まだです」
「でしたら是非、是非!私に作らせて下さいな!超絶可愛いサクラちゃんとレイノちゃんにぴったりな、レースコスチュームを考えましたのー!私の作ったコスチュームを着て颯爽と空を駆けるサクラちゃんとレイノちゃん!素晴らしいですわー!」

 焦りや戸惑いが見えるレイノとサクラとは裏腹に、知世は楽しみで楽しみで仕方ない、と言う様なきらきらとした笑顔を浮かべていた。そんな知世からはまるで花びらが溢れ出る様で、何処か神々しい雰囲気を感じるのは気のせいだろうか。ファイとモコナはこの状況を楽しんでいる様に見えるが、黒鋼と小狼は先程とのテンションのギャップに戸惑いを隠せないでいる様だ。後者の反応が至極当然だろうが。


「とびっきり可愛いコスチュームでファイさんを唸らせましょうね!」
「え、は…え!?」

 サクラの手を握っていたかと思えば、知世はいきなりレイノの隣に移動し、耳打ちをしたのだ。急に感じた知世の存在にも驚きなのに、その発言の内容のせいでもう心臓は持ちそうにない。そんな極限状態の時に限って視界の端にファイが映るのだ。顔は火照り、焦りに焦ってしまって仕方ない。頼むから勘弁してくれ。




『知世の作ってくれる服楽しみー!』
「はりきってたもんねぇ、知世ちゃんー。サクラちゃんも『ドラゴンフライ』の練習頑張ってるし。そう言えばレイノちゃん、知世ちゃんに何か言われてなかったー?」
「え"っ…いや、あの、何でもない、です」
「え、何で顔赤いの」
「貴方との距離が近いからですよ!」

 ピッフル国の夜はまるで闇を知らない様だ。毎日飽きもせず高層ビルからは光が漏れ、灯台などから発される光は闇を何処までも照らしている。夜だと言うのにそんな仄かな明るさを感じながら、一行は本戦に備えてドラゴンフライの整備や練習などに取り組んでいた。空を見上げれば、満天の星空の中、練習に勤しむサクラとそれを支える小狼が視界に映る。すると、ふと口にしたファイの問い掛けに、レイノは明らかに吃ってみせた。段々と近付いて行く二人の距離にレイノは赤らんで行く頬を止められない。頭を撫でられる行為でさえ恥ずかしい。そんな羞恥心を孕んだ気持ちを誤魔化す様に、レイノはファイの肩を強めに押してみせたのだ。


「でも、不正かー。黒りーが時々、感じるオレ達を見てる視線と関係あるのかなぁ」
「…怪我、とかしないと良いですよね」
「何にせよ、本戦は気をつけないとね」

 ファイの頭上から離れて喜んでいる様子のモコナを横目に、彼は先程の楽しそうな笑みを消した。黒鋼の表情をちらりと覗き見れば、何処か強張っている様に感じる。レイノはファイの隣に膝を抱えて座り込んでは、ぽそり、と一言呟いた。ふと空を見上げたレイノはおそらくサクラを案じているのだろう。その当の本人は教えて貰ってる身から一生懸命なのは分かるのだが、ブレーキとアクセルを間違えると言う初歩的なミスをかましていた。


「特にサクラちゃん。面白すぎるよー」
「もはやギャグですよね、アレ」
『サクラ、やっぱりサイコー!』
「んとに、大丈夫なのかよ、おい」

 ふらふら、と揺らめきながらも勢い良く空の彼方へ飛んで行きそうなサクラとそれを追い掛ける小狼と言う光景は、この国に来てからは随分と見慣れたものだ。レイノの言う通り、最近はコントの様にしか見えない。現状を分かっていながら何もせず笑っているだけのレイノとファイも中々良い性格をしていると言える。ただ一人その現状に呆れ返る黒鋼は、これからも苦労人を続けるのだろうと思うのだ。




「ね、知世ちゃん。これ、本当に大丈夫?」
『わー!レイノ可愛い!』
「あら、すごくお似合いですわ」
「いや、そうじゃなくて!サクラちゃんと何だかテイストが違うし…」
「レイノちゃん、すっごく可愛いよ!」
「さ、サクラちゃんまで…」

 本選当日はさすがメインレースと言うべきか、入場者数や盛り上がりなどを比べても圧倒的である。そんな会場に設置された脱衣所で知世から手渡されたコスチュームに着替えたレイノは自身の姿を鏡に映した。何時もとは違うそれは新鮮で、けれど、少し気恥ずかしくもあった。しかし、知世だけではなくサクラとモコナにまで賞賛の言葉を送られればレイノは何も言えないのだ。


「ファイさんもきっと可愛いと言ってくれますわ」
「な、何でファイさんが…!」
「あら、お好きなのでしょう?」
「あ、う…す、すき、って言うか…」
「桜都国過ぎた辺りから雰囲気変わったよね?」
「な、何で分かるの?」
「瞳(め)がね、すっごく優しいの」
「瞳(め)…?」
「どこが好きなんですの?」

 知世によって耳打ちされた言葉はこの前のそれと似た様なもので、しかし、そう言ったものに鳴れていないレイノはただただ赤面する顔を抑える事は出来ないのだ。そこからは「女子トーク」と言う展開である。そんな光景を、モコナはうふふ、と笑いながら楽しそうに眺めていた。しかし、その後に続いたレイノの言葉と表情にモコナはもちろん、サクラと知世は思わず頬を赤らめるのである。


「ファイさんの傍って、安心するから、すき、なの」




「お待たせ致しました」

 脱衣所の外に集まったファイと黒鋼、小狼はレイノとサクラ、モコナの着替えを待っている途中である。最初に出て来たのはサクラとモコナだった。モコナとお揃いのピンクのゴーグルを身に付け、全体的に白とピンクを基調に纏めており、背中に付けられた小さめの天使の羽が可愛らしい。次に出て来たレイノはサクラとは正反対の黒と紫を基調にしており、大人っぽい雰囲気に仕上がっている。サクラよりも露出度が高く、背中に付けられた悪魔の羽もポイントになっている。


「ど、どうですか……?」
「可愛い、けど…うーん、これ、つけて?」
「こ、これ、ファイさんの物じゃあ…」
「オレのだから、良いんだよ」
「その言い方、ほんっとずるい……」
「ん?」

 恐る恐る投げ掛けられたレイノの問いにじろじろ、と彼女を見つめたファイは一瞬だけ眉を顰め、彼女の首に自身の黒いスカーフを巻き付けた。そして、目を細めて指先で彼女の顔のラインをそっとなぞったのだ。ぞくり、とする感覚とあまり見ないその笑顔にどきどきされっぱなしな彼女は、ただただその火照った顔をどうにかする事だけを考える事しか出来ないらしい。その光景の一部始終を見ていた知世は、計画通りだと笑んだのだ。
 そんな思いとは裏腹に、知世はサクラとの和やかな時間を楽しんでいた。そして、一行は出走場所を決める為の抽選へと向かったのだ。




 抽選にて、レイノ、ファイ、黒鋼、小狼はそれぞれ7、11、9、15のボールを手にしていた。残るはサクラのみで、サクラと小狼は階段の途中でハイタッチを交わしている。この国に来てからと言うものの、こう言った賑やかな場所にしか赴かない為、随分慣れてしまった様だ。


『モコナが前見たレースは予選の順番にいい場所からスタート出来たの。侑子と見たよ。車がいっぱい走ってた』
「このレースはひいた番号順なんだねぇ」
『レイノが一番いいトコだね』
「そうだね。でもサクラちゃんって…」

 しかし、サクラがボールを手に取った瞬間、今までにないほど観客が沸いたのだ。レイノとファイ、モコナは何となく想像が付いていたらしく、既に耳を塞いでいる。サクラが取ったボールには、堂々と「1」と書かれていた。さすが神の愛娘と言うべきか。全ての抽選が終わった後、ファイは「行きますか」と言葉を続ける。そして、段差に足を掛けたのだ。


「『ドラゴンフライレース』本選に」

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