episode 8
忍の忠誠心
「お…王様!どうして、ここに!?」
「誰かと間違ってませんか?俺はオウサマなんて名前じゃないですけど」
「え?」
「お客さん。こっちでひっくり返しますんで、そのままお待ち下さい」
「お、おう!」
小狼が決死の表情で話し掛ける周りでは、正義が疑問符を浮かべていて、ファイは表情を変えず、黒鋼は掠ったヘラをそのまま上へ、レイノはくすくす、と口元を押さえて笑い、モコナも少し驚いた表情を浮かべていた。黒髪の青年は困惑と疑いが混じった表情を浮かべて疑問を呟くと、黒鋼に注意を促して別のテーブルへと移動して行く。斜め後ろでは銀髪で眼鏡の青年がにこにこと微笑んでいる。一行と正義のテーブルから遠ざかった店員のうちの一人は先程、小狼が言った「王様」と言う渾名についてからかっていた。
「王様って前、いた国の?」
「はい……」
「それで、隣の方が神官様ですね」
「次元の魔女が言ってたとおりだねぇ。「知っている人、前の世界で会った人が、別の世界では、全く違った人生を送っている」って」
正義はここのお好み焼き屋は店員が最後まで焼いてくれるから、客は何もしなくて良いらしい、と言う事を黒鋼に教えていた。その一方で放たれる言葉はファイの言う通り、日本で侑子が一行に言った言葉そのものである。侑子はこうなる事を予測して忠告したのだろう。
「なら、あの二人はガキの国の王と神官と同じってことか」
「同じだけど同じじゃない、ですかね。小狼君の国にいた二人とは、まったく別の人生をここで歩んでるんですから」
「うん。でも、言うなれば、「根元」は同じ、かな」
「根元?」
「命のおおもとー。性質とかー、心とかー」
「「魂」ってことか」
ファイの呟きに黒鋼とレイノも入り、どんどん難しい話になって行く。そのおかげか正義はそれに付いて行く事が出来ずに疑問符を飛び散らせていた。正義と同じく疑問符を浮かべる黒鋼に対して、ファイは手で綺麗に可愛らしいハートを作り、ウインクをして説明を始めたのである。
『おいし、かったー!』
「本当にねー」
「教えてくれてありがとう。ほんとにおいしかったです」
店を出た一行は案内してくれた正義に笑顔を向けた。その喜びを声で表現したモコナを撫でるレイノも嬉しそうである。しかし、そんな彼女の笑顔はすぐに失われる事となるのだ。一行の背後では、じっとこっちに視線を向ける不審な人物が姿を隠していた。旅の最初から敵意を剥き出していた黒鋼が黙っている程であるから命が掛かるほど危険な状態という訳ではないのだろう。
「さてと、これからどうしよっかー」
「もう少し、この辺りを探してみようと思います」
「んー。でもオレ達、この辺分かんないから遠出、できないねぇ」
「空ちゃんの家に帰れなくなっちゃいますからね」
「あ、あの!」
小狼は再びサクラの羽根を探しに歩き回るのだろう。そんな彼に、正義は事情は知らないが手伝う、と言うのだ。そんな正義の勢いに小狼は戸惑うが、そんな小狼を置いて、正義は笑顔を浮かべながら駆け足で走り出たのだ。よほど小狼とレイノに敬愛を抱いている様である。
「ほんとに、憧れなんだねぇ。そう言えば、話が途中になっちゃったね。夢を見たんだって?」
「はい。さっき出て来た、あの炎の獣の夢です」
「妙な獣の夢なら、俺も見たぞ」
「オレも見たなー。なんか話しかけられたよー」
「わたしも見ました、妖精みたいな」
「「シャオラン」ってのは誰だ!?」
モコナがファイの頭に跳ぶことにも気を向けず、小狼ははっきりと言葉を紡いで行く。向こうでは黒鋼が子供向けのショーケースに入った模型をじー、と見つめている。この国に留まる事を一番反対していた黒鋼が一番この国を満喫しているとは皮肉である。一行が話し込んでいると、向こうからダンッと地響きを鳴らし、叫ぶ何者かが現れた。
「なんか用かなぁ?」
「笙悟が「気にいった」とか言ったのは、お前か!?」
「だとしたら?」
効果音を付けた様に現れたのは、たらこ唇に大きな顔、その顔に合わない程小さなサングラスにモヒカン頭の図太い男だった。ファイはわざとなのか自然体なのかは不明だが、へにゃっと柔らかい笑みを浮かべて挑発している様に見えた。そして、男に気付かれない様にレイノを背後へ隠したのだ。
「小狼はおれです」
「こんな子供か!ほんとに!?」
「ほんとっす!間違いないっす!!」
「笙悟のチームに入るつもりか!」
「チーム?」
「笙悟んとこはそれでなくても強いヤツが多いんだ。これ以上増えたら不利なんだよ!笙悟が認めたんだ!おまえらも相当強い巧断が憑いてるんだろう!」
さすが小狼と言った方が良いのか、彼は律儀にも自分から姿を現し、名乗ったのである。予想よりも華奢な体付きをしていたのであろう彼に男は驚き、声を張り上げた。嗚呼もううるさい。そんな気持ちが前面に出てしまったのか、レイノの顔は酷く歪んでいた。
「もし、笙悟のチームに入るつもりなら容赦しないぞ!!」
「入りません」
「だったら、うちのチームに入れ!」
「入りません」
男は何か大きな勘違いを抱いているのか、効果音が付くくらいに勢い良く指を突き出し、小狼を指差した。それに対してきっぱりと断る小狼からは男らしさが溢れている。けれど、何だろう。ややこしい事になる気がするのはわたしだけだろうか。杞憂に終わってくれれば良いのだけれど、そう言う時ほど嫌な予感は当たるのだ。
「小狼君、きっぱりだねー」
『小狼かっこいいー』
「おれにはやることがあるんです。だから…」
「新しいチームをつくるつもりだな!!」
「いえ、そうじゃなくて」
どうやら小狼の言葉は男達の耳には入らなかった様だ。男はうおおおおお、と絶叫しながら早とちりを始める。小狼の否定の言葉も聞かず、男は凄い勢いで短い腕を上へと伸ばしたのだ。本人の意志とは無関係に進んで行く目の前の会話は酷く聞き心地が悪く、思わず漏れてしまった溜め息は仕方ないと諦めて欲しい。
「今のうちにぶっ潰しとく!」
「うっわあ……」
「『でっかいねー』」
「おれはそんなつもりはありません!」
重苦しい音を響かせながら現れたのは巨大な蟹だった。おそらくこれも巧断なのだろう。目の前に近付いて来る刃物に、小狼は反射的に後ろに飛び退き、それから遠ざかった。そして彼がしゃがみ込んだ事によって背後の柱には切れ目が入り、周りに居た人々は逃げ惑う事になったのだ。
「聞く耳、持たないって感じだね」
問答無用に攻撃された今の状態を見て、ファイが貼り付けた笑みを浮かべて前へと出ようとするが、その動きは大きく骨ばった手によって制される事になったのだ。彼の後ろに居るレイノも腰を上げていたのだが、その手の人物を視界に入れた途端笑みを溢し、再び身体から力を抜いたのだ。
「ちょっと退屈してたんだよ。俺が相手してやらぁ」
『黒鋼、さっきまで楽しんでたー』
「退屈なんてしてませんでしたよね」
「満喫してたよねぇ、阪神共和国を」
「うるせぇぞ、そこ!」
「けど、黒鋼さん、刀をあの人に…」
黒鋼は面白いというように砂埃を立てながら小狼の前に現れた。格好良く決めた、と思われたが、モコナとレイノ、そして、ファイの冷やかしに突っ込んだせいで全てが崩れ去ったのである。旅は始まったばかりだと言うのにこうも毎回冷やかしを受ける黒鋼には苦労人らしき面影を感じる。
「ありゃ、破魔刀だ。特別のな。俺がいた日本国にいる魔物を切るにゃ必要だが、巧断は「魔物」じゃねぇだろ」
「おまえの巧断は何級だ!?」
「知らねぇし、興味ねぇ。ごちゃごちゃ言ってねぇで掛かって来いよ」
「小狼くん、レイノさーん!」
「正義くん、あれ知ってるー?」
「この界隈をねらってるチームです!ここは、笙悟さんのチームのナワバリだから!」
「あのひと、強いんですか?」
「一級の巧断を憑けてるんです!本人はああだけど、巧断の動きはすごく素早くて。それに!」
「くらえ!おれの一級巧断の攻撃を!!」
序盤から叫ぶだけの男の問い掛けに、黒鋼は余裕の笑みを浮かべて鼻を鳴らした。出口の方へ逃げて行く人々の中からこちらに向かって来る学ランの少年が視界に入る。正義だった。ファイの問い掛けに対する答えに正義はさらっと酷い事を言っているが、おそらく本人は無自覚なのだろう。無自覚とは恐ろしいものである。
「蟹鍋旋回!」
「切れた!?」
「あの巧断は体の一部を刃物みたいに尖らせることができるんです!」
「いけ、いけー!」
蟹の本体からは鋭い刃が姿を現し黒鋼を襲うが黒鋼はバク転で避け、そのまましゃがみ込んだ。しかし、足場となっていた背後にあるそれは、刃の餌食となってしまったのである。それをやってのけたのは男の巧断で、良く見るとそれの足にはキラリ、と輝く鋭い物が装着されている。周りの柱を壊しながら黒鋼へと迫る巧断は時折黒鋼に攻撃を仕掛けていた。それを見た小狼は、思わず身を乗り出す。
「危ない!」
その動きを止めたのは意外に冷たい、ファイの手だった。
「手、出すと怒ると思うよー。黒たんは」
「戦い慣れてるみたいですし、ここは見守っていましょう?」
レイノは避け続ける黒鋼を見上げ、呆れた様な、優しい微笑みを浮かべていた。その表情は何かを包み込む様なそんな感じをしていて、何処か安心するそれだったのは気のせいだろうか。そんな考えを巡らせていた中、再び男の叫び声が鼓膜を震わせた。空中を見れば、巧断から突き出された刃によって黒鋼の身体は吹き飛ばされていたのだ。
「黒鋼さん!」
「巧断はどうした!見せられないような弱いヤツなのか!?」
「うるせぇ。ぎゃあぎゃあ、うるせぇんだよ」
「おれの巧断は一級の中でも特別、カタイんだぁ!」
「けど、弱点はある。あー、刀がありゃてっとり早く…」
勢いを付けて瓦礫に振り落とされる黒鋼に対して、男らは腰に手を当てて高笑いを響かせていたのだ。黒鋼は瓦礫から出る砂埃の中から大きな瓦礫を切り傷だらけの片手で持ち上げて立ち上がる。その時の顔には、余裕の笑みが浮かんでいた。しかし、刀がない事にはこの戦いを終わらせる事は出来ない様だ。そんな時に背後に現れたのは水を象った竜だ。
「なに!?おまえ、夢の中に出て来た…」
変化した刀には、自身と同じ好戦的な瞳を感じたのだ。
「使えってか?なんだ、おまえも暴れてぇのかよ」
「そ…それがおまえの巧断か!どうせ、見かけ倒しだろ!こっちは、次は必殺技だぞ!蟹喰砲台!!」
「どれだけ体が硬くても刃物を突き出してても、エビやカニみたいな甲殻類には継ぎ目があるんです。だから黒鋼さんはそこを斬ろうと思ってるんだと思います」
刃物を持たせた黒鋼には酷く雰囲気があり、それを欲していた理由が分かった様な気がする。男は、そんな黒鋼の余裕の笑みに圧倒されたのかただの負け惜しみなのかは不明だが、切羽詰った様子で叫んでいた。身体全体から突き出す刃物は鋭く、刺さってしまえば怪我どころでは済まないが弱点が分かっている黒鋼に臆する様子は見受けられない。斬るべき場所は甲羅の継ぎ目だ。そこを切り倒せば、男の巧断は爆発音を響かせ、滅したのである。
「だいじょうぶっすか!?しっかり!」
「も…もう、チームつくってんじゃねぇか。おまえ「シャオラン」のチームなんだろ!」
「誰の傘下にも入らねぇよ。俺ぁ、生涯、ただ一人にしか仕えねぇ」
男は地面に寝転がりながら荒い息を吐き続け、焦点の合わない瞳で黒鋼を見やり、指差した。しかし、黒鋼はそんな男の言葉を一蹴し、金属音を響かせながら刀を肩に担いだ。真剣な紅い瞳に映るのは日本国の小さな姫君だけだ。それ以外は守る気にはならない。そう、俺の忠誠心を溢れさせるのは一人だけ。
「知世姫にしかな」
あの姫しか、俺は守る気になんねーんだよ。
「まーた派手にぶっ壊しましたねえ。黒鋼さん?」
「俺じゃねーだろ」
「楽しかったですか?」
「おう」
「本当うっざい」
「何でだよ!」
あまりに危険な現場には見物人らは存在せず、辺りは瓦礫でいっぱいだ。それらに向かってレイノが手を翳すと再び彼女の身体は優しい光に包まれ、破壊された建物が見る見る内に治されて行く。その間にも黒鋼とやり取りをする彼女は何と言うか、肝が据わっている様に感じるのはファイだけではないだろう。
「お疲れ様ー」
「あはは、どうもー」
「警察が来る前で良かったですよね」
「こんな状態で来られたら絶対わたし犯人じゃないですか、嫌ですよ。そんな事になるんだったら喜んで黒鋼さん差し出すわ」
「だから何で俺だよ!」
prev next