episode 9
巧断の正体

「ただいま帰りました」
『「「ただいまー」」』
「お帰りなさい。何か手がかりはありましたか?」
「はい」
「おう。みんな揃ってんな!どうやった?と、その前に」

 壊れた物を直し、一行はサクラと嵐が待っている下宿屋の扉を開けた。急いでいる様子の小狼は外に出ている間、ずっとサクラの様子を心配していた様である。そんな小狼に話し掛ける嵐の表情は真剣で、しかし、そんな時に限って向こうの階段から凄い勢いで空汰が駆け上がって来るのだ。


「ハニー!おかえりのチューを!」

 嗚呼、耳が痛い。




「そうか、気配はしたけど消えてしもたか。で、ピンチの時に小狼の中から炎の獣みたいなんが現れたと」
「はい」
「やっぱりあれって小狼君の巧断なの?」
「おう。それもかなりのおおもんやぞ。黒鋼に憑いとるんもな。レイノのもな」
「へえ……」
「何故分かる?」

 酷く真剣な表情を浮かべて話し込む空汰だが、そんな彼の頭には大きなタンコブがあり、その事が真面目な雰囲気を遠ざけていた。嵐が生んだそれは見た目から痛さが滲み出ていて、それを見て騒ぐモコナの反応は普遍的であろう。彼の話を聞いたレイノはここで初めて自身の巧断の等級を知ったらしく、思わず声を漏らしていた。
 黒鋼の問い掛けに、空汰は本腰を入れて話し始めた。彼が歴史に興味を持ったのは巧断がきっかけである。彼は、それが阪神共和国の神の様なものだと言う持論を展開した。この国に伝わる神話曰く、この国には「やおよろず」の神がいる、とされている。八百万と書くそれには「たくさん」と言う意味が込められているらしい。


「800万も神様がいるんだー」
「いや、もっとや。色んな物の数、様々な現象の数と同じくらい神様がおる言うんやから」
「その神話の神が今、巧断と呼ばれるものだと」
「神様と共存してるんですね」
「この国の神は、この国の人達を一人ずつ守ってるんですね」
「小狼もそう思うか!わいも、ずっとそう考えとった。巧断、つもり神はこの国に住んでるわいらをごっつう好きでいてくれるんやなぁってな。一人の例外もなく巧断は憑く。この国のヤツ全員、一人残らず神様が守ってくれとる。まあ、阪神共和国の国民は血沸き肉踊るモードになるヤツが多いけど。けどな、なかなかええ国やと思とる。そやから、この国でサクラちゃんの羽根を探すんは、他の戦争しとる国や悪いヤツしかおらんような国よりはちょっとはマシなんちゃうかなってな」
「……はい」

 同じ考えを持った人が居るのが嬉しいのか、空汰は勢い良く立ち上がった。そんな空汰の横には、その光景を優しい瞳で見つめる嵐が居る。それに気付いているのはレイノのみである。空汰の話を聞いて、小狼は優しい視線を眠っているサクラに向け、顔に張り付いた茶色の髪を払った。


「羽根の波動を感知してたのにわからなくなったと言っていましたね」
『うん』
「その場にあったり、誰かが只、持っているだけなら、一度、感じたものを辿れないということはないでしょう。――現れたり消えたりするものに、取り込まれているのでは?」

 空汰に続く様に口を開いた嵐の問いに、小狼の役に立てなかった悔しさでいっぱいのモコナはしょぼん、と肩を下げた。それは隣で苦笑を浮かべるレイノも同じである。淡々と並べられる嵐の言葉にファイと小狼は呆気に取られていた。そして辿り着いた結論に、レイノは大きく目を見開いたのである。


「巧断の中にある、って事ですか?」
「確かに巧断なら出たり、消えたりするから」
「巧断が消えりゃ波動も消えるな」
「巧断の中に、さくらの羽根が…」
「でも、誰の巧断の中にあるのか、分かんないよねぇ」

 レイノとファイ、そして、黒鋼はなるほど、と言う様に納得しているが、小狼ただ一人は冷や汗を掻き、深刻そうな表情を浮かべていた。ファイの言う通り、数が多すぎるのだ。ナワバリ争いの時に居た人々の数は限定されたと言うものの数人どころではない。しかも巧断を出していた人間も一人ではないのだ。


「けど、かなり強い巧断やっちゅうのは確かやな」
「なんで分かる」
「サクラさんの記憶のカケラは、とても強い心の結晶のようなものです。巧断は心で操るもの。その心が強ければ強いほど、巧断もまた強くなります」
「とりあえず、強い巧断が憑いてる相手を探すのがサクラちゃんの羽根へと近道ですね」
「よし!そうと決まったら、とりあえず腹ごしらと行こか!レイノと黒鋼とファイは手伝い頼むで」

 一行の行動の方向性が決まったところで晩ご飯の準備である。今日のメニューは肉うどんといなり寿司だ。空汰に指を差されたレイノとファイと黒鋼、そして、モコナはキッチンに行く為に腰を上げた。モコナを頭に乗せて歩くファイの横では、彼女はまた黒鋼に頭を鷲掴みにされていた。嗚呼、仲良いなあ。




「やっぱり巧断、出して歩いてないみたいだねぇ」
「誰の巧断なんでしょうか」
「それにもし、どの巧断が羽根を取り込んでるのか分かっても、そう簡単に渡してくれんのか」

 翌日、再び街に繰り出した一行は昨日とは違う場所に訪れていた。昨日着ていた服は特に黒鋼が汚してしまった為、代えの衣服を着る事になっている。しかし、黒鋼の服装は昨日と同じ物らしい。ファイは七分袖の白タートルネックに細身の黒のパンツを合わせている。小狼は袖に一本のラインが引かれたTシャツにゆったりとしたズボンを履いている。レイノは長めの白ニットにゆったりとしたデニムパンツをくるぶしまで巻き上げ、白のスニーカーを合わせていた。昨日よりかは動きやすさを重視した服装だ。そんな一行は他愛のない話題で会話をしていたが、小狼の真横の壁から正義の巧断が突然飛び出して来たのだ。


「小狼くーん、レイノさーん!」
「「正義君」」
「探しもの、あの後見つかりましたか?」
「まだです」
「だったら今日も案内させて下さい!」
「いいんですか?」
「はい!今日、日曜日ですし!一日、大丈夫です」
「でも、よくわたし達がいるところが分かりましたね」
「僕の巧断は一度会ったひとがどこにいるのか分かるんですよ」
「すごいですね」
「でも…それくらいしかできないし。弱いし……」

 大袈裟な程に驚いた小狼の向こうからレイノと小狼の名前を呼んで正義が駆けて来る。そんな正義に図星を突かれた小狼とモコナは悲しそうな表情を浮かべ、俯いたのだ。しかし本日も協力してくれる正義に、彼女は嬉しそうに微笑んだのである。人手は多いに越した事は無いからね。しかし、その表情はすぐに崩れる事になる。何ものか分からない、不思議な気配を感じたからだ。


「…何か来ますね」

 その言葉が予言の様に聞こえたのは、オレだけだろうか。


「モコナ!正義君!」

 レイノが呟いた直後に聞こえた耳に悪い音はだんだんとこちらに近付いて来ており、巨大な鳥の様なものはくちばしにモコナと正義を咥え、飛び去って行ったのである。それを見ていた小狼の顔には焦りの表情が見え、空から落ちてきた音符の封筒を拾い、中の紙切れを取り出した。それに書いてあったのは「阪神城で待つ♪」と書かれた、所謂脅迫状と呼ばれる物だったのだ。

prev next