episode 81
ざわめき
『メイロさんは、訪れる人が誰も自分の寝室にたどり着けないよう自宅を改造し、それが世界初の迷路と…』
「…あの話、本当なんですかね」
「ああ?嘘に決まってんだろうが、知らねーけど」
「無責任ですね!」
「うっせェ!つか、面倒だな。上を飛んできゃいいじゃねぇかよ!」
『ちなみに渓谷をちゃんと通って下さいね!渓谷の上部には感知機が設置されていて、それに引っかかったら失格となります!』
「まためんどくせー事を!!」
「感知機すれすれで走ったらいけるんじゃないですか、これ」
「いけるか!」
『現在、トップの『イエロータイガー号』、『ダーツ号』と『黒たん号』は、ほぼ同時に渓谷に入りました!』
第一ポイントで二人、そして第二ポイントで四人、合計6名のリタイアが確認されている。異例である多数のリタイア者に、本部もそれなりの処置を取らざるを得なくなった。アナウンスが続いている間にも小狼、そして最後尾で走行しているサクラが通過し、メインステージは、渓谷へと移って行った。虚偽がはっきりとしないアナウンスに惹かれながらも、レイノはしっかりと前を見据えていた。この隣にファイさんがいてくれたら心強いのに、なんて叶わない願いを抱きながら。
こう言う小細工染みた所も知世らしいと言えば彼女らしいと言えるであろう。ただ、レイノや黒鋼は余り好まないのだ。放って置いたら刀を取り出しそうで怖い。それよりもレイノの思考回路は、一体どうなっているのだろうか。なかなか行動力のあるそれである。そんな馬鹿で、何時も通りの会話を続けている間にも、後続機は徐々に距離を縮めて来ていた。その中には、サクラとモコナも居る。そして、再び始まったアナウンサーの虚偽の分からぬ言葉にレイノが惹かれる。それを見た黒鋼がレイノに機体をぶつけようとする。それを避けたレイノが切れて、喧嘩へと発展するのだ。馬鹿である。
『ここでは、第1チェック地点以上の操縦技術を要求されます!』
「進みづれぇんだよ!」
『『黒たん号』ちょっと強引ですねー!』
「勝ちゃあいいんだろうが!!」
前方に走る「イエロータイガー号」を勢いだけで抜いた黒鋼は、機体を岩壁にぶつけながらもきっちりと前に進んでいた。それを後ろから見るレイノの気持ちとしては、苦笑を浮かべる他ないだろう。そんな中、とあるアナウンスが鼓膜を震わせた。それは小狼が乗る「モコナ号」が他の機体と接触し、合計5機がリタイア、と言うものだった。僅かに届く地響きに不安がるレイノだが、何時も通りの黒鋼を見れば、それもなくなると言うものである。そうして二人は再び、前に進む事を決めたのだ。
『優勝候補のひとり、『龍牙号』、『モコナ号』とともにリタイア!!』
「小狼君!怪我したのかな……」
渓谷に入ったばかりのサクラの耳にも、その情報は入っていた。何時も小狼の身を案じている彼女にとって、その知らせは心臓を捕まれる様な勢いだった。しかし、そんな思考もいきなり目の前で起こった衝撃で一瞬にして吹き飛ぶ事となる。もしかしたら自分もこうなってしまうのかも知れない。そう思うと、冷や汗を我慢出来ない。
『また1機リタイアです!』
『サクラは前見てて、ぶつかっちゃうよ。大丈夫。小狼、元気だよ』
「…良かった」
モコナが浮かぶモニターに目を向けると、笑顔の小狼が居た。そんなモコナの言葉を聞いたサクラは、思わずふわり、と安堵の笑顔を浮かべたのである。こうなった今、残るのはレイノと黒鋼、そして、サクラとモコナだけである。ここまで来たならゴールしたい、と言うのが本音だ。
小狼君、待っててね。
「怪我とかないー?」
「はい。でも…姫の羽根が…」
「あそこで避けちゃ、小狼君じゃないでしょー。それに、あの三人が頑張ってくれるよ」
空に浮かぶ待機船、ファイと小狼はそこに居た。「龍牙号」に乗っていた龍王も一緒である。後で合流する事を約束した小狼は、数段の段差を上って行った。それの目の前に浮かぶモニターには、今回のレースの賞品であるサクラの羽根が映されていた。しかし、小狼にとってそれは叶わぬ夢である。そう思うと、あそこで受け止めて良かったのか、とさえ思う。だが、それさえもファイの笑顔が吹き飛ばしてくれるのだ。
現在、1位に黒鋼、3位にレイノ、そして最後尾にサクラとモコナが走っている。三人の必死な表情がモニターに映る。それを視界に入れる度、何故かレイノの笑顔が脳裏に浮かぶのだ。真剣な顔も、愛らしい笑顔も、もう見られないんじゃないか、なんて。
残った9機のドラゴンフライは、さらに渓谷を進んで行く。狭い岩壁を抜けて見えて来たのは、第三チェック地点であり、最終難関でもある間欠泉であった。それは、いつ、水が噴き上げて来るか、予測不能なのだ。「ドラゴンフライ」は防水加工を施しているが、直撃したらさすがに飛行不能になるだろう。
『あー、『レジェンド号』モロに水を被ってしまいました!リタイアだー!』
『きゃー。お水、いつ出てくるか分かんないね』
なかなか前に進む事が出来ないそんな現状に、レイノと黒鋼は顔を顰めていた。全ての機体が苦戦し、スピードダウンをしている中、「ウィング・エッグ号」に乗っているサクラのみがスピードを上げた。華麗に噴き出して来る水柱を避け切り、サクラは4位に躍り出たのだ。
『サクラ、すごいー!』
「お水が流れてく感じが、何となく分かるから」
サクラが先ほど通った所に、再び間欠泉が現れる。そして、2機が脱落、と言う現状を見せ付けられたのだ。これで、残ったのは6機である。読めない間欠泉の噴き上げるタイミングに、さすがの上位機もてこずっているらしい。そんな中、彼女のみが飛ばしている。そして、彼女はついに3位まで順位を上げて来たのだ。
「サクラちゃん、かっこいー」
「すげーな!あの子も一緒に旅してるのか?」
「うん」
「どういう関係なんだ?」
「え、えっと」
「小狼君とサクラちゃんとモコナが兄弟でー、あの人がお父さんー」
「あのウサギみたいなのも!?」
ところ変わって待機船では、モニターにてサクラの逆転劇を観ている人々が大多数を占めていた。嬉しそうに喜び合うファイと小狼が居るテーブルに、興奮しきっている龍王がひょこっと顔を出す。龍王も先程のサクラの活躍振りを見ていたらしく、終始笑顔を浮かべていた。
龍王から一行の関係について突っ込まれて焦る小狼に、ファイは助け船を出した。しかし、それは誰がどう聞いても悪ふざけにしか聞こえないのだ。モコナについては完璧にふざけている。小狼までもが驚いているのがその証拠だ。その上、一番上と来た。毎回、ファイの想像力には驚かされるばかりである。
「え、じゃああの長い髪の子は?」
「あの子はねー、そうだなぁ……」
次に龍王が指差したのはモニターに映るレイノの姿である。ジェイド国では「使用人B」などと言われていたが、今回はどの様な事を言われるのだろうか。それは小狼にも分かる事は出来ない。しばらく間(ま)が空いたと思う。ファイは、ふと瞳を丸くさせては目を細め、優しげな表情を浮かべた。
「可愛い可愛いお姉ちゃん、かな」
間欠泉のコースから抜けた辺りの岩壁にはセンサーが付いている。それで機体の通過を見る様だ。音が鳴り、円状の穴から勢い良く何かが噴射された。3つ目のバッジである。それは機体の側面に、特殊な液体にまみれて貼り付けられる。それを二の腕に巻いたバンドに付ければもう安心である。
『これでバッジ3つだね!』
「うん!」
『レイノと黒鋼と並んだよー』
「悠長に手ぇ振ってんじゃねぇ、白まんじゅう!お前もだよ小娘!!」
「だってやっと揃ったんですよ?テンション上がりますって」
手を振る、などと言った一連の動作をするサクラとモコナを見れたのが嬉しくて、レイノも思わず手を振った。黒鋼には叱られてしまったが、関係ない。今のレイノにとって、敵は無しであろう。残る機体は6機だけである。レイノ、黒鋼、サクラとモコナの他に、笙悟、残、ジェイド国で出会ったカイルと同じ顔をした男性が居る。全てのバッジを手に入れたので、後はゴールするだけだ。しかし、その後に起こった事は少し気が緩んだと言う要因もあるのだろう。ふと水面が光る。
「え!?」
水面が光った事に最初に気付いたのはサクラだった。その次に気付いたレイノがサクラに目を向けるが、時既に遅し、と言った状態である。そこに現れる筈のない間欠泉は、酷く大きく見える。そんなそれはサクラの真下にまで迫っていたのだ。こう言う時ほど、身体は言う事を聞いてくれないのである。
「サクラちゃん!」
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