生涯のライバルと出会いまして
「沢田君!」
最近になって日本にやって来たオレが出会った尊敬する人は沢田さんだ。オレは10代目って呼んでいる。10代目は優しくて、オレを邪魔者扱いせずに友達だと言ってくれる最高のお方だ。オレはこの人の為だったら何でも出来る、そう思っている。しかし最近になってそんなお方に近付く輩がいるのだ。そいつの名は日比野麗、と言うらしい。どうやら隣のクラスのやつらしい。そいつは10代目を見つければすぐに駆け寄って来て、体当たりをするのだ。それを見る度にひやひやとするオレの肝をもっと労われチクショー、じゃなくて。あのお方にそんな所業をするのが、オレは許せないのである。
「オイてめェ!」
「ご、獄寺君!」
「茉莉が言ってた『獄寺』ってこの人の事?」
「そう。あんた本当に何も知らないのね。さすが馬鹿」
「関係ないじゃん!」
「聞いてんのかコラ」
我慢の限界に達したオレは日比野に突っかかって行った。その時の焦る様な10代目の表情には気付かなかったフリをする。目の前にいるそいつはオレの事など気にせずに、隣にいた茉莉と言う女に何やら質問を投げかけていた。こいつナメてんのかクソ。思わず日比野を睨み付けると、日比野は焦った様にどうどう、と手の平を前にやっている。
「ええっと、何だっけ……獄寺、君?わたしのこと知ってるの?」
「……刺客かてめェ」
「はい?」
「違うから!獄寺君!友達!友達だから!!」
「で、ですが…」
「そうそう、友達だよ。そんなに怒ってるともっとハゲるよ?」
「ハゲねーよ!」
「ほら、前髪の生え際とか…」
「センター分けにしてるだけだろーが!張り倒されてェのかてめー!!」
苦笑を浮かべる日比野の態度にオレの苛立ちはどんどん増えて行って、ずっと思っていた事を思わず口にしたのだ。それに対しての反応はあまりにも白々しいはずなのに、10代目はこんなやつを「友達」だと言う。ああ10代目何でですか!そんなオレの気持ちにも気付かず、こいつはオレの髪型を馬鹿にして来やがる。そんな風に叫ぶオレを見て、目の前のこいつは「面白い」と、そう言ったのだ。
「…麗、あんたいよいよ感性までおかしくなった?」
「今日の暴言酷いよね気付いてる?」
「日比野さん、あの、ご、ごめんね……?」
「大丈夫大丈夫。この人のこと初めて見たけど、なかなか良い性格して…」
「へえ……」
未だに笑顔を浮かべる日比野に対して隣の女はどんどん暴言を吐いて行く。良いぞ良いぞもっとやれ。そんな日比野に申し訳なさそうに謝る10代目は本当に優しい。優しすぎて泣けて来るぐらいだ。そんな10代目に対しても笑顔を崩さない日比野だったが、ある一言により身体が固まる事となる。それの正体をオレはまだ知らない。けれど。
「『初めて見た』、ねえ」
すごく怖かった、気がする。
「あー、怖かった……」
昼にはあれだけ高かった太陽も色も変わり、今や水平線に消えかけている。そんな時間帯、麗は書類がたくさん入った学校指定のスクールバックを気だるげに背負い、校庭を歩いていた。一人ごちりながら耳にイヤホンを装着する今日の彼女は、よほど体力を消耗した様である。並盛中学校では、今日も「鬼ごっこ」と言う名のデスゲームが行われていた。最近は特に頻繁に起こっていると思う。それの原因は、彼女が事前に渡されていた獄寺のデータを見なかったからである。何でバレたんだ。今回は不意打ちを突かれた事もあり、すぐに捕まってトンファーの先端で思いきり殴られた。まだ痛いんだけどどう言う事。あの人馬鹿なんじゃないの。そう心の中で愚痴っていた時、視界の端には煙草をふかす人影が映っていた。
「校内での喫煙は禁止ですよ」
「っ…てめ」
「これは没収、ね?」
「返せ」
「駄目です」
「ナメてっと…」
「…獄寺君、でしたっけ」
「ああ?」
人影の背後からゆっくりと近付き、麗は煙草を取り上げた。そんな彼女の方へ振り向いたそれの顔は獄寺のもので、まあ大体想像はしてたけど。ふかしていた煙草だけではなく、もちろん箱も取り上げた彼女は彼の正面に回り、してやったり、と口角を緩ませた。スカートのポケットにそれらを突っ込み、彼女は再び正門の方へ身体を向ける。そうして彼の名を呼んだのだ。
「荷物、持ってる?」
「返すね、これ」
「…没収、じゃねーのかよ」
「わたし煙草吸わないし。学校の外に出たらそれで良かったんだけど」
「風紀乱れてるぞ」
「あとは先輩達が取り締まってくれるから良いんです」
数ヶ月前に京子と話した公園に足を踏み入れた麗は古びたブランコに腰を下ろした。体重を前後に移動させると、その動きに合わせてブランコも揺らぐのだ。その動きがどうにも懐かしくて、何時の間にか麗の唇は弧を描いていた。その表情を見つめる獄寺のそれは苦々しい。彼の苦々しい視線は何処かくすぐったくて、それは麗に違う話題を提供させた。
「…すっごい睨んで来るけど何、わたしそんなに嫌われてるの?」
「…お前は、10代目の…沢田さんの何なんだ」
「……その話、まだ続いてたの?」
「ったりめーだ!」
「んー……じゃあ先に聞こう。獄寺君の沢田君って何?」
苦笑を浮かべた麗の額には僅かに冷や汗が浮かんでいた。そんな彼女に問いを投げ掛けた獄寺の顔は迷子になった子供の様な、そんな表情を浮かべていた様に思う。最後の彼女の問い掛けからどれだけ時間が経っただろうか。もしかしたらそんなに時間は経っていなかったのかも知れない。彼の形の良い唇がゆっくりと開かれる。そうして呟かれた言葉に、彼女は無意識に頬を緩ませていた。
「オレの、居場所だ」
嗚呼、やっぱり、一緒だった。
「やっぱり、一緒なんだよね」
「は?」
「わたしの地元ってここじゃないんだけど、一人かなあって思ってたのね。そんな時に出会った沢田君が友達第一号なの。だから、並盛でのわたしの居場所を作ってくれたのは、沢田君なんだよね」
「第一号…?」
「だからすっごく大事なの、沢田君のこと。だから、一緒!」
入学式での事は良く覚えている。母さんに突っかかっていたけど、「ぼっち」かなあって思ってたんだよね。けどそこで会った沢田君はとっても優しくて、凄く不器用で、でも何よりも相手を優先する人なんだろうなって、そう思っていた。どうやらそれは間違いではなかったみたい。ブランコから軽く飛び降りたわたしは獄寺君に顔を近付けてみる。ねえ、仲間なんだからそんな突っかからないでよ。そんな気持ちを込めてみたんだけど、届いたかなあ。
「……認めてやる」
「え?」
「だからっ、認めてやるって言ってんだよ!」
「…何を?」
(このクソアマァ…)
ぽそり、と呟かれる獄寺の声は何時もは聞く事がないそれで、その事につい含み笑いを浮かべてしまったのは秘密だ。その後に叫ばれた彼の言葉にわざとらしくとぼければ、彼はこめかみに青筋を浮かべている。嗚呼、何だ。付き合いにくそうって思ってたけど、良い人じゃん。そう思う事が出来た麗の中で彼の印象は改善されたのである。けど、これから先沢田君と関わる以上、わたしにとっての獄寺君は「生涯のライバル」になる事を今のわたしは知らないのである。