013
「ラズロさん?」
不意に声をかけられ、僕は立ち止った。まさかと思いながら振り返ると、予想通り、リルがにこにこと手を振っていた。
「やっぱり。こんにちは。」
リルは駆け寄ってきて、丁寧にお辞儀をした。
「昨日はお店に来て下さって、ありがとうございました。」
僕は、いいえ、と軽く手をあげる。他人行儀なやり取りがまどろっこしい。
「……リルは、ずっとこの国にいるの?」
「え?」
口にしてしまってから、唐突な質問だったと思った。しかしリルは真剣に考え込んだ。
「いいえ……まだわかりません。でも、他にも色々な場所に行ってみたいから……。」
「それなら、……僕たちと一緒に来ないか?」
思い切ってそう切り出すと、リルはきょとんとして、亜麻色の瞳を丸くした。
「どこへですか?」
そう言われると、はっきりとは答えられなかった。今は自分自身、わけがわからないままリノ王の下で働いているだけだし、とにかく人を集めろと言われただけだったから。
僕が黙っていると、リルはふっと優しい笑みを浮かべた。
「でも……ごめんなさい。まだこの国を離れるつもりはないんです。今のお仕事も、雇ってもらったばかりで……すぐやめるなんて無責任な事、できませんから。」
そう言われてしまってはもう何も言えず、酒場へと戻るリルの背中を見送ることしかできなかった。
まさかラズロから誘ってもらえるとは思っていなかった。
嬉しかった――けれど、私が仲間になったところで、できることなんて何もない。仲間に迎えてもらっても、何もできず足を引っ張ることになるなら、断った方がいい。
ラズロに、がっかりされたくないから――。
今日も私は歌を歌う。白いドレスに着替え、髪を梳かした。薄くメイクもして、鏡の前で身なりを確かめて、よし、と口の中で呟く。そして簡単に発声練習をしてから、階段を下りた。心の準備を整えながら。
いつも通り、ドアの外で待機して、リュートの音が止まったら、そっとお店の中に入る。中は薄暗く、中ほどまで進むとやっと、お客さん皆が私を見つけて口をつぐむ。
リュートの演奏が始まる。私は深く息を吸い込む。そのときだった――。
地響き、爆発音。身に覚えのある感覚。お客さんは何人かが外へ飛び出して、ほとんどの人は酒場の窓に集まった。私も窓の外を見る。そこに見えたのは、海に浮かぶ無数の艦隊だった。
「クールークだ!クールークが攻めてきたんだ!」
誰かが叫んで、酒場の中は大混乱に陥った。人々がもみくちゃになり、店の奥に逃げようとする者、店の外に逃げようとする者がぶつかりあう。私も人に押され、床に倒れてしまった。足首に痛みが走る。くじいてしまったらしい。
何とか立ち上がろうとした時、空が一瞬真っ白になった。それは室内にまで届き、酒場の中も一瞬、真っ白に光った。そして次の瞬間、あのおぞましい悲鳴と爆発音が耳を鋭く貫いた。
酒場は一瞬にして静まり返り、誰かがぽつりとつぶやいた。
「ウソだろ……あの、大軍勢が、一瞬で……沈んだ……」
私は理解した。ラズロがあの紋章を使ったのだと。
それは一瞬で不利を覆し、オベル王国の勝利をもたらしたのに、あの悲鳴を聞いたからだろうか、誰もが呆気にとられ、一切の言葉を発することができなかった。