017
話し合いにキリが付き、外の空気を吸いに海賊島の浜へ出ると、何人かは船から降りて浜辺を散歩しているらしかった。しばらく船に揺られていたから、陸に上がりたくなったのかもしれない。
僕も浜辺を歩くことにして、しばらく歩いていると、リルが波打ち際に一人で立っていた。浅い波が足首まで流れ、また砂を攫って海戻っていくのを、じっと俯いて眺めている。
声をかけようか迷った。けれど、ふと周りを見ると、僕のほかにも僕みたいにリルを見て話しかける機会をうかがっている男が何人か立っていることに気が付いた。二人組の海賊、船から降りてきたであろう船員、オベル王国から一緒に逃げてきた青年。僕らはリルを中心に一定の距離を保って、じりじりと互いの様子を窺っていた。なんだかそれはおかしな光景だった。
二人組の海賊は、人数で勝っているからか、互いに目で合図をして、僕たちを余所にリルに歩み寄った。リルは気付いているのかいないのか、周りを見渡して、佇んでいる男たちを順番に見た。そして僕と目が合うと、僕の方へのんびりと歩き始めた。
なんとなくその場を動けずに立ち止っていると、リルは僕の目の前まで来て立ち止り、にっこり笑って僕の腕をつかんだ。まるでもともと一緒にいたかのように。
「なんだ、男連れかよ……」
海賊の内の一人が呟き、男たちはなんとなく立ち去って行った。僕は腕のぬくもりにどきどきして、立っているのがやっとだった。
「ラズロさん。」
リルは僕を呼び、手を離した。
「ごめんなさい。」
そう照れ笑いのような笑みを浮かべて、リルは船へ戻っていく。
もしかしたら今の状況を全てわかっていたのかもしれない。僕の腕はいつまでも熱く感じた。
船にいる人たちの役割分担がだんだん定まってきた。
それぞれの階層ごとに掃除の役割を割り振り、これはほとんどオベルからの避難者が請け負った。他に食事係、食料調達係、武器・防具・紋章砲など戦闘道具の手入れ係、そしてそれぞれの統率係。他にも重要な役割を持つ者の補佐役(これは各々の指名制)、雑用係など。特に係には就かず、自分のできることを役割として請け負う人も少なくなかった。
特に芸などのエンターテインメントがそうだ。楽器の演奏や披露できる芸がある者は、それによって人々を楽しませる役割を持つ者が多かった。ただしこういう者はほとんど、他の役割も兼務していた。
リルもその中の一人だった。時々頼まれればサロンで歌を歌ったり、ほかの楽器演奏者と組んで歌を披露したりする一方、毎日の仕事として船全体の資金の収支や予算の管理など、経理関係の仕事をこなしていた。これはひとえに複雑な計算や予算の見通しができる者がほとんどおらず、唯一経験者であるリルに白羽の矢が立ったのである。他の経験者は皆、自分の店を持つ商人などがほとんどで、自分の店の管理だけで手いっぱいだったのだ。
「なんでもできるのねぇ。」
ジュエルが感心したような物言いで私の手元を眺めながら呟いた。
「なんでもじゃないよ。」
「そうかなあ?あたしの中では十分、なんでもできる印象だけど。」
「私からしたら、ジュエルの方が何でもできちゃうイメージかな。」
「ええ?どこがぁ?」
素っ頓狂な声を上げたジュエルがおかしくて、私はペンにインクをつけながら少しだけ笑う。
「戦えるってだけで、じゅうぶん何でもできるもの。私は戦えないから、一人で町の外も歩けない。」
ふうん、とジュエルはため息を吐いた。
「そんなもの?」
「うん、そう。」
私は頷いて、ペンを走らせる。紙面上の額と実際のお金の数を確かめて、1ポッチも違いがないことを確認すると、やっとペンを置いた。
だから私は戦えるようになりたい。という言葉を飲み込んで。