018
書類の下部にラズロの署名がされ、金印が朱肉で押された。
「はい。ありがとうございます。」
これはラズロがこの船及び軍の最高責任者であることを示す文書だ。
私は丁寧に木版にそれを挟み、厳重に革ひもで固定した。
「それ、何のために必要なの?」
ラズロは素朴な疑問を呟いた。リルが答えようとしたが、リノが口を開いた。
「すごく重要なものだ。面倒だがな。リーダーが誰なのかはっきりさせて、それを記録に残しておかなきゃならん。ま、嫌でもいつかはわかるようになるさ。」
リノがこういった事務的な手続きを重要視するのは意外だったが、こういう点が彼の王として信頼される一つの理由なのかもしれなかった。
「では、こちらはリノ様の私室にて厳重な保管をお願いいたします。」
「ああ、わかった。」
リルからリノへと書類が手渡される。こうして、ラズロがこの船において最高権力者であることが正式に決定された。
「リルちゃん、こっちこっち!」
サロンに入ってきたリルを、タルはいち早く見つけ、自分の隣の席を勧める。しかしリルは柔らかな笑みを浮かべ、少しだけ手をあげた。
「また今度」
そのままサロンを通り過ぎ、甲板へ出ていってしまったリルを、タルは名残惜しそうに眺める。
「リルちゃん……ラズリルにいた頃はあんなに優しかったのに……」
「タルって、いつか詐欺に遭いそうだよね」
ジュエルはそれを見てけたけたと笑い、リルの後を追って甲板へ向かった。
甲板には人が少なく、ひとりで手すりにもたれているリルはすぐに見つかった。
「タルってば、リルに夢中だね。」
リルは困ったような微笑みのまま海を見つめている。
「タルのこと、嫌い?」
ジュエルも隣に並んで、そう尋ねると、リルは首を横に振った。
「どうしていいかわからないだけ。」
ふうん、とジュエルは風にかき消されそうな相槌を打った。
「なんとなくわかるけど。あんなふうにがつがつ攻められるとね。でも、あたしは傷心のタルを見て、ちょっと心が痛むんだよねぇ。」
「うん……私も、傷つけたいわけじゃないんだけど……」
「あ、わかってるわかってる!ごめん、責めてるんじゃないんだ。リルは何も悪くないよ。」
しばらく沈黙する。その空気を断ち切るように、ジュエルが深く息を吐いた。
「だれか、他に気になる人、いないの?恋人ができちゃえば、タルも諦めがつくかも。」
「うん……。」
リルは手すりに置いた自分の白い腕に口元を埋めた。
「そうだよね……」
その言葉は小さく、ジュエルの耳に届いたかどうかはわからなかった。