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今日の酒場は大忙しだ。
今夜執り行われる火入れの儀式のお祭りで、いくつかの料理や飲み物を提供するためだ。酒場の主人とその奥さんは、昨日の夜から料理の仕込みをし、今朝からずっと厨房にこもって料理を仕上げている。私も簡単な作業を手伝ったり、足りない材料を買い出しに行ったりして、今日は一日中走り回っていた。

日が暮れてきて、広場に人が集まり始める。どこから持って来たのか大きなテーブルが並べられ、私は市場に勤める若い娘たちに交じってテーブルを拭き、シーツを敷いて回る。
燭台に火がともされ、料理が並べられると、私たちは達成感に満たされた。

「時間に間に合ったね。たぶん、そろそろ儀式が始まるころだ。」

誰かが言い、何人かは急いでたいまつを持って大通りの方へ走って行った。火入れの儀式で火をもらうためだ。
私はここで何か残った仕事を手伝おうと思い、広場の隅で立っていたが、さっきまで一緒にいた若い娘たちがたいまつを抱えて走ってきた。

「ね!リルちゃんも一緒に大通りへ行きましょうよ。」
「火入れの儀式をするスノウさんはね、ここの領主様の息子さんなのよ。」
「しかもイケメンで、次期騎士団長と言われてるんだから!」

頬を紅潮させる娘たちに圧倒されて、私はうなずき、たいまつを受け取った。


大通りにはたくさんの人たちが列を作っていた。私たち以外にも若い娘が多い。皆浮足立った様子で、どうやら新しい騎士たちとの出会いを期待している子が多そうだ。
こういう雰囲気は久しぶりだ。私も胸に明かりがともったような高揚感を抱き、彼女たちと列に並んだ。

やがて、暗闇の中に橙の光が現れた。少しずつ近づいたそれは、ようやく二人の少年の姿を照らし出す。
領主の息子スノウ・フィンガーフートは堂々と、しかし少し照れ臭そうに、人々の松明に火をわけて歩く。そして私たちよりも幾分前の人々に火をわけた後、後ろをついて来ていた少年を振り返って何やら言い、松明を渡してしまった。ここからはその少年が火をつけて回るようだ。

「ええ?どうしてスノウさんじゃないのよ〜。」
「せっかくお話しできると思ってたのに……。」

私の隣に並んでいた娘たちが、残念そうに声をもらした。
そうしているうちに、少年は近づいてくる。

私の番だ。

少年が私の前に向き直って、私も松明を傾けた。眩いほどの炎が伝わって、顔にぼっと熱気がかかる。
炎に照らされた少年の顔を見つめると、少年も私を見た。

「卒業、おめでとうございます。」
「ありがとうございます。」

私が言うと、少年は礼儀正しく答えた。

「スノウさん、今度私のお店に来て下さいね!」
「ちょっとおずるいわよ!私のお店に来てください〜!」
「う、うん……、あ、ありがとう……」

私の隣の娘たちはスノウに夢中で、追いすがるようにして鼻にかかった声をかける。スノウは少し困ったように、しかし嬉しさと照れくささの混じったような顔で答えていた。
スノウが彼女たちにつかまってしまってすぐには立ち去れず、松明を持った赤い鉢巻の少年は私の前で少し困ったように佇んだ。
少年は遠慮がちに私を見、私も少年を見ていて、思わず笑うと、少年も少しだけ口元に笑みを浮かべた。そして、あれ、と小さく呟いた。

「君、酒場の……。」

そう。ついこの間、彼は酒場へ来た。タルとケネスと3人で。

「はい。リルです。ぜひまたお食事にいらしてくださいね。」
「うん……また、行くよ。ありがとう。僕は、ラズロ。」
「ラズロさん。お待ちしてます。」

にっこり笑ってお辞儀をすると、ラズロは何か言いかけたようなスッキリしない顔で微笑んだ。スノウがやっとと言う感じで解放され、行こう、とラズロに軽く声をかけると、ラズロは視線を私に向けて、じゃあ、と小さく言った。

「あーん、もっとお話ししたかったわ。私のこと、覚えて下さったかしら。」
「リルちゃんも、ラズロとばかり話していないで、スノウさんとお話しすればよかったのに。」
「そうよお。リルちゃんは美人だから、きっとスノウさんも気にいって下さるわよ。」
「みんな、スノウ…さんのことが好きなの?」

私が遠慮がちに訪ねると、3人の娘たちは目を丸くした。

「あら!このラズリルの若い女の子で、スノウさんを嫌いな子なんているかしら?」
「そうよ!領主の息子で、騎士様で、次期騎士団長で、しかもあんなに格好いいのよ?」
「ラズロも、顔はまあ、いいけど……領主様の家の小間使いじゃ、ねえ……。」

歯切れの悪い言葉を濁し、3人の娘たちは苦笑を浮かべる。私は、そうか、彼らの中ではそういう印象なのか、とぼんやり考えた。

「小間使い……。」

私がぽつりとつぶやくと、彼女たちははっとした。

「そっか、リルちゃんは知らないのね。」
「ラズロはね、小さい頃にこの島に流れ着いた孤児で、領主様が引き取ってくださったんですって。」
「あのお屋敷に引き取られて育ててもらって、しかも騎士団学校に入れて騎士になれるなんて、ラズロも幸運よね。」

私はどうしても、うん、そうね、と頷くことができなかった。花火が上がって、彼女たちが歓声をあげて空を見上げ、会話が途切れたので、私は安堵した。

「私、お料理を運ばなくちゃならないから、行くね。」

彼女たちに手を振って、私は広場へと向かった。



私は広場の中を回り、少なくなってきた料理を確かめ、酒場に駆け込んで厨房の主人に声をかけた。

「マリネと、フルーツの盛り合わせと、おまんじゅうがそろそろ終わりそうです。」
「わかった、ありがとうよ!おまんじゅうはもうそこにできてるから、持って行ってくれるかい。」
「はい。じゃあ他のはまた、取りに来ます。」
「いや、他のはでき次第、俺が運ぶからいいよ。リルちゃんは若もんなんだから、たまには楽しんできな。」
「そうよ、リル。あなたに声をかけたくて探し回ってる騎士様が、たくさんいるんじゃないの?」
「そ、そんなこと、ないですよ」

顔が赤くなるのを隠したくて、私はおまんじゅうの乗ったトレーを抱え、足早に酒場を出た。酒場の主人と奥さんは、楽しげに笑っていた。

酒場を出ると、にぎやかな人込みを避けて歩き、おまんじゅうを並べたテーブルを目指した。

「あ!リルちゃん!」

誰かの声がして、途端に周りがどよめいた。驚いて立ち竦んだすきに、私の周りを青い鎧の男の子たちが取り囲んだ。

「探してたんだよリルちゃん!あのさ、俺と一緒に祭……」
「おい!待てよ!俺だって一緒に……」
「おい押すなよ!」
「しつこく誘うなよ!リルちゃんが困ってるだろ!」

互いを押しのけるようにして迫ってくる男の子たち。あまりのことに驚いてしまって、私は戸惑う。おまんじゅうのトレーを握りしめ、周りを見るが、抜け出せそうな隙間はない。困ってしまって、どうしようかとそればかりが頭を巡った。

「あの……、待って」
「お前たち!」

突然、よくとおる声が響いた。男の子たちは揉めるのをやめ、声がした方を振り返った。そこにはスノウとラズロがいた。

「周りのことも、相手のことも考えず、大切な祭りで騒ぎを起こして……、それでも一人前の騎士か!?彼女は仕事中だ、見ればわかるだろう。」

男の子たちがしゅんとして静まり、私は驚いた。やはりスノウは、こういうところで発言力のある立場なのだろう。
スノウは立ち竦んでいる私の方を振り向くと、申し訳なさそうに言った。

「彼らが迷惑をかけてすまなかった。」
「い、いえ……大丈夫です。」

小さく頭を下げると、すっかりおとなしくなった男の子たちが、誰からともなく散らばって行った。私はもう一度スノウに頭を下げて、仕事に戻った。
テーブルを見つけ、おまんじゅうを並べていると、何人かの男の子たちがまたやってきて、さっきのことを謝り、今度は丁寧に祭りに誘われた。丁寧にそれを断って、おまんじゅうを並べ終えると、誰かがスッと隣にやってきて、私はその人物を見上げた。

「楽しんでるかい?」

スノウが上品な微笑みを浮かべて立っていた。

「はい。あの、スノウ…様も」

はは、とスノウは柔らかな笑いをこぼした。

「様だなんて、やめてくれよ。僕はただの…新米騎士でしかないのだから。それよりも、さっきは僕らの同期達が失礼をしたね。」
「いいえ、そんな」

私は首を横に振って、スノウの礼儀正しさに少し気後れし、視線を逃がした。その先には、スノウの横に並んでいたラズロがいた。ラズロと目が合うと、一瞬、お互いに気が付いたが、すぐにどちらからともなく目を外した。

「そういえば、君には初めて会うな。前に会っていたら、君のことを忘れるはずがないんだけど……。」

スノウはすらすらと言葉を並べ、ふと気づいたように顔を赤くした。

「あ、いや、だからその、小さな町だから、島の外の人は珍しいし……。」
「はい、あの、私、1ヶ月程前に、ラズリルへ来たばかりなんです。あの……領主様には、感謝しています。この町に迎えて下さって。」
「そ、そうか。……君さえよければ、いつまでいても構わないよ。」
「あ……ありがとうございます。」

私が俯くと、顔が熱くなった。スノウが慌てたように言葉を続けた。

「いや、ええと、だからその、つまり、僕の父なら、きっとそう言ってくださると思うんだ。」
「は、はい……。」

スノウは取り繕ったけれど、少し見上げた彼の顔は夕闇の中でもわかるほど真っ赤で、空ばかり見ていた。

「あの……、よかったら、おまんじゅうどうぞ。私は、もう失礼します。」
「あ…うん、ありがとう。」

スノウと、隣のラズロにそれぞれ礼をして、私は足早にその場を去った。まだドキドキしている。こういうのは苦手だ。赤い顔、歯切れの悪い言葉、泳ぐうるんだ目。この人、私のこと好きなんだ、っていう態度。
私は逃げるように港へと走った。



 



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