003



黒く染まっていく海を眺めながら、港で夜風に吹かれていた。
どれくらいそうしていただろう。

広場を振り返ると、まだにぎやかな雰囲気が伝わってくる。そういえば酒場の主人は、毎年明け方までどんちゃん騒ぎが続くと言っていたっけ。
空腹感を覚えて何か食べに広場へ行こうとも考えたけど、あの賑やかな中に戻るのは少し気が引けて、私は波止場に座りなおした。今日は疲れたし、人込みは苦手なのだ。

「あの……」

突然声がして、振り返ると、人影が立っていた。月明かりで淡く照らされたその人影は、ラズロだった。

「あ……ラズロさん」

私は立ち上がって、彼に向き直った。

「……こんばんは」
「…こんばんは」

お互いに挨拶すると、静寂が下りた。波の音が響き、合間に広場から聞こえる人々の楽しげな声が混じる。

「あの……これ」

ラズロが、持っていた何かを差し出した。

「祭で、何も食べてないみたいだったから」

それはおまんじゅうだった。

「あ……」

私は一瞬迷ったが、それを受け取った。

「ありがとう…ございます」

私が受け取ると、ラズロは私が座っていた波止場の、隣の木箱に腰かけて、もう一つおまんじゅうを取り出して頬張った。私も元の場所に座り、おまんじゅうを口に含んだ。

ラズロは、おまんじゅうを食べ終わっても黙ったまま、じっと木箱に座っていた。視線は海に向けたまま、私の存在も忘れてしまったんじゃないかと思う位に。
私もおまんじゅうを食べ終えると、しばらくはそこに座っていた。けれど、お互いに何かを話すわけでもなく、ただ時間だけが過ぎた。

月は真上に昇っていた。花火が上がっていた時は見えなかったのに、空いっぱいに星が騒がしそうに輝いていた。

私は立ち上がって、ラズロの背中に声をかけた。

「あの……私、そろそろ帰ります。」

ラズロは振り向いて、立ち上がった。

「わかった。気を付けて。」
「はい。おやすみなさい。」
「おやすみ。」

素っ気ない言葉に戸惑いつつも、私は踵を返して大通りに向かった。時々振り返ると、ラズロはまだ港に立っていて、私が去っていくのをずっと見ていた。お互いが見えなくなるまで。手も降らずに。


宿屋に戻ると、主人と奥さんが心配そうに私の元へ駆け寄ってきた。

「こんな遅くまで、どこに行ってたの?」
「ごめんなさい。港にいたんです。ちょっと、静かなところに行きたくて。」

私が答えると、二人は目を丸くして顔を見合わせた。

「港だって!?そんな危ない所に!」
「え?」

今度は私が目を丸くした。港には毎日のように行っている。危ないことなんてないはずだ。

「今日はお祭りでしょう。海賊やならずものが、集まってくるのよ。実際に今日、女の子が誘拐されたって話もあったんだから。ねえ、あんた?」
「そうだぞ。まあ、何事もなかったようで、よかったが……。」
「そうだったんですね……ごめんなさい。」

私はふたりに謝って、自室に戻った。
窓からぼんやりと外の景色を見つめていると、港がちらりと見えた。もう誰の人影もなく、不気味なほど黒く闇に沈んでいる。さっきまで――ラズロと一緒にいた時は、不気味だなんて感じなかった。むしろ、静かで落ち着く、居心地のいい場所だとさえ思ったのに。

そしてふと考えた。
もしかして、ラズロは、私がたった一人で港にいたから危ないと思って、一緒にいてくれたのかもしれない――と。

夜風で冷えていた体の奥が、じわりと、ほのかに温かさを感じた。



 



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