002

水平線と青空の間を、小さな島影が切り裂いて現れる。
近づくにつれて、その島の姿がはっきりと見えるようになった。
真っ白な島。真っ白な石造りの素朴な島。
「あれがラズリル…。」
甲板で、リッカはどこかうるんだ瞳でラズリルを見つめるのだった。




早速翌日から、リッカ達も訓練に加わることになった。
訓練場に見習いの少年少女たちが揃う。みな木刀を手に一列に並ぶ。
「次!リッカ!」
「はい!」
訓練場中の注目がにわかに集まった。リッカは列から進み出てきて訓練場の真ん中に立ち、対戦相手――ジュエルと相対する。ジュエルはくるくると器用に片手で木刀を回してから構え、楽しげに笑みを作った。
「ラッキー!一度、リッカと戦ってみたかったんだよねぇ。」
「…そうなの?」
リッカは目を瞬き、慣れた動作で剣を構える。
「本国では優秀だったんでしょ?あたしの力がどこまで通用するか…」
「――始めッ!」
「――確かめさせてよね!」
カタリナの掛け声を合図に、ジュエルは飛び出してきた。
「……。」
リッカは動じずそれを目で追い、直前で剣先を避ける。振り下ろした剣先は素早く返され、リッカを追う。しかし風に翻る布きれでも追っているかのように、リッカの体はひらりひらりと剣から逃れ、もどかしいほどに空振る。
「避けてばかりじゃ勝てないよ!」
「わっ」
あやうく、ジュエルの木刀がリッカの眼前を空振った。リッカは少し距離をとる。
「本気でかかってきてよ。あたしは自分の実力が知りたいの!」
「いや、私は…」
ジュエルは再び距離を詰める。
――私、剣術は苦手なんだけど…。
リッカは言いかけた言葉を飲みこんで、剣をひと振りし、構えた。
パンッ、パシン、と、2度木刀がぶつかり、リッカの木刀がジュエルの木刀の上を滑ったかと思うと、ぴたりと首筋に当たって止まった。
「……ま…参りました…」
ジュエルががっくりと肩を落とす。リッカは木刀を離し、ふっと一息ついた。
訓練場がどっと沸く中、ジュエルはリッカに駆け寄った。
「ね、さっき、何か言いかけた?」
「え…」
剣術が苦手、とは、たった今負かした相手にいう言葉ではないだろう。リッカは首を振った。
「――ラズロ!」
突然、訓練場内にグレンの声が響く。はっとして全員が口を噤むと、呼ばれたラズロが注目を浴びて列から出てきた。
「ラズロとリッカ、お前たちで手合せしてみろ。」
場内が再びざわつく。
「はい。」
ラズロは短く返事をして、リッカの前に進み出てきた。
ふたりはじっと見つめ合い、黙っている。その沈黙につられるようにして、場内の見習い生たちもシンと押し黙った。
「団長…どうしてラズロを?」
ジュエルが呟くと、ケネスも考えるように頷いた。
「…始めっ!」
カタリナの合図があり、先に動いたのはラズロだった。リッカは僅かに重心を逸らして木刀を迎え撃ち、刀身を滑らせて柄の角ではじく。それは訓練を受けた正当な剣術というよりは、リッカ自身の小手先の器用さからくる行動のようだった。
ラズロの攻撃を軽やかに弾く。弾かれたラズロも、まるでそれ自体が自分の動作だったかのようにすぐに体制を整え、再び切り込む。それは流れるような動きで、段々と形を整えられるように迷いがなくなっていった。
「…ねえ、あのふたり…目が…」
ジュエルの言葉でケネスは気付いた。両者とも目がほとんど動いていない。お互いの顔を見て、体全体の動きを合わせている。まるで、ふたりで舞でも舞っているかのように――。
気が付けば訓練場内にいる全員がふたりに見とれていた。
交差する剣。同時に木刀の面が滑る軽やかな音が響いたかと思えば、心地良いリズムでぶつかる硬い音が合いの手のように響く。ふたりの動きにあったそれは、ふたりの舞を彩る音楽にも思えた。
カツン!とひときわ大きな音が響き、ぴたりと空気が止まった。ふたりの動きも止まっていた。お互いの木刀がお互いの首筋に当てられていることが勝負の終りだったことを、全員が一瞬忘れ去っていた。
ふたりは木刀を下ろして離れ、カタリナを振り返った。いつまでも終了の合図が無いからだった。ふたりの視線を受けて、カタリナは慌てて引き分けとした。
「…なんか…すごかったね……」
ジュエルが思い出したように呟いた。ケネスは言葉も忘れて頷いた。
「…ふたりとも、見事だ。今のような舞は、お互いが剣術を極め、なおかつ息が合っていなければ成し得ないことだ。それが昨日今日出会ったばかりのお前たちにできたという事は、お前たちは、唯一無二のパートナーになり得る相性がもともと備わっていたという事だ。一生に一人、出会う事もなかなかない相手に、お前たちは巡り合ったのだ…そのことを覚えておけ。きっと、互いに高め合う存在になれるだろう。」
グレンからの思いがけない言葉に、ラズロとリッカはお互いに顔を見合わせた。先程の舞を目の当たりにしたためか、ふたりを冷やかす声も上がらず、場内は静まり返っていた。
「…さて!ではこれより、4人ずつチームを組んで手合せをする事!」
グレンは手を打って静寂を破った。見習い生たちは弾かれたようにすぐに行動を開始する。
ラズロは当然のようにスノウの傍に歩いていく。スノウもそれを迎え、辺りを見渡した。
「さて…それじゃあ、僕たちは誰と組もうか?」
ラズロも辺りを見渡す。そのとき、ちょうどジュエルとケネスがそばを通りかかった。声をかける前に二人は気が付いて立ち止った。
「スノウ、ラズロ。もうチーム組んだ?」
「いや、まだなんだ。君たちも二人なら、ちょうど4人だね。一緒に組むかい?」
スノウが答えると、ジュエルはしばしラズロを見てうーんとうなった。
「でもラズロ、どうせならリッカと組んでみたいんじゃない?グレン団長もああ言ってたし…。ね?ラズロ。」
「僕は……。」
「あ、ほら、リッカ来たよ。リッカ−!!」
ジュエルが大声を上げると、リッカは振り向いてやってきた。傍には彼女と共に本国から来た二人の少年もいる。
「何?」
「リッカ、もうチーム決まったの?」
「まだ、あと一人探してるんだけど…。」
リッカが言うと、うん、とジュエルが頷いた。
「ね、よかったらさ、ラズロのチームに入りなよ。で…、キミはあたしたちのチームに入ってよ!ね?」
「え、お、俺?」
リッカと共にいた少年のうちの一人が、目を瞬いて渋る。
「だってキミ、イケメンなんだもん!人数もあぶれるしさ。こっちのチームはあと、ポーラも誘うからちょうどいいよ。ね!」
「…ジュエル。」
ケネスがため息を吐く。しかし指名されなかった方の少年が、渋る少年の背中を押した。
「いいじゃないか、そうしろよ。これでちょうど4人のチームだろ。」
「…お前なぁ…」
「やった!決定ね!」
喜ぶジュエル、肩を落とす少年。その横で、ラズロとリッカは並んで立ったまま、お互いを意識するのだった。




「さー!遠慮しないでかかってきなさい!」
ジュエルのチームはポーラを加え、リッカたちと相対する。
「悪いね、ジュエルはちょっと強引なところがあって。」
スノウが苦笑しながら声をかけると、リッカの隣にいる少年がからりと笑って手を振った。
「いいのいいの、どうせならいろんな奴と組んでみたほうが、あいつも経験になるだろうからさ。」
するとジュエルのチームに入れられた少年が恨めしそうにこちらをちょっと睨んだ。
「なぁリッカ?」
少年に尋ねられて、リッカは微笑んだ。
「私は…。実はあなたと組んでみたかったから、嬉しい。」
リッカはそう言って、ラズロを見た。ラズロは目を瞬いて、スノウと少年は少し面白くなさそうに目を動かした。
「…さあ、じゃあ、早く手合せしよう。今後一緒に仕事をしていくチームを決めないといけないんだから。」
スノウが言って、リッカがそうねと頷いた。
「準備はいい?はやくやろうよ!」
ジュエルが張り切って木刀を構える。

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