第二話 リッカのちから
「ここだよ!」

里の森の中にある、誰でも自由に使える演習場に着くと、コウライはリッカに得意げな笑顔を向けた。
ここは開けた草地になっていて、練習用の的や丸太が並んでいる。リッカは物珍しそうにあたりを見渡した。

「ここ、来るの初めて?リッカちゃん!」

コウライが尋ねると、リッカはこくんと静かにうなずいた。その何気ない動作にさえも見惚れてしまうほどの、リッカの可憐な容姿。深い青の瞳は冷たい海の底のようで、見つめていると引き込まれてしまいそうだ。

「(こないだたまたま見かけて一目惚れした女の子、まさかこんな形で友達になれるなんて…しかも来年からは同じアカデミーに通うこともわかったし!超ラッキーだぜ!)」

コウライは胸の高鳴りをかみしめて、手裏剣を取り出した。

「リッカちゃん、見てて!」

言うが否や、コウライは勢いよく手裏剣を的に向けて放った。手裏剣は柔らかく弧を描いて飛び、的の上のほうに軽い音を立てて突き刺さった。イブキは涼しい顔をしてそれを見つめた。
3人はまだ学校にも通わない年齢で、そこらの里の子供なら手裏剣になど触れたことすらないのが普通だが、コウライとイブキはいずれも木の葉において名門の忍一族。幼い頃から毎日修行を付けられ、忍を目指してきた二人にとって、手裏剣を数メートル先の的に当てるなど慣れたものだった。

「ホラ!どう?すげえだろ、俺の手裏剣術!」

えっへん、と胸を張ってリッカの羨望を期待するコウライを、イブキは冷ややかな目で見た。そんなコウライに、リッカはニコリ、と控えめにほほ笑んだ。コウライは頬を赤らめ、その笑顔に見惚れた。

「なぁなぁ、リッカちゃんも来年からアカデミーに通うんだろ?ならさ、俺が手裏剣術教えてやるよ!」
「……。」

得意げなコウライの提案に、きょとんと眼を瞬くリッカと、もの言いたげにちらりと冷めた視線を送るイブキ。

「ほらほら!まずは投げてみろって!俺の手裏剣貸してあげっからさ!」

コウライは強引にリッカの手に手裏剣を握らせた。その手の細く、柔らかいこと。まぎれもなくか弱い、可憐な少女の手だった。

「……。」

リッカはしばらく手裏剣を見つめた。その様子に、コウライは手裏剣の握り方もわからないのかと思いつき、手を伸ばしかけた。
しかし次の瞬間、リッカは素早く指先で器用に手裏剣を挟み、まるで扇で風でも仰ぐような、可憐で軽い動作でーー手裏剣を放っていた。そして手裏剣はーーまるで蝶がめしべにとまるかのように、ほとんど音もなく、的のど真ん中に刺さった。

「え…。」

ぽかん、とコウライは口を開けたままあっけにとられた。その後ろで、イブキが小さく噴き出した。

「誰が教えてやるって?」
「ぐっ…!!」

イブキの嘲笑に、コウライは顔を真っ赤にして歯を食いしばった。

「リッカの父親はかなりの手練れに見えたぞ。あの人から直々に修行をつけてもらってるのに、お前みたいなバカから教わることなんてあるわけないだろ。」
「んだとイブキ!!どさくさに紛れてリッカちゃんのこと呼び捨てにしやがってー!!」
「お前に関係ないだろ。」

イブキは一笑に付してリッカに歩み寄った。

「だけど本当に羨ましいな。なぁ、他にどんな修行を受けたんだ?きっとすごい忍術とか…」
「違うよ。」

リッカは微笑みを浮かべて、小さく首を横に振った。

「え?」

目を瞬くイブキとコウライを、リッカは見上げた。

「私の師匠は…お父さん。」

深く暗い目を細め、リッカは微笑んだ。

「本当の…ね。」

本当の。それはつまり、カカシは本当の父親ではないということ。ということは、本当のお父さんは…。
イブキとコウライはその意味に気づき、バツが悪そうにリッカを見た。

「あ…。ごめん、俺…」
「ううん。」

気まずそうに謝るイブキに、リッカは微笑んで首を横に振った。

「お父さんは、本当に強い忍だった。そして、大切なものを、私に残してくれたの。」
「…大切なもの?それって…?」

イブキが尋ねた時、鼻先に冷たいものが落ちてきた。それに気づいた時には、それが、頭上から一気に降り注いできた。

「うわ、雨だ!」

それも土砂降りだ。突然の大雨に、3人は急いで木の下に駆け込んだ。

「通り雨だ。すぐ止むだろう。」

イブキが空を見上げて呟く。コウライは木の根元に座って、その隣に二人も並んだ。
座って空を見上げていたイブキが、ふと隣のリッカに視線を移した。

「リッカ。さっきの話の続きだけど…君のお父さんが残してくれた、大切なものって?」
「それは…」

リッカは静かに、とても大切そうに、自分の手のひらを見つめた。

「…?」

イブキとコウライは顔を見合わせたが、しつこく聞き出すのも気が引けて、3人はしばらく土砂降りの雨の音に包まれた。

「……。」

不意にリッカが顔を上げ、立ち上がった。

「?リッカちゃん、どうし…」

コウライが言い終わる前に、突然目の前の地面が隆起した。

「なんだ!?」

二人は飛び上がって身構えた。次の瞬間、地面から何者かが飛び出してきた。血走った眼光、鈍く光るクナイの切っ先。一瞬のうちに認識できたのはそれだけで、次の間には、視界が真っ白な壁で覆われていた。
バキン!!とその壁に何かがぶつかった硬い音が響き、白くひびが入る。気が付くと三人は、半球状の氷の繭に守られていた。

「な、なんだこれ…」
「リッカ…?」
「……。」

混乱する二人に反し、リッカはひとり、涼しい顔で目の前の氷の壁を見つめている。

「うわ!!」

その壁の向こうから、何者かがしつこくそれを打ち砕こうとしている。響く固い音を聞きながら、コウライは後ずさった。
リッカは静かに前に手をかざし、何かを念じた。すると――

「うわあああああっ!!!」

「!!?」

すさまじい悲鳴が響き、それきり、壁の向こうは雨の音だけになった。

「今のは…」

愕然を顔を見合わせたイブキとコウライ。壁がゆっくりと崩れていく。まるで、もう役目を終えたかのようだった。
そしてその壁が崩れた先にあった光景は――

「!!!」

巨大な氷の柱に体を引き裂かれた、何者かの死体だった。

「……。」

二人は青ざめて、それから、静かに佇むリッカの背中を見た。

「…お父さんが、私に残してくれた、大切なものは…。」

するとリッカが静かに語りだし、二人を振り返った。
その瞳は、冷たい海の底のように、暗かった。

「この、氷の血。」

その日、イブキとコウライは、その微笑みに――心を奪われた気がした。
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