渓谷

「谷か……」
私とカレンは深い霧の立ちこめる渓谷の前で馬を止めた。
「迂回しよう」
私が言うと、カレンも頷く。渓谷に山賊が潜んでいる可能性は高い。しかもこんな視界の悪い中、上から狙われたらひとたまりもない。

そうして方向を変えて大きく迂回し、ようやく谷底を横目にしはじめたとき、すでに日が暮れかけていた。
「そろそろ休める場所を探そう」
「そうだな」
私たちは頷き合って、ゆっくりと馬を進めた。しかし行けども行けども、広大な荒野が広がっているだけだ。気温も下がってきた。
「……仕方ない、このあたりで火を起こそう。」
私が馬を下り、カレンも降りた。近くの細木に手綱を縛り、粗朶を集める。ふとカレンを見ると、カレンも私を見て、優しげに笑うのが暗闇の中で見えた。私も笑みを返して、また粗朶を探す――
「きゃ………!!」
急に足元が崩れ、ふわっと闇が掻き混ざった。落ちる。そう気づいた時、すでに目の前には夜空が広がっていた。
「ニケ!!!!!」
色々な音や感情がごちゃ混ぜになっている中、カレンの声がはっきりと聞こえた。無意識に伸ばしていた手を、私を追いかけて闇に飛び込んできたカレンが握って、私を引き寄せ、きつく抱きしめた。
そしてふたりは、深い谷底に落ちていった。



地面に着く直前、魔力を発射したことで、酷い衝撃は免れた。それでも体のあちこちが痛んだ。
「ニケ……無事か?ニケ、」
カレンの泣き出しそうな声がして、私は痛む横腹を我慢して声を絞り出した。
「だい……じょうぶ、生きてる」
生きてる。その言葉を自分でも噛み締めた。カレンの深いため息が響いた。
「よかった………」
「……ごめんなさい、カレン、ありがとう」
強く抱きしめられ、心底安堵を感じた。


谷底にはいくつもの洞穴があって、動物の巣というわけでもなさそうだったため、その中の一つに私たちは身を隠した。これで夜露もしのげる。私が魔法で火を起こして、ようやく落ち着くと、怪我を確認をした。
カレンは肩口に切り傷があり、腫れていた。私もわき腹と内腿に同じような切り傷があった。確かめると、ここの崖にはところどころとげのある蔦が張っていて、奇妙な紫色をしていた。
「毒があるのかもしれない。」
カレンが赤い顔をして言った。私も顔が熱かった。
「なら、この熱も毒のせいね」
「ああ……やっぱり、気のせいじゃなかったか」
カレンはため息を吐いて、上半身の服を全て脱ぎ捨てた。肌にはびっしょりと汗をかいていた。私も肌に張り付いた服を脱ぎ始めた。このままでは風邪をひいてしまう。
「……ニケ」
カレンは私を手招きした。彼の前に立つと、そこに座るように言われた。
「毒を出す」
そう言って、カレンは私の脇腹に口をつけた。
「……っ、ふぅっ、まって」
マライ交じりに弱く拒否する。しかしカレンはやめてくれない。
「っ、くっ、くすぐったい……ぃ、……はっ」
「だめだ、毒を出さないと」
口調は真面目だが、カレンは楽しんでいるように、私の傷口を舐めてから口を離した。
「次はこっちだ」
毒を地面に吐き出すと、次に私の足をゆっくりと開く。そして左の内腿の傷口に、そっと口をつけた。先ほどよりくすぐったくはない。けど、なんだか変な気分になる。
「……っ、……ん」
カレンが内腿をそっと手でなぞった。
「や、やめて……」
「すぐ終わる」
言った通り、カレンは間もなくして口を離した。毒を吐き出し、うるんだ目で私を見る。私はカレンの肩に手をかけた。カレンは応えるように私の頬に手を添えた。
「待って、その前に」
私はキスを断り、カレンの肩の傷に口をつけた。毒を吸出し、地面に吐き出す。それから傷口を舐めて、そのまま、彼の首筋を舐めた。
「……っニケ」
切なげな声でカレンが呟く。私は彼の内腿を撫でて、筋肉が緊張するのをそっと確かめた。
「どう、つらいでしょう」
耳元でささやくと、カレンはたまらず私の唇を奪った。こんなに乱暴にキスをされたのは――久しぶりだった。
「悪かった、ふざけすぎたよ。あなたがあまりにも、その、……可愛いから」
「許してあげる。……このまま、温めてくれるなら」
カレンは口の端を持ち上げて笑った。
「望むところだ」
カレンの膝の上に跨ると、カレンは待ちかねたように私の腰を撫でた。キスを重ね、彼の甘いはちみつのような琥珀色の髪を揉む。彼も私の髪に指を絡ませる。この互いを愛おしむような交わりが、私はたまらなく好きだ。お互いの熱を求めあうように抱き合い、カレンは私の柔らかな処に手を置いた。優しく、壊れ物でも扱うかのように手の中で形を変える。私は彼の熱くなった処に自分を押し当てた。布越しに、ぬる、と滑ったのがわかった。
布を取り払い、ゆっくりと彼を飲み込む。彼は窮屈そうに、そして切なそうに顔をしかめる。私は恍惚とした顔でそれを見つめた。それから動かず、飲みこんだまま、長い間お互いを触り合った。



夜になり、雨が降り出した。カレンのマントを二人で使い、お互いを抱きしめあって暖を取る。
「改めて、あなたと遠征に来てよかった」
私が瞬きをすると、カレンは冗談を言った。
「レリアナ殿やカサンドラと来ていたら、凍え死んでいるか、食料にされていたかもしれん」
私は噴出した。
「確かに、こんな風に暖め合えるのは私たちだけね」
そう言って私が動くと、カレンは切なげに眉をしかめた。
「待ってくれ。少し……」
私の中にはまだ彼が飲みこまれている。一晩中こうしてみない?と冗談で言ったことを、彼は大真面目に挑戦しているのだ。
「ねえ、もういいでしょ。もう私……」
そう言って腰を浮かすと、カレンは私を押し倒した。強引に口をふさぎ、熱が何度も体の奥に擦れる。カレンの動きに合わせて吐息と声がこぼれる。
「あっ、あぁっ、あぅ、カレ、んっ」
だんだん激しくなる熱に、私は狂ってしまいそうだった。それでもいいとさえ思った。カレンの太い腕にしがみつき、背中を掻き抱いた。
「はっ、はぁっ、激しいっ、待って、あぁっ」
体の奥の切なさが満たされていく。カレンは私を熱のこもった目で見つめて、何度も何度も腰を動かした。
「だめだ、そんな、姿を見せられたら……っ」
私の中でカレンのものが一層熱を持った。
「わたしだけに、見せてくれ、もっと……あなたが欲しい。誰も知らないあなたが……っ」
そんなこと。私だって、同じだ。
「あ……っ!」
脈打つ熱がはっきりとわかる。私と、カレン。お互いの熱に応えるように、体が痙攣する。
幸せをかみしめて、私は精一杯、カレンの深い口づけを受け止めた。

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