001


晴れ渡る空と海の鮮やかな青が溶け合う中に、白い港町が浮かんでいる。
近づいてくるその景色を見つめている少女の、頬杖をついた横顔を、エリックはこっそり盗み見た。

白い肌。バラ色の頬。柔らかな明るい髪。
薄いブラウンの瞳には、雲の影が映りこんでいる。
そのきれいな横顔に見とれていると、少女が突然こちらを向いて、エリックは驚いた。

「何?」

そのかわいらしい顔に似合わぬそっけない表情と声で、少女はエリックをにらんだ。

「別に、寝不足でボーっとしてただけだ」
「昨日あれだけ早く寝て、今朝もついさっきまで寝てたじゃない」
「よく眠れなかったんだ…船が揺れて」

少女…アリシアはまた目を細めてエリックをにらみ、海に目を戻した。

「そんな不愛想じゃ、友達出来ないぞ」
「うるさいなぁ」

エリックがからかうように言うと、アリシアは鬱陶しそうにため息をつく。

「性格は悪いけど顔はいいんだから、女の子だしせめて笑わないと」
「何、女の子だしって。女だから何?何様?」
「いやだから…モテないぞって話…」
「私がいつモテたいって言った?」
「…すみません」

いつもこうだ。アリシアに口で勝てたためしがない。いやまあ…それ以外でも勝ったことはないが…。
エリックは魔術師の塔での修行の日々を思い返した。
アリシアには魔術の才があり、師匠からも気に入られ、いつも自分より一歩先を行っていた。

「まあ…入団試験は楽勝だと思うし、もう少し寝てきたら?」
「やる気ねーなぁ、アリシア」
「そりゃね、あんな小さな島の海上騎士団の、1部隊しかない紋章部隊の見習い試験なんて、基礎中の基礎ができれば問題ないもの。私たちが落ちたら師匠が倒れるわよ」
「だからって、もうちょっとやる気出せよ。態度悪いと面接で落ちるぞ」
「その時はちゃんとするに決まってるでしょ。それに、騎士団に行くこと自体は楽しみだもの。」
「え、なんで?」
「なんでって…逞しくて男らしい騎士ってカッコいいじゃない。」

エリックはアリシアの言葉に固まった。

「か…かっこいい?」
「うん。」
「ア、アリシアってそういうのが好みだったのかー、へえー、ハハハ…」
「嫌いな女なんている?筋肉質で、男らしくて、頼もしくて、素敵でしょ。」
「お、俺はアリシアはもっと、知的な男が好きだと思ってたけど…紋章使いとか」
「えー?紋章使いなんて理屈っぽくて嫌。男は鈍感なくらいがちょうどいいでしょ。それに、男のくせに軟弱な人って魅力を感じないのよね」

魅力を感じないのよね…
魅力を感じない……
魅力を………
エリックは脳内でアリシアの声が響くのを感じ、めまいがした。

「あ。あれが騎士団の本部かな?」

隣でアリシアは、無邪気に島を指さした。



***



入団試験日だからだろうか、騎士団の館の前は若者たちで賑わっていた。
二人は受付に向かい、順番待ちの列に並んだ。ほかの受験生は、ほとんどがこの島出身の若者で、あとは周りの島からやってきた者もいるらしい。
その中で、アリシアとエリックは少し異質だった。この群島諸国では珍しい白い肌と、使い慣れた様子で背負っている大杖。ここらではまず、紋章使いの存在自体が珍しいようで、じろじろと遠慮のない視線を浴びた。二人の整った容姿も、人の視線を集めるには十分だった。

「はい、次。」

受付の順番が回ってきて、二人は進み出た。
アリシアの顔を見て、受付の騎士が口元を緩めたことに気づいたエリックは、ムッとその騎士をにらんだ。

「紋章部隊希望かな?」
「はい。」

なれなれしく尋ねてきた騎士に、アリシアがうなずくと、騎士はニヤけた顔でうなずいた。

「助かるよ〜。紋章使いは貴重でね。特に君みたいに可愛い子は大歓迎!頑張って…」
「あの。俺は一般で」

騎士の声を遮ってエリックが言うと、アリシアと騎士が目を丸くしてエリックを見た。

「何言ってるのエリック?」

これまでアリシアとエリックは、ずっと紋章の修業を積んできた。剣なんて握ったこともないのだ。

「一般って意味わかってる?」
「わかってるよ。」
「剣なんて使えないじゃない」
「別に、体力テストさえクリアすればいいんだろ。剣の使い方はみんなこれから習うんだから」
「だからって、あんた、紋章のほうが使えるんだから…」
「そうそう、紋章師に一般部隊の訓練はキツイぞ〜」

騎士の男に馬鹿にされたように言われ、エリックは眉をひそめた。

「楽勝だ。俺は男だし、体力くらいある。一般で受け付けてくれ」
「ちょっとエリック…」
「…はいはい、一般ね」

挑発するように笑いながら、騎士はエリックの受験を受け付けた。

「エリック!」

さっさと踵を返して館に入るエリックを、アリシアはあわてて追う。

「どうして一般を受けるの?一緒に紋章部隊を受けようって言ってたじゃない!」
「別に、男らしく鍛えたいと思っただけだ。」
「えぇ…?」

アリシアは眉を寄せた。

「さっき私が言ったこと根に持ってるの?」
「別に、そうじゃない」
「何拗ねてるの?」
「拗ねてない。とにかく、俺は一般を受けるから。



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