002


暖かい風が吹く、春の昼下がり。
忍者学校への入学を来年に控えた少年、嵐イブキは、日課の修行のために森へ向かう途中で、よく見知った幼馴染――轟コウライが民家の塀にぶら下がって向こう側を覗いているという奇妙な姿を見つけて、訝しみながら立ち止まった。

「何してんの?コウライ」
「!!!」

イブキが声をかけると、コウライは驚き慌てふためいて、声を上げる間もなく塀から手を滑らせて尻もちをついた。

「いってて…!おどかすなよイブキ!」
「いや、何してんのって聞いてるんだけど。」

コウライは抗議の声を上げるも、なぜか誰かから忍ぶようにひそひそと怒っているので、イブキはますます眉を寄せて首を傾げた。

「この向こうに何かあるの?」
「バッ…!ちょ、ちょっと待て!」

イブキが塀を登ろうと見上げると、コウライは慌ててイブキを引き留めた。

「ここって…六代目火影様の家だよね?」
「……。」
「コウライ、捕まるよ?」
「な!べ、べつに何もしてねぇーって!」
「いや、覗いてたじゃん。」

うぐぐぐ、とコウライは唸り、葛藤するようにしばらく考え込んで、それから諦めたように天を仰いだ。

「…しょーがねえ!おい、ちょっとこっちに来い。」
「なんだよ?」
「ここ!登って、庭を見てみろ。静かに、バレないようにな。」
「……?」

コウライに促され、イブキは塀の穴に足を引っかけ、向こう側を覗いてみた。
平屋の一軒家の、さして広くもない庭には、一人の少女がいた。地面に落ちた手裏剣を拾う、小さな背中が見える。

「…あの子を覗いてたってわけ?」
「しっ!いいから、見てろって…!」

ひそひそと言い合っていると、少女が立ち上がり、少し振り返った。少女の横顔が見えたその瞬間、コウライだけでなく、イブキも息をのんだ。その少女があまりにもきれいで可愛らしかったのだ。

「なっ、かわいいだろ…」

コウライが得意げに耳打ちした瞬間。突如、ふたりの脳天に鈍い衝撃が落ちてきた。

「うっ!」
「いでっ!」

どさ、どすん、と二人が塀の内側に落ち、顔を上げると、戸惑った様子の少女が見え、をその視線を遮るように、大人の男の足が下りてきた。

「まったく、俺の可愛い娘に早速、悪い虫がついたのかな〜?」
「え…」
「あ…!」

二人はその男を見上げ、震え上がった。

「ろ、ろ、六代目様…!!」
「ごめんなさい!僕はこのコウライに言われて仕方なく!」
「あっ!?テメーこらクソイブキ!!」

「嵐一族の次男のイブキに、轟一族長男のコウライか。」

カカシがしゃがみ込んで二人の顔を覗き込みながら言うと、二人は顔を見合わせた。自分たちのことを六代目火影が知っているとは思わなかったのだ。

「そういや君たち、ご近所さんだったねぇ。」
「え?あ、はあ…」
「まあ…」
「君たち、来年忍者学校に入るんだよね?」
「え?」

二人は意外な質問にまた顔を見合わせ、カカシを見上げて頷いた。

「そうですけど…。」
「うちの娘も来年入学なんだ。ま、仲良くしてやってよ。」
「え…!」
「ほら、ヒカリ。」

意中の女の子と同級生になれることがわかり、コウライが目を輝かせる。カカシは少女を手招きして、自分のそばに呼んだ。

「来年同じ学校に通うんだぞ。挨拶しときなさい。」
「…ヒカリです。」

少女は小さく会釈をして、透明感のある愛らしい声で言った。
二人は慌てて立ち上がり、姿勢を正した。

「お、俺は轟コウライです!よろしくなヒカリちゃん!」
「僕は嵐イブキです。よろしく。」

ヒカリは小さくうなずくと、カカシを見上げた。人見知りなのかな?とコウライは考えた。

「カカシさん。」

そしてヒカリがカカシをそう呼んだことに違和感を覚えた。カカシはヒカリを娘だと紹介したけど、なぜ父であるカカシのことを名前で呼ぶのだろう?

「今日は修業をつけてくれるんでしたよね。」

そしてこの他人行儀なしゃべり方。コウライが思わずイブキを見ると、イブキも不思議そうにコウライを見ていた。

「ん?ああ、それなんだけどねぇ…急用ができちゃってサ。それを伝えに一旦帰ってきたんだ」
「……。」
「ごめんね、まあ明日は…」

「あ、あの!それなら!」
「ん?」

話を聞いていたコウライは、思い切って口を開いて注目を浴びた。

「俺とイブキ、これから森で一緒に修行しようって言ってて!」
「は?そんな約束してな…」
「黙ってろイブキ!…あの!だからヒカリちゃんも一緒に行かねーかな!?」

「うーん…。」

うなったのはカカシだった。覗きをしていた少年二人に娘を預ける懸念をしたわけではない。ヒカリの血継限界はまだ安定しているとはいえず、時々暴走してしまうことがあるからだった。とはいっても、ここ数日はとても落ち着いているし、同じ年頃の忍者を志す仲間というのはかけがえのないもの。ヒカリにも大切な仲間を作ってほしいし、それはヒカリ自身の成長にも繋がる。
なにより木の葉の轟一族、嵐一族は共に名門の忍一族で、家も近所だし仲良くさせておいてきっと損はない。二人と仲良くなっておけば、内向的なヒカリをきっと入学後も助けてくれるだろう。
カカシはそう考え、にっこりと笑ってヒカリを見た。

「そりゃあいいねえ。ヒカリ、行ってきなさい。」
「…はい。」

カカシがそう言うと、ヒカリは少し戸惑った顔でうなずいた。

「よっしゃ!じゃ、行こうぜヒカリちゃん!」
「演習場空いてるかな?」
「どっかは空いてるだろ!」

とたんに沸き立つ少年たちと連れ立って、ヒカリはカカシを振り返りながら庭を出ていく。
カカシは三人を見送りながら、笑顔で手を振った。

「いってらっしゃーい。」



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