001

「おっ!いたいた…」

物陰からこっそり廊下の向こう側を覗きこむ倉持が笑いをかみ殺す。

「オラ御幸行け!」
「は!?知らない女子はきついって」
「知っとる男じゃ罰ゲームにならんやろが!」
「早くしねーと行っちまうぞ!さっさと行け!」
「痛って」

倉持に蹴りだされるようにして通路に飛び出し、やれやれと頭を掻く。
昨日の夜、ゲームで負けて…いつの間にか最下位者には罰ゲームが用意されていて…。それがこれ。朝廊下で初めて見つけた人に知り合いを装って声をかけ、そして…
…あ〜やりたくねぇ。まぁ、だから罰ゲームなんだけど…。

早くしろよ!と後ろから倉持にどやされながらのろのろと女子生徒を追いかける。
すらりとした後姿。上靴の色は1年。金色に近い亜麻色の長い髪は綺麗で、なんか、美人っぽい雰囲気…。やべぇ緊張してきた。

「…あ…」

あの、と声をかけそうになって、思いとどまる。違った、決まったセリフがあるのだ。くっそ…もう二度とあいつらとゲーム対戦なんてするもんか。

「…っ、よ、よお!久しぶり…」
「…え?」

ぽん、と肩を叩いて、その女子生徒が振り向いて、目を丸くして――俺は息をのんだ。
すっ……げぇ…、可愛い…。
こ…こんな美人がこの学校にいたの?1年、ってことは新入生…何組?名前は?…いやいやその前に。

「……。」

困惑気味に俺を見上げる彼女。そりゃそうだ。知らない奴が知り合い面して声かけてきたんだから…。

「…ごめん!人違い!」
「…はぁ…。」
「つーか…1年だよね?何組?名前は?」
「え…?」

「クソメガネ コラ!!」
「何普通にナンパしとんのや!!」

廊下の角から飛び出してきた倉持とゾノに、女子生徒は驚いて肩を竦めた。

「あ〜、コラコラ。お前ら顔コエーって。この子怯えてんじゃん」
「あ!?テメェ…」

言いかけた倉持が女子生徒を見るなりぴたりと口を噤んだ。その隣でゾノも一瞬硬直し、女子生徒に見惚れる。

「お前ら何見惚れてんの?(笑)」
「うるせえ!!」
「死ね!!」

「…失礼します」

ぼそりと小声で言って、女子生徒は踵を返してしまう。

「えっ、ちょっと待ってよ〜おーい」
「……。」

少し追いかけたけど、彼女は逃げるように足早に階段をのぼっていってしまった。

「あーあ…行っちゃったじゃん」
「知るか!」
「つーか御幸、今の罰ゲームノーカンだからな。」
「え〜…」



***



朝の出会いを思い出して口元が緩む。
あの出会いのわずかな瞬間に焼きついたあの子の姿が頭から離れない。

俺のタイプドンピシャ…っていうか、めちゃくちゃモテるんだろーな〜…。いやすげぇ美人だった。クールだけど柔らかい雰囲気で、なんだかいいにおいがして…。お知り合いになりたい。

「御幸〜〜〜!」

倉持がゾノをひきつれてやってきて、げっ、と声が漏れた。

「オラ!罰ゲーム達成するまで何度でもやらせるからな!行くぞ!」
「え〜〜、もういいじゃん、十分恥ずかしい思いしたんだし」
「どこがや!!ナンパしただけやないかい!」
「めんどくせ〜…お前ら暇だな」
「うるせえ!!」
「はよ来んかい!!」

二人に引きずられるようにして校舎1階の渡り廊下までやって来た。渡り廊下の傍には中庭があって、校舎の窓から底を見るとひとけのない陽だまりがまぶしく、俺は目を細める。

「じゃ、最初にここを通った奴に声かけるってことで。」
「…お前ら2年の校舎から一番遠い場所選びやがって」
「そりゃ知り合いじゃ罰ゲームになんねーし。なぁゾノ?」
「おう。」
「……。」

「おっ…!」

声を上げて身を乗り出す倉持にぎくりとする。もう人来たのかよ…!渡り廊下の向こうを見ると、俯き気味に歩いてくる1年の女子が見えた。

「よっしゃ行け!御幸!」
「ふざけんな!もーいいだろ」
「いいわけあるか!テメーを辱める滅多にないチャンスだってのに」
「せやせや!」
「お前らな…」

倉持に背中をどつかれて渡り廊下に飛び出した。俯き気味に歩いてきた1年は、ちらりと俺を見て目を逸らし、そのまま歩き続ける。くっそー…何で俺がこんなことを…。

「…よっ…、よお!久しぶり…」

え?と目を丸くして俺を見上げる1年女子。…と、その後ろを通りかかった、見覚えのある女子生徒が、軽蔑の眼差しで俺を見ながら足早に通り過ぎていくのを見て、俺は慌てた。

「えっ!!ちょ、ちょっと待って!誤解!誤解だって!」

今朝声をかけた1年女子だ。彼女は冷たい眼差しを残して足早に歩いて行ってしまう。うわ、サイアク…絶対誤解された!

「なぁちょっと待ってってば!おーい!ほんとに!マジで!待って!」

倉持達を余所に、軽い駆け足になる彼女を大股の早歩きで追いかけて、俺は1年の校舎に入った。

「ちょっ…いつまでついてくるの…」
「だから待ってって!マジで!聞いて!違うから!」
「いやどうでもいいんで…ついてこないで」
「頼むからこれだけは聞いて!誤解だから!ただの罰ゲーム…」
「どーでもいいです」

あれ、俺なんでこんな必死に弁解してるんだろう…。ふとそう冷静になりながら、でもこのまま最低野郎だと誤解されているのは嫌だと思った。誰にどう思われたって、どうでもいいと思ってたのに…この子に幻滅されたままでいるのは、なんか、嫌だ。

「ど、どうしたの?」

彼女に男子生徒が声をかけて、彼女は振り向いた。

「東条。」

彼女が駆け寄ったその人物は、俺も知っていた。野球部の新入部員、松方シニアの東条秀明。投手は全員チェックしている。特に東条は、今年の注目株だし。

「変な先輩がついてくる。」
「え…?」

へ、変な先輩…。いやでもそうか。名前も知らない後輩に追いすがって…何やってんだ俺は。
俺を見た東条は、唖然、と口をあけて目を瞬いた。

「あれ、先輩…?」
「え?知ってる人?」

呟いた東条に彼女は目を丸くし、東条は「野球部の先輩」だと説明する。

「ふうん…この人のこと信じない方が良いよ。変な人だから…」
「え?」
「ちょっ…だから違うんだって…」

容赦ない耳打ちをする美少女に苦笑する東条、困り果てる俺。ああもう、第一印象は最悪だ。

「何かあった…んですか?」

よくぞ聞いてくれた東条。俺は内心感謝しながら咄嗟に口を開いた。

「俺が罰ゲームで通りすがりの奴に声かけてて…誤解を招いて…」
「…??」

疑問符を浮かべる東条。ああもう、なんて説明すればいいんだ。

「この人手当たり次第にナンパしてるんだよ…」
「え??」
「だから違うって!」

俺を指さして言う少女に、どういうこと?とちょっと笑いながら首を傾げる東条。

「この人今朝私に、久しぶり、って声かけてきたの。」
「え、知り合いなの?」
「全然知らない。で、さっき別の女子に、全く同じように、久しぶりって声かけてたの。」
「…あ〜…」
「こら東条!納得すんな!罰ゲームだって言ってんだろ!」

ははは…、と曖昧な愛想笑いを浮かべる東条。くそ〜…半信半疑じゃねーか…。

「しかも何か知らないけど追いかけてくるの。東条助けて。」
「う、うーん…」
「東条〜、お前は俺を信じてくれるよな?」
「え…えっと…」
「こんなチャラい人信用できないよね?」
「ははは…。」
「チャラくない!東条!先輩を裏切ったら今日の夕飯倍だぞ!」
「えっ…!」

ぎくりとした東条の様子に気づいて、彼女は少し慌てた。

「東条!私の味方でしょ!?」

うっ…、と顔を赤くして言葉に詰まる東条。こいつも美女には弱いか…。

「あれ〜?東条顔が赤ぇぞ〜」
「ちょ…!ち、違いますって!」
「その子可愛いからって言いなりになって情けねぇな〜!もしかして好きなの?」
「や、やめてくださいよ!」

「……。」

ちょっとからかってやろうと思ったけど、美少女の俺を見る軽蔑するようなまなざしに気づいて、俺はにわかに後悔した。こういうのもチャラいと思われんのか…そーか…。

「あのさあ…ほんと誤解しないでね?俺いつもあんなことしてるわけじゃないからね?」
「どうでもいいです」
「いやどうでもいいじゃなくて!信じてマジで!」
「あーもー、じゃあそれでいいです」
「……。」

鬱陶しそうに手で追い払う仕草をされ、どうすればここから挽回できるのか思い悩んだ。

「…っていうか、名前…なんていうの?」

改まって尋ねると、東条がにわかに緊張した面持ちで俺と彼女を見比べる。

「何で教えないといけないんですか?」
「えっ…」

ぴしゃりと撥ね退けられてショックを受ける俺の前で、彼女は東条の腕に触れる。

「東条、絶対教えないでね。」
「え、え〜…」
「ね!?」
「わ、わかった…」

東条が頷くと、彼女は納得したように微笑を浮かべ、してやったりと俺を見て、東条の腕を引いた。

「行こ!」

戸惑いつつまんざらでもない顔で教室に連れていかれる東条。やたら打ち解けている二人の姿を見て、俺は胸の奥がちりちりと妬けた。仲良いじゃねーの…。まさか付き合ってるとかじゃ…ないよな?



***



「御幸!罰ゲーム明日やり直しだかんな」
「え〜まだやんの?」
「当たり前やろが!」

夕食時、倉持とゾノに詰め寄られながらもそもそと食事を口に運んだ。まったくしつこい…。うんざりしながら、ふと前を横切った人物に気を取られる。

「お…東条!」

俺に呼び止められた東条は、ぎくり、とした様子で立ち止まった。隣の金丸は「なんかしたのか?」と小声で気遣っている。

「な〜、あの子の名前教えてよ。」
「え…、いや…、」

あの子って?と目を丸くする金丸にもはぐらかす徹底ぶり。ご執心じゃねーの。

「いいじゃん名前くらい。」
「いやでも…絶対言うなって言われてるんで…」
「同じクラス?」
「…は、はい。」
「何部?」
「多分…特に何も…」
「出席番号は?」
「え?…前後なんで…22?」
「へー、じゃあ席も近いの?」
「はい、前後です」
「名前は?」
「た…、…って、ちょっと!勘弁してくださいよ」
「チッ、惜しい」

「…何?誰のこと?」

しびれを切らしたように倉持が言うと、東条はまた口ごもった。

「あの廊下で声かけためっちゃ可愛い1年、こいつと仲良いんだよ」
「何!マジか!」
「でも名前教えてくれねーんだよ〜東条も口止めされてるし」
「こいつに教えんなって言われたのか?」
「は、はい…」

俺を親指で差して尋ねる倉持に東条が頷く。すると倉持とゾノは顔を見合わせて立ち上がり、東条を取り囲んだ。

「え、な、何ですか…」

戸惑う東条に肩に手を回し、まるでヤンキーのカツアゲのように絡む倉持とゾノ。

「こいつに言うなって言われたんだろ?じゃあ俺らには言えるよな?」
「教えてもらおか。」
「え…、えぇ…」
「おい!お前らズルいぞ!」

べー、と舌を出す倉持。

「安心せえ、こいつにはバラさへんから」
「で、でも」
「言わねーと今日の飯倍食わせんぞ!」
「おい倉持!そんな姑息な手を」
「……。」

東条が呆れたように俺を見た。今日全く同じ脅し文句言ったからな。

「ホラ東条!こっそり!ここだけの話!」
「せやせや!」
「…じゃ、じゃあ…。」

ぼそぼそ、と東条の小声のあとに、ほぉ〜、と大げさに相槌を打つ倉持とゾノ。

「意地悪いな〜〜〜お前ら…」
「ヒャハハ。テメーの日ごろの行いだっつの」
「せや!たまには辛酸嘗めんかい!」
「辛酸て…。」


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