002

廊下の向こうから歩いてきた女子生徒の姿に頬が緩んだ。
移動教室だろうか、友達と談笑しながら、ノートや教科書を胸に抱えて歩いてくる少女の姿に、廊下中の奴らが見惚れて振り返る。

「よっ。」

その中を突き進んで彼女に声をかけると、彼女は驚いたように友達と立ち止り、すぐに鬱陶しそうに目を細めた。

「…また出た」
「え?誰?」
「変質者。」
「コラコラ…」

目を瞬く友達に淡々と言い放つ彼女に苦笑する。なんかもう、遊ばれてる感じ。まだお互いの名前も知らないのに、こんなやりとりが楽しい、なんて思うのは俺だけかな。…俺だけかもな。
…何て事を考えながら、ふと思いついて、彼女の胸に抱えられた教科書をするりと抜き取った。

「…あっ、ちょっと!」

慌てて手を伸ばす彼女から逃れながら、教科書を頭上高く掲げて名前欄に書かれた文字を読み上げる。

「1A 玉城光…へぇ〜〜玉城ちゃんっていうの。」
「…最悪」

苦い顔になる玉城に教科書を返し、してやったりとにんまり笑う。

「ヨロシクね玉城ちゃん♪」
「……。」
「あ、俺2年の御幸!」
「みゆき…?」

玉城は眉をひそめた。

「ふざけすぎ…」
「え?いやいやマジで本名だから。」
「はいはい…。」
「信じてねーだろ。本当なん…」

「御幸一也ァァ〜〜〜!!」

聞き覚えのある大声が廊下に響きわたり、俺はギクリと肩を竦めた。

「うるせーのがきやがった」
「なぜこんなところに…ん!?」

俺を見つけて駆け寄ってきた沢村は、俺と玉城たちを交互に見て唖然とした。

「ま…まさか…御幸一也のファンか!?しかも美女…」
「な…ち、ちがう!逆!付きまとわれてるの!」
「何ぃ!?」

玉城の反論を聞いて、沢村はぎぎぎと俺を睨んだ。

「俺の球も受けずこんなところでふらふらと後輩女子に手を出しやがって…見損なったぞ御幸一也!!」
「人聞きの悪い言い方すんな。」
「昨日は別の子ナンパしてましたよね。」
「何だと!!?」
「だーかーらー!それは違うんだって!」

沢村はわなわなと震え、ギリリと俺を睨みつけてきた。

「お…俺はこんな糞野郎を追いかけてはるばるこの学校に来てしまったというのか…!?」
「糞野郎ってお前さぁ…」
「そうですよ、この人信用しない方がいいですよ。…チャラいから」
「だから誤解だって!」

じとりと疑いのまなざしで俺を見る玉城。沢村はどうでもいいけど、俺はとにかく玉城の中の俺の評価を挽回したかった。

「でも名前は本当だっただろ。」
「……。」
「みゆきかずや。」

自分の顔を指さして言ってにこりと笑うと、玉城はプイとそっぽを向いた。

「紛らわしい名前してるから。」
「人の名前にケチつけるなよ。」
「忙しいので失礼します。みゆきちゃん」
「その呼び方はやめろ!」

すたすた歩き去ってしまう玉城の背中を見送って頭を掻く。どーすれば仲良くなれんのかな。とにかく第一印象が最悪だったからなー…。
やれやれとため息を吐きそうになりながらふと沢村を見ると、沢村は何とも言えない警戒する猫のような目で俺を見ていた。

「…何だよその目」



***



「今年の1年めちゃくちゃ可愛い子いるよな」
「玉城さんだろ?」

既に噂になっていたのか、まさに今広まっているところなのか、教室でちらほらとそんな会話を耳にするようになった。

「毎日野次馬すごいらしいよ」
「教室の前に人だかりできてるって」

な…なにィ!?やっぱりめちゃくちゃモテるのか…美人だもんなー、あの子。あの毒舌な物言いもなかなか…。

「もう3年で告った人いるんだって?」
「毎日靴箱にラブレター入ってるんでしょ?」
「芸能界にスカウトされたってホント?」
「もうファンクラブがあるって聞いたけど。」

……。…なんか、ウソかホントか解んねぇ噂まで出てきてるな…。それだけ、注目されてるってことなんだろうけど…。これはうかうかしていられない…かもしれない。



***



「あ、みゆきちゃんだ。」
「……。」

廊下で鉢合わせると、玉城は俺に気が付くなり嬉しそうに笑い、そう言った。俺が口角を引きつらせると、ますます楽しげににやつく。結構いい性格してんな。

「玉城ちゃん、その呼び方はヤメテ」
「じゃあ玉城ちゃんっていうのもやめてください。」
「何ならいいの?光ちゃん?」
「次馴れ馴れしく呼んだら返事しませんからね。」
「顔に似合わず辛辣だな〜玉城ちゃんは!」
「……。」
「はっはっはっは!マジで無視!」

すたすたと歩く玉城を追いかけて、並んで歩きはじめる。今は昼休み。なのに玉城はスクールバッグを肩に提げて、昇降口の方へ向かっていた。

「てかどこ行くの?帰るの?」
「帰ります。」
「早退?風邪?」
「みゆきかずやっていうストーカーに付きまとわれてるんで、おまわりさんに相談に行くんですよ。」
「はっはっはっは!言うじゃねーか!…え?嘘だよね?冗談だよね?」
「ふふふ」
「なぁおい…ちょっと…」
「冗談に決まってるじゃないですか。身に覚えがあるんですか?」
「…やめろよまじで〜」
「家の用事があるだけですよ。じゃあさよなら。」

気付けばもう昇降口についていて、玉城は靴を履きかえて玄関を出て行った。…お見送りしてしまった。
家の用事ねぇ…法事とか?つか、玉城の家ってどんなだろ。なんかお嬢様っぽいイメージあるけど、全く想像がつかん。兄弟とかいるのかな。家どのへんなんだろ…って、この思考、ストーカーっぽい…!?
…やばいな、ちょっと自重するべきか…。



***



「…ぐああ〜〜!」

木のブロックを抜き取った倉持が、そこに書いてある文字を見て悲鳴を上げた。なんだなんだと取り囲むと、そこには「パンツの色を発表」という文字が。倉持は皆に揶揄られながらやけくそにシャツを引っ張って、赤いトランクスのウエスト部分を晒した。
野球部の誰かが持って来たラブジェンガを始めたら思いの外盛り上がり、通りかかった1年達も捕まえて、中庭で盛り上がっていた時のことだった。
通りかかった玉城の姿を俺が見逃すわけもなく。

「おっ!玉城ちゃーん」

ぶんぶん手を振って呼び止めると、楚々として歩いてきた玉城が友達と共に立ち止まり、野球部の男共もぴたりと静まり返った。一瞬無視して通り過ぎようとした玉城は、俺たちの中に東条の姿を見つけ、思い直したように足を止めた。

「…何してるんですか?積み木?」
「ちげーよジェンガ!知らねーの?」
「ジェンガ?」

目を丸くして友達を見る玉城。

「知ってる?ジェンガって」
「知ってるけど…あれは…」
「え、なに?」

「まーいいから!こっちこいよ玉城ちゃん!」

友達の方はこれがジェンガはジェンガでもラブジェンガだと知っている様子だったから、俺は遮るように玉城を手招きした。

「ほら東条も呼べ!お前が呼べばくる!」
「え…、えぇ、でも…」

東条は良心がとがめたように戸惑いながら玉城を見た。真面目な奴…

「何なんですか?」

しかし興味を持ったのか、玉城はうかつにも俺の傍へ歩いてきた。野郎どもの間に緊張と期待が走る。だってこの中には、結構アレな罰ゲームも…。

「この積まれたブロックを崩さないように、順番でひとつ抜き取っていくゲームだよ。一回やってみ?」
「抜き取るって…どこから?」
「てっぺん以外ならどこでも。崩したら負けだからな。」
「……。」

玉城はジェンガを見つめ、上から4段目の真ん中を指で押し、器用に抜き取った。ブロックが取れると玉城は嬉しそうに頬を緩めて俺を見た。おぉ…笑顔、珍しい。めっちゃ可愛い。

「取れた!」
「面白いだろ?」
「はい。崩したら罰ゲームなんですか?」
「それもあるけど、それ、なんて書いてある?」
「え?」
「今とったブロック。なんか書いてない?」
「え…?」

玉城は手の中のブロックを見つめた。

「……。」

男共は唾を飲みこんでその様子を見守っている。

「……もう一回ジェンガを抜く。」
「…おー、じゃあもう一回だな。」

ちょっと拍子抜けしつつ、俺はジェンガを指して促した。また緊張感が漂い始める。

「……よし!」

面白くなってきたのか、玉城は今度はもう少し下の左端のブロックを抜き取った。

「やった!…で、えっと、これは…。」
「……。」

今度の罰ゲームは何だ…?

「…右隣の人と30秒間、無言で見つめあう…。」
「え…。」

右隣…俺を見上げる玉城の目と視線がぶつかり、俺はじわりと顔が熱くなった。
こ、これは…願ってもないラッキー…。

「えぇやだ!何なんですかコレ!騙したでしょ!」
「こーいうゲームなんだって。ほれほれこっち見ろって」
「やだ!何でよりによって御幸先輩なの!」
「はっはっは!俺でよかっただろーが」
「やだぁ〜一番やだ〜」
「照れるな照れるな!」

助けて、と友達の方へ駆け寄る玉城の袖を引き留めた。

「ホラ逃げんなよ玉城〜恥ずかしがってないでたまには思い切って曝け出せ!」
「別に恥ずかしくないし!」
「じゃあいいじゃん。30秒見つめ合うだけだぜ?何がそんなに嫌なのかな〜?」
「…相手が嫌なの!」
「あれもしかして顔赤い?」
「赤くない!…もー!わかりましたやればいいんでしょ!」

おっ、やった…。
内心ガッツポーズしながら玉城と向き合った。

「いくぞ。せーの…」

宝石みたいな蒼い瞳が俺を見上げる。やべぇ…こっちが照れる…。
3…4…5…。心の中で数えながら、30秒がとても長く感じた。
つーか…ほんと…可愛いな〜〜〜玉城…。顔立ちもそうだけど、雰囲気というか…からかいがいのあるところや、生意気なところも。なんか……好き…、かも…。俺、玉城のこと…。

「……。」
「……。」
「……プッ…くっくっく」
「な…、何笑ってるんですか?」

こらえきれず噴き出すと、玉城はちょっと赤い顔で俺を睨んだ。

「そんなに見つめられたら照れちゃう{emj_ip_0173}」
「…はぁ!?もう…!やだぁこの人!」
「はっはっはっは!」
「ばか!もう御幸先輩なんて信じない!ばか!」
「はっはっはっ玉城ちゃんカワイ〜♪」
「うるさいチャラ男!」

もう行こ!と友達の手を引っ張って去っていくご立腹の玉城。いや〜ほんとあの子からかうのおもしれぇ。けどほどほどにしないと本当に嫌われちゃうかな〜…。

「…テメェ調子のってんじゃねーよ!クソメガネ!」
「いって」

倉持の蹴りを背中に喰らった。

「なんだよさっきまで静かだったくせに」
「うるせぇ!テメーが女子とイチャつくためにジェンガやってんじゃねーんだよこっちは!」
「せや!さっさと引かんかい御幸!」
「なんなんだよ…じゃあその手やめろよ」

ジェンガを崩そうと台の端をもつ倉持とゾノ。どうせ、俺がジェンガを抜くときに揺らして崩そうという魂胆だろう。そうなんども罰ゲームさせられてたまるか。

「つーか…お前らもちょっと期待してたくせに」

ぼそりと呟くと、倉持達はぎくりと口を噤んだ。

ALICE+