008


「おじゃまします…。」
「入って入って!遠慮しなくていいから」

お母さんに電話したところ、とりあえず今日は光をうちに泊まらせることになった。光のお父さんには「今日は友達の家に泊まる」と連絡し、光は着替えをまとめて私の家に来た。

「いらっしゃい!光ちゃん久しぶりね〜」
「こ、こんばんは。すみません、突然」
「いいのいいの!話聞かせてもらえる?大丈夫?」
「はい…。すみません…」

とりあえず大人に話したほうがいい、ということになって、うちのお母さんが話を聞いてくれることになった。それでまずそうなら警察署にも連れて行ってくれるらしい。
光と私とお母さんはリビングに入って、ソファに座った。ソファにはお父さんがいたけど、光が来たのを見ると、大体の事情を聞いていたらしく、遠慮したように立ち上がった。

「光ちゃん、いらっしゃい。」
「こんばんは。おじゃまします。」

お父さんは挨拶だけして、煙草を持ってベランダに出た。

「それで、封筒は?」
「これ。」

お母さんの前に、私が封筒を差し出す。お母さんは中身をちょっと取り出して見て、次に紙切れを広げて内容を見て、少し青ざめていた。

「これ、光ちゃんちの郵便受けに入ってたの?」
「はい。郵便受けの中身は、朝家政婦さんが来た時に確認して、リビングに置いてくれるんですけど…今朝はそれがあって」
「そう…」

お母さんは封筒の中に紙切れをしまった。

「警察に相談したほうがいいわね。」
「……。」
「今日はもう遅いから、ご飯食べて休もう。明日の放課後、私も一緒に行くから、警察の方に相談しましょう。ね?」
「…はい、すみません…本当に」
「気にしないで、家だと思ってくつろいでね。もうすぐ夕ご飯できるから。」
「じゃ、私の部屋行こう光。」

うん、と頷いた光と、立ち上がってリビングを出ようとしたとき、リビングのドアが思い切り開いて、光が驚いてびくっと立ち止まった。

「なー!飯まだ…」

いつもの調子で言いながらやってきた兄貴の剛が、光を目の前にしてぎょっと立ち止まった。

「…お おじゃましてます」

光がぺこりと挨拶すると、兄貴は情けなくも言葉を失ったまま、二度、三度、頷く。

「もー兄貴邪魔!どいてよそこ通るんだから〜」

私は立ちすくんだ兄貴を押しのけて、光の手を引いて階段を上がった。兄貴の顔、ぽかんとしてやんの。兄貴は中学も別だったし、高校もスポーツ推薦で私とは別の学校に行ってるから、光とも会ったことがないのだ。
あの顔…まさか光に惚れちゃったかな〜。妹として応援はしてあげたいけど、兄貴に光はもったいないな〜。なーんて。

「あ、荷物その辺に置いちゃって。」
「うん…」
「どーする?漫画でも読む?」
「……。」
「あ!兄貴のこと気にしなくていいからね。無視でいいから無視で!あと弟もいるんだけど、そっちも無視でいいから!」
「え…。」



***



「いただきます。」
「はーいどうぞ。」

礼儀正しく手を合わせる光に、お母さんも嬉しそうにうなずく。
食卓を囲みながら、兄貴と弟がぼーっと光に見惚れるのを、私はお母さんにアイコンタクトで笑った。お母さんも可笑しそうに口元を緩めた。

「いや〜今日は食卓が華やかだなぁ」

空気を読んでいるのかいないのか、お父さんが言うと、兄貴と弟は慌てて平静を装って唐揚げをほおばった。

「お風呂が沸いたら司と光ちゃん先に入っちゃってね。」
「はーい」
「すみません」
「光ちゃんそんな気を使わなくていいのよ。娘が増えたみたいで嬉しいから」
「……。」

光は恥ずかしそうにはにかんで、黙々とサラダを食べた。
その様子をまた、兄貴と弟が盗み見ている。

「光ちゃん美味しい?」
「美味しいです、とっても。」
「まあ〜〜嬉しい。うちのは誰もそんなこと言ってくれないものね〜。」
「…美味いよいつも。」
「どうもありがとう。」

お父さんがとってつけたように言うと、お母さんは目を細めて言った。
兄貴と弟はまだ光に見惚れている。

「も〜〜兄貴も智も光のこと見すぎ!!食べづらいじゃん!!」
「!!?い…いや別に俺…!」
「……。」
「ねぇ光!?迷惑だって言ってやりな!」
「え…。」




***



「光〜お風呂一緒に入ろ!」
「う、うん…」

まだ遠慮がちな光を連れて脱衣所に入り、私は念のため鍵を閉めた。兄貴と智、完全に光に見惚れちゃってるし。

「ごめんね〜兄貴たちうざくって」
「そんなこと…。」

光は苦笑して服を脱ぎ始める。私も服を脱ぎ、一緒にお風呂に入った。体を流し、浴槽に沈んで、ほうっと息をつく。中学の頃、修学旅行ではいつも光と同じグループで、一緒にお風呂に入るのも今回が初めてではなかった。でもやっぱり、何度見ても光って綺麗。

「…何?」

私の視線に気づいて、光は膝を抱えた。

「光可愛いな〜〜と思って」
「何?それ…。」
「え〜〜だって肌だってそんな真っ白でさ〜〜。どこもかしこも細いし〜〜」
「も〜あんまり見ないで。」
「やーん」

おしゃべりをしながら、だんだんと光の緊張と不安が和らいできたのを感じて安堵した。今夜はぐっすり眠ってほしい。
お風呂から出て、私はジャージに、光は持ってきた寝間着に着替えて脱衣所を出ると、部屋に戻る途中で兄貴に出くわした。明らかに挙動不審に光を意識する兄貴。わが兄ながら呆れる。

「ちょっと兄貴。光のこと変な目で見ないでくれる?」
「べ…別に見てないって」
「じゃあなんでこんなとこいんの?」
「…と、トイレ行くんだよ」
「ふ〜〜〜〜〜〜ん?行こ〜、光」
「う、うん…」

光の手を引いて自分の部屋のドアに手を掛けたところで、兄貴の後ろ髪惹かれたような視線に気づき、私はため息交じりに兄貴を睨んだ。

「私の部屋に近づかないでよね!」
「は!?なんだよそれ…」

兄貴が言い終わる前に、私は光と部屋に入ってドアを閉めた。

「…大丈夫?」
「いいのいいの!いつもこうだから」

光は一人っ子だからだろうか、喧嘩を心配するようにドアを見たけど、3人も兄弟がいたら喧嘩なんて日常茶飯事で、こんなのは喧嘩のうちに入らない。一晩寝たら忘れる。というか、10分もすれば忘れる。
部屋にはお母さんがすでに布団を敷いてくれていて、光はそこで寝ることになった。

「っていうか喉渇いたな〜。待ってて、何か持ってくる」

私は光にそう言って部屋を出た。

「あっ!司!」

部屋を出ると、そこには何かを話していた様子の兄貴と弟がいて、私がひとりなのを見ると待っていたとばかりに私を囲んだ。

「何?邪魔なんだけど」
「いいからちょっとこっち!」
「はー?何なの、も〜」

私は兄貴たちに引っ張られて、兄貴の部屋の前まで移動した。

「あの…お前の友達さ…」
「…光のこと?」
「そ、そう。」

そわそわ、兄貴と弟は顔を見合わせる。

「お前仲良いの?」
「まあね。中学から一緒だし」
「はー!?…もっと早く言えよ!」

兄貴が頭を抱え、弟も同意するように頷いた。

「なにが?」
「あんな可愛い子と仲良いならもっと早く言えって言ってんの!!」
「バカ?なんで兄貴たちに紹介しなきゃいけないわけ?」
「…兄弟だろ!」
「だから何?」
「……。」
「っていうか、光って学校でもモテモテだから。兄貴たちじゃムリムリ。」
「そ…そこをなんとか!」
「なんとかってなによ。」
「紹介してくれよ。」

なぁ?と兄貴がいい、うん、と弟が頷いた。

「え〜〜〜…?ぜっ……たい無理だと思うけど」
「溜めんな」
「今光はふたりのイケメンの先輩が奪い合ってるくらいだし〜」
「え!?…青道の?」
「当たり前じゃん。靴箱なんてラブレターでいっぱいだよ。」
「……。」
「っていうか、そういう男の好意に光はメーワクしてんの!今日だってストーカーに狙われてるかもしれなくて、うちに避難してきたんだから。そんな時に兄貴たちを変な風に紹介できるわけないでしょ。」
「え?ストーカー?」
「…まあそのことは気にしないで。」

下着や気持ち悪い手紙のことは、光もあまり知られたくないだろう。
お母さんも、光の目の前でお父さんに伝えるのを遠慮して、あとでこっそりお父さんに伝えたくらいで、兄貴たちには内緒にしてるみたいだし。

「でもだったらなおさら、俺…俺らが守るし…」

言ってて恥ずかしくなったのか、だんだん声を小さくしながら兄貴が言った。

「何言ってんの〜。ほらもうどいて!飲み物取りに行くんだから」
「おい待てよ司!」
「姉貴!」

「ちょっとー。剛か智、どっちかお風呂早く入っちゃって〜。」

兄貴たちはお母さんの声で渋々退散した。
キッチンに行くと、お母さんが洗い物をしていた。お父さんはダイニングテーブルを拭いている。

「あ、司。飲み物?」
「うんー」

お母さんは冷蔵庫からジュースを取り出す私に声を掛け、グラスを二つ戸棚から出してくれた。

「さんきゅー」
「光ちゃんの様子どう?元気?」
「元気だよ」
「そう、それならいいけど…」
「っていうか兄貴たちうざいんだけど!光のこと意識しまくっててさー。バカみたい」
「光ちゃん美人だからねぇ。」
「モデルさんみたいだよなぁ。」

お父さんも言って、お母さんはうんうん頷いた。まあそれはわかるんだけどさ。

「光ちゃん学校でもモテるでしょう。」
「めっちゃモテるよ。」
「あらぁやっぱり」
「今日もラブレター貰ってたし」
「青春だなぁ〜」
「司は?」
「それ聞く?お父さんとお母さんの娘だよ?」
「お母さんも美人だったぞ〜?」
「だった?」
「あ、いや、今も美人だよ」

笑い出す二人に私は苦笑して退散した。仲がいいのはいいけどさー。

「光おまたせ〜。」

私が部屋に戻ると、光は布団の上で膝を抱えて座っていた。

「あ…。うん…」

…やっぱりちょっと元気ないかも?さすがにあんなのが郵便受けに入ってたら、ねえ…。

「大丈夫?」
「ん?うん。平気平気。」

光は微笑んで、ありがとう、とグラスを受け取った。
そーいえば、光って、昔からあまり弱音とか吐かないんだよね…。
無理しないように、私が支えてあげなきゃ。

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