007


「光ちゃんおはよう!」

朝、光と一緒に登校していると、さわやかなイケメンの先輩が声を掛けてきた。見たことある。サッカー部の…女子から人気の先輩だ。確か名前は、速水颯太。

「お…はようございます」

光はちょっとひきつった顔でうなずき、私の腕に掴まった。あ、これは、早く行こう、ってことだ。

「友達?」

速水先輩は私を見てにこやかに言った。

「あ、はい。おはようございます〜…」
「おはよ。同じクラスの子?」
「…はい」

速水先輩は私に挨拶を返すと、光にそう尋ねた。光はちょっと迷惑そうにうつむいたまま頷き、気持ち歩く速度を速めた。
速水先輩はそんな光の様子にはきっと気づいていて、だけど引き留めるように私と光を交互に見た。

「あ、もしかして、光ちゃん友達に言わないでいてくれてるんだ?」
「え?」

何の話かと私が目を丸くすると、光は少し顔を赤くして、困ったように私を見上げた。

「俺昨日光ちゃんに告ったんだよね。」

ははは、と軽く笑いながら速水先輩が言った。

「え!?そうなの光!」
「…いや…。」
「あはは!ありがとね光ちゃん内緒にしてくれて。でも全然言っていいよ、俺フラれても諦めないタイプだから!」
「……。」

ああ…そういうタイプの人か、この人…。
モテるから自信があるんだろう。光への好意を周りにアピールして、牽制しようとするタイプ。

「じゃ 俺朝練あるから…またね!」

速水先輩はさわやかに手を振って、駆け足で去っていった。

「……何」

思わずにやついてしまった私を、光はじとりと少し恥ずかしそうににらんだ。

「昨日呼び出されたのって速水先輩だったの!?」
「知ってる人?」
「有名だよ!1年の女子からモテるよ」
「ふーん…」
「あんなイケメン振るなんてもったいない!」
「……。」
「…あ!もしかして御幸先輩にああ言われたから…!?」
「な…違う!関係ない!」
「顔赤いぞ〜〜」
「もうあの人の話しないで!」
「あ〜〜ゴメンってばぁ光〜〜〜」



***



「光〜そういえばさ…」

昇降口に入って靴を履き替えながら、ふと光が靴箱を開けて手を止めたのがわかった。

「どうしたの?」
「ううん」

光は首を振って、中から紙きれを取り出し、すぐにバッグの中にしまった。あ…またラブレターかな?

「何?」
「べつに〜〜。んふふ」
「……。」

少し恥ずかしそうにしながら靴を履き替える光が可愛くてつい笑ってしまう。
光はよく男の子から告白されるけど、それを言いふらしたりしたことは一度もない。私にさえ、誰から呼び出されたかも言わないし、誰を振ったとももちろん言わない。昔よっぽどしつこい男子がいて、いよいよ参って私に相談してきたことはあったけど…。

「昨日は眠れた?」
「んー…」

だから私もしつこく聞いたりしない。気になるけど、光はいろいろ探られるのは嫌がるし…

「眠れたけど…。……。」
「え、何?」
「ん〜…、後で話す。」
「う、うん。わかった」

じゃあね、と光は体育館に向かっていく。お互い部活の朝練があるためだ。私も別の体育館に向かった。




***




「それで昨日何かあったの?」

お昼休み、光の机で、私は東条君の椅子を借りて、お弁当を食べながら向かい合った。光は家政婦さんが作ってくれているらしい栄養バランスの整った凝ったお弁当で、私は兄貴や弟のリクエストのせいでほとんど茶色い地味なお弁当だ。まあ、別に文句はない。光みたいな女の子らしいお弁当に憧れることもあるけど…私の胃では、女の子らしいお弁当じゃ足りないし…。

「昨日…足音とかは、なかったんだけど…。」
「え、よかったじゃん。」
「うん、でも、なんか…変な封筒が届いて…」
「封筒?」
「今朝家政婦さんが、ポストに入ってたって言ってたんだけど」
「うん、どんな?」
「普通の茶色い封筒だけど…差出人も書いてないし、切手も貼ってないの」
「え、それって…。直接入れたってこと?」
「だと思う。花城様、って書いてあるだけで」
「お父さんあてじゃなくて?」
「お父さんあての郵便物は、うちには届かないはずだから…」
「ふーん…それで中身は?」

光は箸の先で卵焼きをちまちま切りながらつぶやいた。

「まだ見てない…。」
「ええー?」
「な、なんか怖いんだもん…」

か…可愛い。

「じゃあ私行ってあげようか?一緒に開ける?」
「え…。いいの?」

光の顔が明るくなった。も〜…本当可愛いんだから…!!

「もちろん!!今日は?」
「大丈夫。」
「じゃあ今日の放課後光んち寄るよ。開けてみよ!」
「うん。」

ありがとう、と光は微笑んで、小さく切り取った卵焼きを口の中に運んだ。




***



「おじゃましまーす」

久しぶりの光の家。中学の時以来かもしれない。

「これ?」
「うん」

リビング入ってすぐのダイニングテーブルに、それらしい茶封筒があった。想像していたよりも大きな、小箇所サイズの封筒で、不自然に膨らんだそれは、ガムテープで頑丈に封がされている。

「ちょちょちょ、お茶とかいいから!開けてみようよ」

キッチンへ行って冷蔵庫を開けようとした光を呼び戻し、二人で封筒を囲んだ。

「じゃあ…開けてみるね」
「うん」

光は封筒を手に取って、ガムテープのすぐ下を破いた。慎重に封筒を裂いていくと、半分ほど開けたところで、光は中を覗き込んだ。

「…何これ」
「えっ何何?何が入ってんの」

光は封筒の中に手を入れ、何かを抜き取る。するり、と封筒から抜き取られたのは白い布……というか、下着だった。女性ものの、かなりきわどいやつ。私たち普通の女子高生は、見たこともないようなやつ。だから一瞬、ただのレースとリボンの塊かと思ったけど、広げてみるとそれが下着の形をしていることに気が付いた。

「えっ!!なにこれ?え?光の?…じゃないよね?」
「いや…知らない…」

光は気味悪そうに下着をつまみ、テーブルの上に落とした。

「気持ち悪い…」

うん…そうだよね。っていうか、これって…

「やっぱりこれって…ストーカー?」
「……。」

私が言うと、光は深刻な顔で青ざめた。こんなものをポストに入れられるなんて、それだけで異常だ。

「封筒の中、これだけ?ほかに何かある?」
「…えっと…」

光はまた封筒の中を見て、あ、とつぶやき、手を差し込んだ。そして取り出したのは、一枚の紙きれだった。

――プレゼントだよ。今度着てみせてね。絶対に似合うよ。

「…気持ち悪いぃ…」

光は身をすくめて私にくっついてきた。泣きそうな顔の光をなだめ、私は予想以上に深刻だった封筒の中身を眺めた。

「これ…警察行ったほうがいいよ!」
「……。」
「行こう!今から!」
「え…今から?」
「交番どこだっけ?駅のほう行けばあるかな…いや通報したほうが早いか!通報しよう!」
「えっ…!つ、通報?大げさじゃない…?」
「いやいや通報しなきゃダメだって!」
「でも…。」
「わかった、じゃあお父さんに電話して!帰ってきてもらえるならそれで…」
「む、無理だと思う。今アメリカにいるし…」
「ええ!?…じゃあ家政婦さんは!?」
「夜は契約外だから…」
「ええ〜〜!」

どうしよう。でもこんなのが届いてるんだから、光を夜一人にしないほうがいいよね…。

「…ちょっと待って!うちのお母さんに電話する!」
「え…?」

私の判断じゃどうにもできない。大人の指示が必要だと思って、私は携帯電話を取り出した。

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