001


今日は入学式。
すでに野球部で顔を合わせている人と同じクラスでよかったなと言い合っていた時、それまで緊張した雰囲気だった教室の空気が一変し、ざわついた。

「おい!東条…」

話していた男子が俺を小突き、目で後ろを見ろと合図を送ってきた。俺が振り向くと、たった今教室から入ってきたらしい女の子に、一瞬で目を奪われた。
その子は、すごく、きれいだった。
長い亜麻色のふわふわの髪、お人形みたいな小さな顔に、クリっとした青い大きな瞳、つんとした小さな鼻、赤いぷっくりとした唇。そして、華奢で足の長い、見事なスタイルまで。
モデル?芸能人?とみんながひそひそする中、その子がふと俺を見た。その瞬間、俺の中に強烈な懐かしさがこみ上げた。
あれ…この子…、どこかで……。

「…東条?」

戸惑っていると、その子はポツリと俺の名前を口にした。その声は小鳥のさえずりのように透き通っていて涼しげで、そして俺の記憶を一気に呼び起こした。

「あ…は、花城!?」
「うん。久しぶり」
「ひ、久しぶり…」

花城光。小学生の頃…3年生の頃に突然転校していった女の子。そんな幼いころのことなのに、俺がはっきりと思い出せたのは、やっぱり…そのころから花城が人目を惹く美人だったから…だと思う。
俺みたいに密かに花城を目で追っていた男はたくさんいて、花城が引っ越してしまった後、しばらく学校中から活気がなくなってしまった。

「光〜!」

と、そこへ、元気よく別の女子が駆け寄ってきて、花城に抱き着いた。

「うちら同じクラスだよ〜〜!よかった〜〜!!」
「朝から元気だね司…」
「だって光と同じクラスでテンション上がったもん!ねえC組行こ!春乃いるよ!」
「わかった、わかった」

司、と呼ばれたショートカットで長身の快活な女子が、花城を引っ張って教室を出て行ってしまった。俺の前には花城が荷物を置いて行った机が残された。俺の後ろの席…。これから花城と前後の席!?う、うれしい…。

「と…東条!今の女子知り合い!?」

それまで静かだった友達がそう言って、まだ話したことのない男子たちまで周りに集まってきた。

「う、うん。小学校が3年間だけ同じで…」
「仲いいの!?」
「いや、ふ、ふつう」
「名前は!?」
「花城…だよ」
「彼氏いるのか!?」
「し、知らないよ」

質問攻め…!!花城、美人だもんな…昔よりもずっときれいになっていて驚いた。
小学生の頃も注目を集めていたけど、高校生になってみんな恋愛に興味が出てきて、ますますモテるようになったんだろう。
けど…確かに…花城、彼氏とかいるのかな。あれだけ可愛いし、いても不思議はないよな…
あ、なんか凹んできた。

「なあ花城さん戻ってきたら紹介してくれよ!」
「俺も!」
「ちょっと待てよ、俺も!東条!」
「え…、ええ…?」

…っていうか…大変なことになった…!?



***



「東条!」

今日は入学式だけだから、お昼で学校は終わりだ。
信二のクラスによって一緒に寮に戻ろうかと思っていたけど、信二のほうが俺を呼びに来てくれた。

「あ、信二。行く?」
「それより!!」
「それより?」
「お前のクラス!めちゃくちゃ可愛い子いるんだって!?」

え…。そ、それって…。花城のこと?

「あー…」
「何だよその反応!?みんなめっちゃ騒いでるぞ。どの子だよ!?」
「えっと…。」

教室内を見渡す。花城の姿はない。いつの間にか帰ってしまったんだろうか。
そう思いながら廊下を見渡すと……いた。花城は、中学が一緒だったという友達の…鷹野司という女子と一緒に帰る準備をしていた。
あの子だよ、と信二にこっそり伝えようとしたところ、花城が俺の視線に気づき、目を丸くした。まずい、見てたのばれた、と思った俺は顔が熱くなったけど、花城はそんな俺に、笑顔で手を振ってくれた。
俺が手を振り返すと、信二が気付いて振り返り、花城を見て、硬直した。
花城は鷹野さんと連れ立って帰っていき、その後姿を、声を掛けそびれた男子たちがいつまでも見送っていた。

「…い、今の子?」

振り返った信二は顔が真っ赤で、俺はそのことには突っ込まず、そうだよ、と頷いた。

「は〜〜……」

信二は感心するようにつぶやき、しきりに鼻をこすったり頭をかいたりした。動揺してる…。

「すげぇ可愛いじゃん…」

そして信二がそう呟いたとき、言い知れぬ焦燥感のような不安が俺の胸の中に渦巻いた。花城を奪われてしまうのが嫌だというような。花城は俺のものじゃないのに。

「…つーかなんでお前手ぇ振られてんだよ!?仲いいのか!?」
「あ、小学校が3年まで一緒で」
「アァ!?なんだその少女漫画みてぇな幸運!!」
「あはは。何それ?」
「クッソ羨ましいっつってんだよ!!」

だけど信二に羨ましがられたら、少し気が軽くなってしまうのだから…やばい。俺、自惚れてる。




***



「東〜条。」

ひらり、と柔らかい青い影が鼻の先をくすぐった。

「うわ、えっ?」
「あはは。」

ひらひら、俺の肩口をくすぐるそれを目で追うと、それは紐状の…いや、リボンだと気づいた。そしてその先をたどると、きらきら笑いながらリボンを振る花城がいて、器用にくるくるとリボンを回して巻き取った。

「びっくりした?」

花城はきらきらした目で楽しそうに聞いてくる。花城ってこんなことするっけ?
無邪気に笑う花城に対し、俺はドキドキして顔が熱くなってしまう。

「びっくりした!それ何?」
「リボン。」
「いやそれはわかるけど…」
「ふふ。私新体操部入ったの」

新体操部。そうか、だからリボンか。腑に落ちた俺の顔を見て、花城はまた少し笑った。

「東条は野球部だよね?」
「あ…うん。あれ、言ったっけ?」
「みんな知ってるよ。東条って有名なんでしょ?」
「ゆ、有名…?」

俺って噂になってるのかな?シニアの時は、俺の実力じゃなく…先輩たちのおかげなんだけどな。

「女子皆東条のことかっこいいって言ってたよ〜。」
「え…、えー?なんだそれ。」

ふふふ、と花城は読めない表情で笑う。どういう意図だろう…こんな話を振るってことは、花城も俺のこと気になってたり…?

「……。」
「……え?」

花城がじっと俺を見つめてきた。全部見透かされてしまいそうな、透き通った宝石みたいな瞳が俺を見つめて…

「…東条ってさ」
「な…何?」

何を言われるのか、俺はドキドキしっぱなしで、そんな反応も楽しまれているような気がして、きっと弄ばれてるんだと思っても、悪い気はしなかった。

「なんか、可愛くなったよね」
「……は!?」

あはは、と花城はきらきら笑う。完全にからかわれた…。

「じゃあね。」

花城は手を振って、リボンを持って廊下を渡っていった。
……胸が苦しい。花城のせいだ…。

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