002


「聞いたか御幸!?」
「何を?」

慌てた様子で駆け込んできた倉持に、肝心の主語がないことを呆れ交じりに目で訴えると、倉持は本当に急いでいるらしく、いつもみたいに気分も害さずに矢継ぎ早に言った。

「今年の1年!すんっげえ可愛い子がいるらしい!」
「…へえ」

それはちょっと、興味があるような、ないような。

「東条と同じクラスだって!」
「へえ」
「マジで芸能人よりかわいいんだってよ!!」
「ふうん」
「…反応薄いなオイ!」
「だって実際見てみないとなぁ」

つまんねー奴、というように倉持は細い目をさらに細めて俺を睨んだ。

「そーやって興味ないふりしてカッコつけやがってよォ。本当は興味津々の癖に!」
「別に興味ないなんて言ってないじゃん」
「あーもーうぜえ!!テメェなんかに言うんじゃなかった!!」
「キレんなよ。」
「誰のせいだ!!!」



***



「…何してんすか?」
「シッ!!」

部活に向かう途中、体育館の傍の垣根に純さん、亮さん、増子さんが集まって、垣根の影から体育館の方を覗いていた。俺と倉持が近づくと、純さんが静かにするように言い、体育館の方を指さした。

「例の女子がいるんだよ。」
「例の女子?」
「姫だよ、姫。」

今度は亮さんがにやりと笑って言った。しかしそこまで言われても誰のことだか見当もつかない俺と倉持のきょとんとした顔に、二人は呆れたようにため息をついた。

「新入生にすげー可愛い子が来たって噂聞いてねーのかテメーらは!」
「しょうがないよ、噂聞くような友達いないんだから…」
「亮さん!…つーかそれなら俺聞きましたよ!花城って子ですよね?」
「何だよ知ってんじゃねーか」

ほら来いよ、と純さんが俺たちを垣根の傍に呼び寄せた。

「ほらあそこ!髪の長い子。」

体育館の前にはジャージ姿の女子たちが集まり、靴を履き替えている。何部かはわからないが、これからランニングにでも行くらしい。その中に、ひときわ目立つ子がいた。一番髪が輝やいていて、一番色白で、一番華奢で、一番…可愛い。キラキラと笑顔を振りまいているその子は、どこか慎ましげで奥ゆかしく、華やかでありながら儚げでもあった。

「確かに…」
「カワイイ…」
「だろ!?」

ぽつり、ぼーっとその子に見惚れたまま呟く俺と倉持に、純さんはなぜか嬉しそうに言った。

「あの…どうしたんですか?」

と、そこへまた別の奴がやって来た。1年の東条と金丸だ。ふたりは俺と倉持のように純さんに「シッ!!」と黙らせられ、俺らよりも乱暴に肩をつかまえられてこちらに連れてこられた。

「静かにしろ!バレるだろーが!」
「え?何なんですか…」

「きゃっ!!」
「!!!」

ひそひそやっているうちに、女子たちがこちらに近づいてきて気付かれてしまった。最初に俺たちに気が付いた3年の女子は、何やってんの?と純さんを睨んだ。知り合いらしい。

「ちょっと伊佐敷〜。邪魔なんだけど!」
「と…通りかかっただけだっつの!」

純さんが3年の女子から集中砲火を食らっている横で、噂の子…花城ちゃんがじっとこちらを見つめていることに気付いた。え…何?俺を見てる?いやまさか。
そう思っていると、花城はなぜか踵を返し、こちらに歩いてきた。え!?いやいや…マジで!?

「あ……」

「東条?」

……。なんだ、俺じゃなかった…。
花城は俺の前にいた東条の傍にやってきて、にこにこ声を掛けた。

「何してるの?」
「あ、いや、部活に行く途中。」
「あ、そうなんだ。」

…こうして喋ってるとこ見るとますます可愛いな…。つーか東条、仲良いのか?

「花城、新体操部だっけ?」
「うん。これからランニングー。」

花城は冗談ぽく嫌そうに顔を顰めて笑った。…くそ!可愛いな!
気付けば、俺も倉持も金丸も純さんも亮さんも増子さんも、東条と話している花城のころころ変わる表情にアホ面で見惚れていた。

「あはは、そっか。頑張れよ。」
「うん。」
「っていうか、新体操ってジャージなんだな。」
「うん?」
「ほら、なんか…衣装みたいなやつ着るのかと思ってた。」
「ん…ああ!」

ぽん、と手を叩くと、花城は突然、ジャージの前のファスナーを開いた。

「下に着てるよ。」
「え……、あ……」

東条の顔が引きつり、みるみる赤くなっていく。
無理もない…。花城の華奢ながら滑らかな女の子らしい体の曲線が、はっきりとわかる真っ白なユニフォーム。こんなのいきなり見せられたら、男は誰だって動揺する。

「これは練習用だから地味だけど、青道の本番用のユニフォームは可愛いんだよ。」
「そ、そ…そうなんだ…」
「あ!じゃあもう行くね。」
「あ…、う、うん…」

先輩に呼ばれて、花城は東条に手を振り、ジャージのファスナーを閉めながら部活に戻っていった。
純さんが無言で東条の肩をつかまえ、倉持と亮さんもその周りを固めた。

「どういうことか説明してもらおうか〜〜〜?東条〜〜〜!!!」
「え…!?」

真っ赤な顔が一転、真っ青になっていく東条。

「ずいぶん仲が良さそうじゃねーか!!」
「どういうことだ東条!!」
「ふ、ふ、普通ですよ」
「普通〜〜〜!?普通って何だろうなァ亮介!?」
「つまり東条、お前はモテるって言いたいわけ?」
「え!?ち、違います!!」
「何で花城光とあんな仲良いんだ!!コラ!!」
「いや…!えっと…小学校が途中まで一緒で…」
「それで!?」
「そ、それだけですけど…」
「ハア〜〜〜!?」

東条は皆にもみくちゃにされながら寮の方へ連行されていく。

「まぁでも…」
「ユニフォーム見せたのはグッジョブだ東条」
「え…っ」
「おーおー赤くなっちゃって」
「年頃だもんな〜〜〜東条クンは〜〜〜」
「や、やめてくださいよ…」

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