005


朝、珍しく光があくびをしていた。
あくびしてる姿も可愛い……。

「どしたの〜?寝不足?」
「うーん…」

光は眠たそうな顔で、曖昧に頷いた。

「昨日面白いテレビでもあった?」
「ううん、そうじゃなくて…昨日の夜、眠れなくて」
「なんで?」
「なんか…ずっと変な音がして」
「変な音?」

私が首を傾げた時、光の前の席の東条君も興味を示したように振り向いた。

「家の周りを誰かが歩いてるみたいな……」
「え!?ホラー!?」
「いや、そういう音に聞こえるだけで、気のせいだと思うけど…」

私と東条君は思わず目を見合わせた。

「でもそれで眠れなかったくらいなんでしょー?」
「うん…最近ずっと…」
「えー!?音の正体わからないの?」
「窓の外見ても、暗いしよくわからないんだよね…眠いし」
「そんな暢気な〜…親はぁ?」
「お父さん…出張でほとんどいないし」
「あ〜そっか…」

光のお父さんは光が中学の頃から仕事でよく家を留守にしている。お母さんは光が小さい頃に亡くなっていて、昼間は家政婦さんが来て家事や食事の用意をしてくれるのだと聞いた。

「えっ、じゃあ花城一人暮らし…みたいな感じ?なの?」

東条君が心底驚いた顔で言った。その顔には心配そうな様子が混じっていた。

「お父さんが出張中の時は…まぁ…」
「え、大丈夫なのか?」
「昼間は家政婦の人が来てくれてるから」
「え…、えー…、でも…夜は一人ってこと…だろ?」
「そうだけど?」
「危なくない?…なぁ?」

東条君は心配そうに言った後、急に恥ずかしそうに私に同意を求めてきた。私は目を丸くしつつ、うん、と同意した。

「ちゃんと戸締りしてるし、お父さんも月に何回かは帰って来るし、大丈夫だよ」
「いや…、ううん…でもなぁ…」
「心配性だな〜、東条」
「いやいやいや、私も東条君が正しいと思うよ!」
「え〜?」

光ってマイペースなんだよなぁ。

「どーするの?ストーカーとかかもしれないじゃん!」
「ストーカー?」

まさか、というように光は笑った。

「笑い事じゃないって!マジありえるよストーカー!光可愛いんだから!ねっ東条君!!」
「うん、ん、うん…まぁ…えっと…」
「ほら!東条君も可愛いって!」
「鷹野ちょっ…な…っ、そ、そこ!?」
「…でもストーカーなんて…そんなことあるわけないって」
「何言ってんの!光中学の時も知らないおっさんに待ち伏せとかされてたじゃん!!」
「え!?」

光は渋い顔をし、東条君は驚いて私を見上げた。
そうなのだ。光はこの美貌のせいで、中学の時からナンパや付き纏いの被害にしょっちゅう遭っていた。

「心配だよ光〜〜〜!!!」
「大袈裟だな〜…も〜…」
「いや、でも、本当に気をつけろよ?」

心配そうに言う東条君を見て、私はふと思いついた。

「そーだ!不審者対策でさ、私聞いたことあるんだけど」
「何?」
「一人暮らしの女ってやっぱり狙われやすいから、見えるとこに男物の服とか置いとくと良いらしいの!」
「へ〜、なるほど」

光は目を瞬き、東条君が感心したように相槌を打った。

「それで一番効果的なのがね」
「うん」
「洗濯物に、男物のパンツを一緒に干しとくのが良いんだって!」
「…ふーん」
「だからほら、東条君のパンツ貸してもらえば!」
「はっ!?」
「…何言ってるの?」

東条君は顔を赤くして驚き、光は呆れたように目を細めた。

「ていうかそれならお父さんの干すし」
「あ、そっか」
「鷹野…。」



***



「おっ、姫」
「……。」

自動販売機前で御幸先輩と倉持先輩に出くわした。御幸先輩は光を見つけると、意気揚々と声を掛けてきて、光は鬱陶しそうに先輩を睨んだ。

「それやめてって言いましたよね。」
「ごめリンコ♡じゃ〜…花ちゃん!」

はあ、と光の盛大なため息が響く。

「え?ダメ?じゃあひ・か・り…」
「いい加減にしろテメーは!!」

なおもふざける御幸先輩の背中に、倉持先輩が蹴りを叩きこんだ。
前も思ったけど、御幸先輩って光に気があるのかな。まあ、そういう人は珍しくないけど…光がこんな風に言い返すのは珍しい気がする。いつもは、自分に気がありそうな男の子のことはさりげなく避けるのに。

「やっぱり仲良いじゃん。」
「どこが!」
「はっはっは。そう見える〜?」
「見えません!」

私の言葉に光は強く言い返し、まんざらでもなさそうに笑った御幸先輩をキッと睨んだ。

「まあまあ。仲良くしようぜぇ〜姫♡」
「だから、姫って呼ぶのやめて。」
「まーそうキレんなって…」
「テメーのせいだろが」

ズビシ、と御幸先輩をチョップし、チラチラと光を見る倉持先輩。あー、倉持先輩は確実に光に気があるな。
光はまったく気にした様子はなく、さっさと自動販売機の前へ行ってアイスティーを買った。

「まったくつれねぇな〜〜花ちゃんは」

御幸先輩は楽しそうに言って、光はチラッと御幸先輩を睨んだ。私はミックスジュースを買い、続いて御幸先輩が麦茶を、倉持先輩がファンタグレープを買った。そして光が、小さくあくびを噛み殺した。

「眠そうだね〜」
「…うん」
「今日は何もないといいね」
「うーん…」

「何?何の話?」

私たちの会話を聞いて、御幸先輩が興味を示して尋ね、倉持先輩も気になる様子で光を見た。

「それが聞いてくださいよ〜!」
「何だ何だ急に…」
「光が危ないんですよ!御幸先輩パンツ貸してあげてください!」
「は?いや意味が分からねー」
「司変なこと言わないで」
「ごめんごめん〜。実はですね、光がストーカーされてるかもしれなくて」
「ストーカー!?」
「いやでも…そう決まったわけじゃないですから」
「どういうこと?」

御幸先輩たちが案外真剣に話を聞いてくれそうだったので、私は光が最近夜に聞こえる何者かの足音に悩んでいることと、防犯のため男物の洗濯物を干すと良いという情報を聞いたことを説明した。

「ああなるほど。…つーかストーカーねぇ…」
「ないですよそんなの。」

ありえない、と言うように言い切った光を、御幸先輩と倉持先輩はもの言いたげに見つめた。

「何ですか?」
「いや…なくはないんじゃねぇ?なぁ倉持」
「あぁ…つか可能性的には…あるっつーか…」
「うん…」
「…?どうして?心当たりとか全くないですけど」
「いや心当たりは…」
「……。」
「何ですか?はっきり言ってください」
「いや、お前美人じゃん」
「…はぁ?ふざけないでください」

光はちょっと顔を赤くしながらも、素っ気なくそっぽを向いた。

「いやすげえ美人だから。ストーカーあり得ると思う」

しかし御幸先輩が倉持先輩もびっくりして目を点にするほどはっきりとそう言いきって、光は不意をつかれたように驚いた顔で顔をはっきりと赤くした。

「な、なに言って…」
「あれ、花ちゃん照れてる?顔真っ赤…」
「うるさい馬鹿!照れてないし!眼鏡!」
「眼鏡で悪いかよ」

うるさい、と光は顔を背けた。光がこんな風に照れてるの、初めて見た。

「も〜嫌!御幸先輩嫌!司行こ!」
「なんだよ心配してんのにさ〜」



***



「花城さん!!」

教室に戻るとなぜか、クラスの女子たちに光が一斉に囲まれた。クラスの女子…と思ったけど、ちらほら他のクラスの女子もいる。

「え…何?」
「花城さんって御幸先輩と付き合ってるの!?」
「…は!?」

光は一気に顔を赤くして、慌てて首を振った。

「ない!絶対ない!なにそれ?」
「え?だって…ねぇ?」
「うん…仲良いから…」
「仲良くなんてないよ!」
「でもいつも、御幸先輩が姫〜って呼んでるじゃん!」
「もしかして御幸先輩に告られたとか…!?」
「な、ないよ!あり得ない!私あの人…き、嫌いだし!」

勢い余って言ってしまったんだろうけど、光はちょっとバツが悪そうに唇を舐めた。
だけどそこまで聞いて、女子たちはやっと、そっかぁ、と納得して解散していった。

「よかったの〜?嫌いなんて言って〜…」
「だ…だってほんとだもん」
「ええ〜〜〜?」
「ほんとだもん!」

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