004


「よーし休憩〜!」

ああ〜〜、と1年共が一斉に地面に倒れこんだ。ランニング中にお喋りをしている奴がいて、連帯責任で1年だけ追加で走らされたのだ。

「早く片付けろよ〜!」
「夕飯遅れんなよ!」

3年からの容赦ない言葉に、まばらな疲れ切った返事が返ってくる。今は息を整えるので精いっぱいだろう。

「あ〜…死ぬ…」
「……。」

屍のように転がる1年を眺めながら俺は自分の荷物を持って立ち上がった。
1年たちもようやく何人か立ち上がり、片づけをしにグラウンドへ向かい始めた。
その時。
とことことこ、と駆け寄ってくる、かわいらしい軽い足音が近づいてきた。

「東条!」
「わっ!え?は、花城?」

フラフラの東条に駆け寄って小突いたのは、無邪気な笑顔の花城だった。羽織ったジャージの下に真っ白なレオタードがのぞく、なんともセクシーな姿。東条がわかりやすく挙動不審になった。

「大丈夫?フラフラじゃん」
「あ…あはは、さっきまで走ってたから…」
「ふーん」

花城は相槌を打ちながら、グラウンドに向かう東条に並んで歩き始めた。周りの野球部員たちはその様子を羨ましげに…いや、恨めしげに眺めている。

「花城はなんでここに?」
「私も走ってきたの。これから帰るとこ。」
「あ…そうなんだ。お疲れ」
「あ!東条ここ怪我してるよ」
「だ、大丈夫だって!」
「でも…」
「い、今泥だらけだし。花城汚れちゃうだろ」
「そんなのいいってば。」
「だ、だめだって…」

「……。」
「……。」
「んだアイツ…」
「いちゃつきやがって…」
「アイツ今日は丼4杯だな」

あーあ…先輩たちの怒り…いや僻みを買ってしまった。
東条は周りの視線には気づいているようで、居心地悪そうに肩をすくめた。

「それより花城さ…」
「何?」
「…じゃ、ジャージちゃんと着ろよ。」
「え?何か変?」
「いや、だから…前ちゃんと閉めて…」
「走ってきたから暑いんだもん」
「……。」

困り果てた東条の丸まった背中が可笑しい。
俺はつい少し笑いながら、足を速めて二人に追いついた。

「お姫様、ごきげんよう〜」
「……。」

東条のびっくりした目と、花城のうっとうしそうな眼が俺を見上げた。俺は花城を見て、驚いたように目を丸くしてみせた。

「おっ!セクシ〜(笑)」
「……。」

花城は眉を寄せて俺を睨み、ジャージのファスナーを閉めた。

「……変態」
「はっはっは!お姫様ごめリンコ♡」
「その呼び方やめてください。」
「え…知り合い?」
「知らない。」
「はっはっは、知らないはねーだろ知らないは」
「今東条と話してるんですけど。」
「え?お前ら付き合ってんの?」
「なんでそうなるんですか?バカじゃないの。」
「はっはっはっは!バカ…先輩に向かってバカって…お前見かけによらず辛辣な!」
「東条、この人うざい。」
「え…えーと…」
「はっはっは!東条困ってんぞ〜(笑)」

花城は、フン、とそっぽを向き、足を速めて一人前へ行った。

「じゃあね東条。」
「あ…うん!」
「花城、俺は?」

フン、とまたそっぽを向く花城。

「おーい!俺は〜!?花城〜!姫〜!」
「うるさい!」
「はっはっは!返事した返事した」
「クソ眼鏡!!花城さんに迷惑かけてんじゃねえ!!」

いつから見ていたのか、俺の後頭部に倉持のチョップが落ちた。




***



「やっぱ花城さんだよな〜」

寮での夜の自由時間。学校で一番かわいい女子は誰か、という話題が出るとすぐに、それが結論だというように誰かが言い、みんな同意するように笑いながら相槌を打った。

「花城さんはガチでかわいいよな」
「嫌いな男はいねーだろ」
「わかる!!」

突然ひときわデカい声が響き渡ったかと思えば、その中に純さんがいたのだった。

「しかも新体操部だぜ新体操部!!」
「え…?あ、あぁ…」
「まあいいよな、新体操部、ユニフォームがエロくて」
「体柔らかいってのもエロいよな〜」
「バカかテメーら!!ソコじゃねーだろ!!」
「え?」
「高校球児と新体操女子と言えば!!タッチだろーが!!」

「……。」
「……。」
「……。」

「オイなんで黙ってんだよ!!タッチだぞ!?伝説級の神漫画だろーが!!」
「お、おう…」

純さんって少女漫画好きなんだよな…2年や3年の中では周知の事実だけど、初めて知ったらしい1年がギャップにビビってポカンとしちまってる。可笑しい。

「純ちゃん光ちゃんのこと好きなの?」
「誰が純ちゃんだコラ亮介!!!」
「タッチのネタに乗ってやったんじゃん」

亮さんは悪びれない顔で笑って、部屋の中を見渡した。

「うーん、でもタッちゃんがいないなぁ…」
「タツヤ…って名前いたっけ?うちの部」
「いなくね?」
「うーーん…、…あ」

ぱっちり、亮さんと目が合って、俺はぎくりとした。
その俺を面白がるように亮さんは笑って、俺を指さした。

「かっちゃんだ。」
「……。」

確かに俺の名前はカズヤだ。あーあ、しばらく弄られそうで面倒くさい。

「マジじゃん!かっちゃんwww」
「かっちゃ〜ん!ミナミを甲子園に連れてって〜!」
「それはたっちゃんの方じゃなかった?」
「そーだっけ?」

めんどくせえ〜〜〜…

「たっちゃんはいないわけ?御幸と光ちゃん奪い合ってもらおう」
「ヒャハハハw亮さん、花城さんにも選ぶ権利はありますよww御幸は花城さんに嫌われてるんですから」
「別に嫌われて…るわけじゃないし……たぶん」
「声ちっさ!!」
「オイ、『た』から始まる名前の奴いないわけ?」
「そういや…」
「いなくね?」

きょろきょろ、皆で部屋の中を見渡す中、一人だけそわそわと周りの目を気にするように座っている男がいた。麻生だ。
麻生…尊。その名前を思い出した時、麻生の満更でもない落ち着かない顔に、なんだかイラっとした。

「……。」
「……。」

亮さん達も麻生の存在を思い出したらしく、しばらく麻生を見つめた。しかし誰も、麻生を「たっちゃん」とは呼ばず、亮さんの短いため息が場を仕切りなおした。

「もうてっちゃんでいいか。」
「む?」
「亮さん!俺尊っす!「た」から始まる…!」
「麻生…」

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