001

春。
まだ少し肌寒い風。あどけない顔の新入生たち。浮足立った学校内の空気。
俺はなんだか落ち着かない気持ちで、職員室に向かっていた。大した用事ではないけど、なんとなく何かしたくて。
早く放課後になって、練習に行きたい。ネクタイは少し息苦しい。

職員室へ向かう廊下は人気が無くて薄暗く、歩いているのは俺だけだった。
きゅ、きゅ、きゅ、と上靴がリノリウムの床と擦れる音が響く。ふわ、と柔らかな風が横から入ってきて、その心地よさに横を見ると、開いている窓の外が見えた。中庭の桜の木は満開で、その花びらが風に乗って廊下の中にまで入って来ていた。
――ひらり、と目の前にまた一枚。
俺は無意識に手を伸ばし、ぎゅっ、とその花びらを目の前でつかみ取った。
その向こうに、誰かが歩いて来るのが見えて、にわかに恥ずかしくなって握りこぶしをそのままポケットに突っ込み、その人を見た。

……可愛い。

ぱっちりとした、澄んだ青空のような瞳が俺を見ていた。
肌は雪のように白く、頬はバラ色で、唇は熟れた果実みたいに赤くて甘そうで。ふわふわの長い亜麻色の髪は彼女の華奢な体を包む絹糸のように繊細に輝いて、どこまでも綺麗なその子は、1年の証であるつま先が赤い上靴を履いていた。
俺はその子に目を奪われたけど、見ず知らずの新入生の女子に声をかけることなんてできず、その子はそのまますれ違い、歩いて行ってしまった。

…恥ずかしいとこ見られたな、俺…。




***



「東条!お前のクラスのあの子さ…」
「え?あぁ…」
「何何?誰?」
「ホラあの…」
「あ〜!可愛いよな」

夜、1年達が自主練の合間に盛り上がっているのを階下に眺めながら、寮の2階の通路でスポーツドリンクを飲む。1年達、もうすっかり打ち解けたみたいだな…毎年ホームシックになるやつもいるけど、今のところ大丈夫そうだし。
それに…あの輪の中心にいる東条は松方シニアの元エース。気になっていた選手だ。自主練にも熱心だし、これからが楽しみだな。

「東条仲良いの?」
「いやいや!話したことないし」
「でも席近いんだろ?」
「一応…前後だけど」
「うわ〜いいなぁ〜!!」
「いやでも話せないって。すごい目立つしさ…」
「いや東条ならいけるっしょ」
「松方シニアの元エースだし!」
「イケメンだしな〜」
「いやいや…はは」

楽しそうなこって。寮生活にやっと慣れてきた頃にはすぐ夏が近づき、地獄の合宿が始まる。ここでの生活はあっという間なんだぜ…せいぜい今のうちに楽しんでおくんだな。なーんて…

「なにニヤけてんだテメェ」
「はっはっは」

通りがかった倉持が気味悪そうに俺を睨んで、意味もなく小突いて行った。

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