「愛しの彼女を見つめてんの?」
「!!!」

甲板でぼーっと突っ立っていたタルの視線の先に、この国では珍しく輝くように白い肌の少女を見つけ、ジュエルは面白いものを見つけた子猫のように近寄って囁いた。予想通りタルは飛び上がるほど驚いて、みるみる顔を真っ赤にした。

「べ、べべ、べつにそんなんじゃ…!!」
「今更バレバレなんだから無理しなくていいよ。卒業したらアンと一緒の班になれるといいねー。」
「……。」

タルは否定もできずに苦笑してその少女を見た。おそらくこの国の出身ではない彼女は、身寄りが無く自分の出身もわからず、とある紋章師に育てられたと聞いたことがある。そんな数奇な生い立ちだけでなく、その少女のはかなげな美しさもまた、人の興味を誘っていた。

「アンーー!」

するとジュエルが手を振って彼女を呼んだものだから、タルはぎょっとした。

「何?」

少女は休憩中だったらしく、友達との歓談の輪から離れてこちらに駆け寄ってきた。

「もう誰と同じ班になるか決めた?やっぱりポーラ?」

ジュエルの質問にアンは目を丸くする。アンとポーラは仲が良く、騎士団内でもよく一緒にいるからだ。逆にそれ以外では、アンもポーラもあまり人と群れない。今しがたアンが友達の輪の中にいたのも、何となく同じ休憩時間の人が集まってできた輪のようだった。

「そうだね、ポーラと一緒になれたらうれしいけど…」

アンは控えめにそう笑って、髪を耳に掛けた。

「でもお仕事だもん。友達と一緒が良いなんて、我儘言ってられないよ。」

アンが大真面目にそう言うと、ジュエルがからかうようにタルの方を見てニヤニヤ笑った。

「でもさー、ポーラと息もぴったりなんだし、相性いいんだから、結局仲が良い人同士の方が理にかなってると思わない?」
「ん…?うーん…まぁ、そういうのもアリかもね。」
「なんなら恋人同士とかさー!好きな人が同じ班だったら、絶対頑張れると思わない!?」
「!!?」

ジュエル、なんてきわどいことを言うんだ…!タルは自分の名前も出ていないのに図星を突かれた気分になって顔が熱くなり、背中に冷や汗をかいた。ニコニコ笑っているアンの顔が呆れているような気がする。きっと気のせいだけど。

「ジュエル、好きな人がいるの?」

しかしこの的外れなアンの言葉を聞き、タルはちょっと残念なような安堵したような奇妙な気分になった。

「う〜んあたしっていうかぁ…」

ニヤニヤ、ジュエルがタルを見たところで、こちらに近づいてくる足音があった。タルは助けを求める気分で振り返った。

「やあ。休憩中か?」

そこにやって来たのはスノウとカイ。ジュエルがそうだよと頷くと、自然とスノウを中心にして輪を作った。

「何の話?」

ジュエルが盛り上がっているのを見つけてやってきたのだろう、スノウはジュエルたち3人を見渡して尋ねた。

「もうすぐ卒業じゃん?皆班決めどうするのかなーって。」
「ああ。」

ジュエルの言葉を聞き、スノウは納得したように相槌を打った。卒業後は皆、4人の班を作り、これからは見回りにしろお使いにしろ哨戒にしろ戦闘にしろ、その班のメンバーで行動することになる。これから何年も一緒に仕事をする仲間を決めるわけだから、騎士見習いにとっては結構重大な問題である。

「アンは誰と組むんだい?」
「え?私?」

ジュエルに引き続きスノウにまで尋ねられたアンは、驚いたように苦笑した。都の隣ではジュエルに物言いたげな目でタルがからかわれていた。

「まだ誰とも決まってないよ…。皆もそうでしょう?」

アンは皆がもう班を決めはじめていると思ったのか、ちょっと慌てながらそう言って、あっ、とカイを見た。

「でも、カイとスノウは一緒だよね?」
「そうだな。僕たちは昔から一緒に手合せしたりして、慣れてるし。なぁ、カイ?」
「そうだね。」

スノウに声をかけられ、頷くカイ。

「じゃあ、スノウの班はあとふたりだから、すぐ決まっちゃうね。」
「はは、そうかもな。…よかったらアン、入るかい?」
「え?」
「…ぽ、ポーラも一緒に。ちょうど二人だろ?」

あーあ、と今にも言いたげな顔でタルをちらちら見るジュエルを、タルは睨み返した。

「ありがたいけど…他にも何人かに誘われてて、まだ決められないの。」
「そ…そっか…。」

じゃあもしよかったら頼むよ、とスノウが爽やかに言い、アンも頷いた。
一応断ったことに安心したタルだったが、「他にも何人かに誘われてる」というアンの言葉を聞いて、再び苦い気持ちになった。

「他は誰に誘われてるの?」

こういうときにはっきり突っ込んでいくジュエルの不躾さが今はありがたい、とタルは思った。

「え?えっと…エミリーと…ケネス」
「ケネス!?」

意外な名前にジュエルが目を丸くした。

「呼んだか?」
「うわああ!?」

そしてちょうど通りかかったらしいケネスが後ろから現れたので、ジュエルは悲鳴を上げた。

「なんだよ、失礼な奴だな…」
「だって突然後ろから現れるんだもん!」
「俺を呼んでただろ?」
「呼っ…んだけど!!」
「じゃあなんでそんなに驚くんだ?」

ジュエルは慌ててなんでもないと言って、さりげなく間に割り込んできてアンの隣に並ぶケネスを見て胸の中であららと笑った。

「それで、何の話だ?」

ケネスが腰に手を当てて皆を見渡すと、スノウが口を開いた。

「卒業したら、皆、誰と班を組むかって話だよ。」
「ああ…。俺はまだ決まってないな。」

ケネスが言うと、そうだよね、とスノウも頷いた。

「そういえば、アンはもう決まったのか?」
「え…。」

ケネスに尋ねられ、さすがにアンも顔を赤くして苦笑した。

「…まだだよ。」
「そうか、なら…」
「一度、試してみた方が良いと思うよ。卒業後、班決めのときにさ…一度試して、相性の良し悪しを確かめた方が良いよ。」

ケネスの言葉を遮るようにスノウが言い、ね?とアンを見た。アンは曖昧に笑って、そうだねと頷いた。

「あ…じゃあ私、そろそろ休憩終わるから…。」

アンはそう言って、ちょっと手を上げて船室に戻って行った。

「いや〜面白いなぁ…」
「何がだ…?」

ジュエルが呟くとケネスが疑問符を浮かべたが、スノウとタルはきまずそうに薄く笑みを浮かべていて、カイは頭上を飛来していったカモメを見上げた。


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