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「ごめんおまたせ!」
いつものカフェで花城と待ち合わせ。全然平気だよ、と笑って、花城の好きなシナモンロールを差し出す。
注文してから表面を焦がしてソースをかけるから少し時間がかかるため、俺は先にカフェについたときはよく注文しておく。
「わ〜ありがとう!」
それだけで花城のこの笑顔が見れるんだから。
「ほんと好きだな〜それ」
「大好き。」
何気なく言っただけだと知っているのに、俺に向けられた言葉じゃないと知っているのに、ドキドキする。
「で…どう?倉持先輩とは」
「んー…たまに会ってるよ」
ずきん、と胸が痛むのは気のせいだろうか。
「付き合うの?」
「わかんないけど…」
カラカラ、花城のアイスティーの氷がぶつかる。
「それもいいかも…」
「…え。」
「倉持先輩、優しいし、情熱的だし」
「じょ…情熱的?」
「すごい積極的なの。でも、ちゃんと誠実で…正直ちょっとドキドキする。」
「へえぇ…」
花城が倉持先輩にときめく…なんて…。美女と野獣…?
…なんて負け惜しみを考えてみたけど、悔しさは誤魔化せない。俺が友達のポジションに甘んじている間に、倉持先輩に奪われてしまいそうだ。
「…花城はさ」
「ん?」
「その…御幸先輩…のことは、もう…何とも思ってないの?」
気を変えさせたいがために御幸先輩を利用するなんてずるい。そう思いながらも、俺じゃダメなのか、なんて聞けるわけもなく、友達の顔をして尋ねた。
花城は苦々しく笑って、ストローをかきまぜた。
「何とも思ってないわけないよ…」
「え、」
「付き合ってた人だよ?何とも思わなくなることなんてある?」
「…あぁ、確かに…あはは」
…本当に、それだけ?
もし御幸先輩が花城と連絡を取りたがってると言ったら、花城はどうするんだろう。
「…もし御幸先輩が、まだ好きだって言ったら…付き合う?」
「…えぇ?何それ?ありえないよ。」
やめて、と花城は笑ったけど、その笑顔には痛々しささえあった。
「いいから。もしもだよ。」
付き合いたいって言ったら…御幸先輩の思いを伝えないといけないな…。
俺の気持ちを優先するわけにはいかない…。
「…絶対あり得ないけど…」
花城はそう前置きしたうえで、ストローでグラスの底をつつきながら言った。
「もし…本当にもしも、そう言われたとしても…」
「……。」
「…無理だよ。合わせる顔がない」
「え?」
「もうこの話やめよう?」
ね?と痛々しい笑顔で言う花城に、俺はそれ以上、御幸先輩の名前を口にすることができなかった。
***
『……もしもし。』
久しぶりでも緊張していると分かる懐かしい声が響く。
「あ…もしもし。」
『……。』
「あの…東条です。」
『……あぁ…うん』
…めちゃくちゃわかりやすくがっかりしてる…!!
電話の相手は御幸先輩。もしかして、花城からの電話を待ってたんだろうか…。
「すいません、あの、沢村から番号聞いて」
『別にいいよ。で…どうしたの』
「あ、あの。花城の件なんですけど…」
『…うん』
御幸先輩…思ってたより本気で…花城のことを待って…?
「…すいません。聞けませんでした」
『…どういうこと?』
「花城、昔のことあんま話したがらなくて。…御幸先輩のことも」
『……。』
「それで…それとなく御幸先輩のことをどう思ってるか、聞いてみたんですけど…」
『……うん』
「その…合わせる顔がないって」
『……。』
御幸先輩はしばらく沈黙していた。
この二人の間に何があったのか…俺は知らない。
『…そっか。』
御幸先輩は低い声でそう呟いて、沈黙を終わらせた。
『わかった。悪いな、沢村が変なこと頼んで』
「い、いえ。それじゃ…失礼します!あ、試合頑張ってください。」
『おー、お前もな。じゃ。』
***
「いらっしゃーい!」
「おじゃましまーす。」
今日は鷹野に誘われて鍋パーティーに参加する。パーティーと言っても、鷹野の部屋で、花城と俺と…3人だけらしい。鷹野は俺と同じ大学、同じ学部にスポーツ推薦で入り、大学でもよく会う。そして鷹野も俺も、花城とも仲が良い。というわけで、このメンバーが揃ったのだった。
「お肉持ってきたー?東条君!」
「もちろん!」
「しょうゆベースと豆乳どっちにする?」
「両方作ろう!これ仕切りあるやつだから」
「本格的だなー」
花城が切った野菜を持ってきてくれて、鷹野と一緒に鍋に詰めていく。最初に肉、そして根菜、最後にキノコ類と白菜を詰め、仕切った右側にしょうゆベースのスープを、左側に豆乳鍋のスープを入れて蓋をして、火をつけた。
「楽しみ〜ウフフフ」
「でも3人でこんなに食べられる?」
「何言ってんの!私と東条君は3人前くらい余裕だから!ね!東条君!」
「そ…そうだなぁ…」
まあ…高校の時から寮ではあの食事量だったし、今もどんぶり3杯は続けているから、普通の人より食べる自覚はある。鷹野も細いけどスポーツをしているから、こう見えてたくさん食べるのかもしれない。
花城は…モデルもしてるし、見ての通り細いし、あまり食べないのかな?
「あ、始まった」
鷹野の部屋のテレビを見て花城が呟いた。何かの番組が始まるのを待っていたらしい。
「何の番組?」
「なんかね、倉持先輩が出るんだってー。」
「…へぇ?」
「見てねって言われたの。」
花城がそう言い、テレビのボリュームを少し上げた。
『今を時めくフレッシュアスリートを紹介!第3回目の本日は、イケメン若手プロ野球選手をお呼びしました〜!』
「へ〜倉持先輩ってイケメンって言われてるの?」
「…鷹野、どういう意味?」
あはは、深い意味はないってぇ、と笑って手を振る鷹野に、花城は真顔で言った。
「倉持先輩、かっこいいじゃん。」
「……へっ!?何何!?光もしかして倉持先輩のこと…!」
「そういうんじゃない。別にほんとのことだもん。」
照れたのか、ふんとそっぽを向いてテレビを見続ける花城。俺と鷹野は思わず顔を見合わせた。
…花城、結構倉持先輩の好意、まんざらじゃない…!?
『それではご登場いただきましょう!倉持洋一選手、成宮鳴選手、御幸一也選手でーす!』
司会者が壇上を指し、名前を呼ぶとともに、3人の野球ユニフォームを着た男の人が歩いてきて、それぞれ椅子に座った。…御幸先輩も出るの!?
鷹野も驚いた様子で、俺を見て、花城を見て、また俺を見た。俺はそのアイコンタクトに頷いた。鍋が沸騰し始める音が部屋に響き始めた。
「……。」
花城はテレビから視線を外し、鍋の蓋に手をかけようとして、思いとどまるようにやめた。確かにまだ蓋を開けるには早い。
テレビは3人の生い立ちや高校での活躍、プロ野球選手になってからの面白エピソードなどを紹介した。
「…そろそろいいかな。」
花城が鍋の蓋を開け、美味しそうに煮立つ鍋が現れた。
「わ…わ〜〜〜おいしそ〜〜〜!食べよ食べよ!」
「そ…そうだな!はい花城、お皿。先に取りなよ」
「ありがとう。」
3人で鍋をよそい、つつきながらテレビを見る。
「おいし〜〜やっぱ光って料理上手〜〜」
「…お鍋に上手も何もなくない?」
「そんなことないってぇ!」
「うん、美味いよ!沢村とか男だけで作った時のより美味い!野菜も肉も柔らかいし」
「…そう?」
『ところで皆さん、イケメンで女性ファンも多いのでとっても気になるところですが、現在恋人はいらっしゃるんですか?』
ぴくり、と花城が反応したのが分かった。
…倉持先輩と御幸先輩と…どっちを気にしてるんだろう。
『恋人はいません。』
いち早くそう答えたのは御幸先輩だった。心なしか、花城の表情が和らいだように見えた。
『俺もいな〜い』
続いて成宮さんが答える。最後に残ったのは倉持先輩だ。
『…恋人ではないけど、片想い中です。』
「……。」
ええ〜!?とどよめく番組。花城の顔が赤くなった。
『高校の時からずっと同じ子に片想いしてます。』
『え〜!それは一途ですね〜!でも交際には至ってないんですか?』
『フラれ続けてます。ヒャハハ』
『え〜!?倉持選手、男らしくて女性人気も高いですが』
『いやいや』
「へ〜倉持先輩ってモテるんだぁ」
「鷹野…。」
『ちょっと待ったぁ!』
はいはいはい!と手を上げて割り込んだのは成宮さんだった。
『その倉持の片思い相手、俺の片思い相手でもあるんで!』
『…えっ!?』
『めちゃくちゃ可愛くてモテる子なんで!ま、俺が絶対振り向かせて見せますけど。』
「え〜ヤバッ!光モテモテじゃん!どっちにすんの?ねぇ〜」
「……私なんて言ってないじゃん、ふたりとも」
「いや絶対光でしょ!」
『倉持選手と成宮選手をここまで虜にする美女!どんな女性なのかとっても気になりますよね〜!』
花城は関係ないふうの顔で鍋のおかわりを器によそった。
『御幸選手、どうですか?今のお二人のお話を聞いて。』
『え…』
「……。」
カチャン、と菜箸を置く花城。だけどテレビの方は見ない。
『そうですね…』
「……。」
『俺はその…相手がだれか、知ってるんで…』
「……。」
『…応援はできないっすね。』
花城が俯いた。慌てて手を伸ばして声をかけようとした俺を鷹野が止め、「気づかないフリをしよう」というように頷いた。
『ええ〜?なぜですか?』
司会者のおどけた調子の質問に、御幸先輩は少し苦笑した。
『…俺もずっと好きな子なんで』
「……。」
花城がやっと、テレビの画面を見上げた。俺と鷹野から見たら花城の後ろ頭しか見えないけど、ずっと動かない花城がどんな表情をしているのか気になって、俺はテレビよりも花城の後ろ姿にくぎ付けになった。
『ええ〜!!本日お呼びしたイケメン選手3人が全員片想い中!!いったいどんな絶世の美女なんでしょうか!!』
『俺の人生で一番カワイイ子です!!』
『成宮うるせぇよ』
『実はこの女性、現在モデルや女優として大人気の、あの美少女…Hさんだったんです!』
「きゃーっ!やっぱり光じゃん!」
鷹野が手を叩いて喜んだ。だけど花城は静かに呟いた。
「…違うよ…多分…」
「いや絶対光だって!光くらい可愛い子なんていないし!それにこの3人の高校からの知り合いでモデルと女優してるなんて光しかいないじゃん!」
「……。」
「それに倉持先輩なんて光に猛アタック中だしさ〜絶対光だよ〜!どうすんの光〜!」
鷹野のはしゃぎっぷりに花城は閉口して困ったように俺を見た。俺は苦笑を返すことしかできなかった。
だってこんな…急展開。
『では皆さん、カメラに向かって愛の告白をしちゃいましょう!』
『マジですか?』
『Hさんが見てるかもしれませんよ!』
『…自分実はこの前本人に会う機会があって。見てくださいって言ったので、見てくれてると思います』
倉持先輩がちょっと手を上げ、はにかんだ。
『ハァ!?何お前抜け駆けしてんだよ!』
『ヒャハハ。じゃあ俺から』
ごほん、と咳ばらいをし、倉持先輩はカメラの正面に顔を向けた。
『…好きです!一生大切にします!俺と付き合ってください!』
「…ひゃ〜〜〜なんかこっちが照れる〜〜」
「ははは…」
「……。」
たしかに…。倉持先輩のこんな姿、初めて見るし…。
でも…花城の前ではこういう感じなのかな…。
『では次は成宮選手、どうぞ!』
『そうですね〜。洋一はまぁなんか、月並みって言うか?一生大切にするなんて当たり前のことだと思うんだよね!』
『うるせー人の告白にケチつけんな!』
『ピ――ちゃん!ピ――ちゃんは俺が今までであった女の子の中でマジで一番可愛いです!俺のお姫様になってください!』
『成宮お前名前はまだNGつってんだろ!』
『あれ今俺名前言ってた?』
『バカ!!』
『まあ、編集でカットできるでしょ!』
あははは、とスタジオに笑い声が沸き、御幸先輩が映った。
『サウスポーの王子様こと成宮選手らしい告白でしたね〜!それでは最後に御幸選手!どうぞ!』
『…あー』
御幸先輩は少し赤い顔で、真剣にカメラを見た。
『……。』
数秒目を伏せ、真剣に言葉を選ぶ御幸先輩。そしてまたまっすぐにカメラを見つめ、口を開いた。
『…本当はこんな、皆の前で宣言するタチじゃないし、相手の子も…そういうの嫌がると思うんですが…。でも、言いたいことはあるし、それを伝える手段も他にないし…本人が見てくれていると信じて、ここで言わせてもらいます。』
俺たちは息をのんでテレビを見つめた。
『…ずっと…忘れられずにいます。』
「……。」
『…高校ん時はガキで…無力で、何もできなかったけど。今はもう…違います。』
「……。」
『ずっと傍にいたいです。…愛してます。』
『……。』
『……。』
『……。』
そのあまりに真剣な様子に、倉持先輩も成宮さんも司会者のアナウンサーもしばし押し黙った。
そして、俺たちテレビの前の3人も。
『…と…とても、気持ちのこもったメッセージでしたね…。』
そう静寂を破ったアナウンサーは赤面していた。
倉持先輩や成宮さんでさえ、茶化すこともできず、スタジオは静まり返っている。
『えーと…御幸選手、伝える手段がないというのは…お相手の方はあまり親交がない方なのでしょうか?一目ぼれとか?』
『一目ぼれといえば、そうです。高校が同じで、高嶺の花でしたね。結構話したりとかはしたんですけど…俺には手が届かない存在でした。』
御幸先輩と花城が付き合っていたことは、当然倉持先輩も成宮さんも知っている。だけどテレビの事情なのか、二人ともムズムズした顔で口を閉ざしたまま御幸先輩の言葉を聞いていた。
『えー!御幸選手ほどのイケメンで、甲子園でも活躍したような選手でもですか!?』
『はっはっは…そういうの、通じない子なんで。心がキレーな奴だけ近づける…みたいな、ちょっとおとぎ話の世界の人というか。世界が違う子でしたね…何もかも』
隣で成宮さんが、うんうん、と納得するようにうなずき、倉持先輩は神妙な顔で唇を引き結んだ。
『だけど…』
再び御幸先輩の顔が映される。
『今も色んな奴に、連絡したがってる事伝えてくれって頼んでて…俺は…ずっと待ってます。連絡してくれるのを、本当に。』
そう言って、はにかみを隠した少し痛々しい笑顔で笑う御幸先輩。
そんな表情を見るのは初めてで、その顔は、男の俺が見てもドキドキして。アナウンサーもまた赤面して、胸を押さえて言葉に詰まってしまった。
「そ…、そうなの?光」
「え、いや…そんなこと、私は聞いてないし…」
だから私のことじゃないよ、と苦笑いする花城に、俺はどきりとした。
「え〜!じゃ東条君は?何か聞いてない?野球部OBとかからさぁ」
「や…、俺は…」
『甘ったれんなって思いますね。』
突然、倉持先輩の声が静寂を破った。
硬直するアナウンサー、目を点にする成宮さん、一瞬苛立ったように倉持先輩を睨んだ御幸先輩。張り詰めた空気がテレビ越しにも伝わってくるようだった。
『俺は本気なら自分で探し出すし、会いに行きますよ。』
倉持先輩の堂々とした声。御幸先輩は、見たことないような悔しそうな顔をして…。
『…は〜〜〜い!ちょーっとピリついちゃったかな〜!倉持選手落ち着いて!仲良く!ね!』
司会者がおどけて空気を変えて、こっちまでほっと息をついた。
「……。」
けど、花城はまだ、思いつめたようにうつむいている。
「…ごめん、花城!」
俺は意を決して頭を下げた。
やっぱ、俺が勝手に判断するべき事じゃないんだ。
「え…どうしたの?」
「実は少し前に、俺、御幸先輩から花城の連絡先教えてくれって言われてて…」
「え!?」
驚きの声を上げたのは鷹野だった。花城は息を呑んで固まっている。
「ていうか、花城に聞いてほしいって言われて…」
「え、東条君って御幸先輩と連絡とってるの!?」
「いや、俺も最近までは連絡先知らなくて、沢村伝てに言われたんだ。」
「そーなんだ…」
「…それでさ。花城は、御幸先輩のこと…あまり触れて欲しくない感じだったから」
「……。」
「勝手に言わないほうがいいかと思っちゃって…ゴメン!」
手を合わせて心の底から謝罪すると、花城は少し呆然とした感じで、しかし、すぐに息を吐いた。
「…それで…大丈夫だよ、ありがとう東条。」
「…え!?」
また鷹野が声を上げ、俺と花城を交互に見る。
「それで大丈夫って…連絡取らないの!?光!」
「うん。」
「なんで!?だって光…。…事情はわからないけど…光、御幸先輩の事話す時、すごく辛そうだから…」
御幸先輩に未練があるんじゃないかって、鷹野の言葉はそれを物語っていたし、俺も同意する気持ちだった。だって、高校の時の2人は、本当に、悔しささえも霞むくらい、お似合いだった。
「そんな事ない。もう、連絡しないほうがいいの。」
だけど花城はそう言って、俺たちから顔を背けてしまった。
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