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「ありがとうございました。」
花城さんとの食事ももう5回目。だけど、あの告白をしてからは初めてのデートだった。
その返事をいつ切り出されるかドキドキしながら過ごしていたけど、結局何事もなく花城さんのマンションの前に着き、花城さんはいつも通りシートベルトを外した。
「…花城さん!あのさ」
俺を見上げた花城さんが、ちょっとぎくりとした顔になったのは気のせいだろうか。
返事…急かさないほうがいいよな、多分…
「…俺、明日から北海道に遠征だからさ」
「あ…そうですよね」
気を付けて、頑張ってください、と花城さんは微笑んだ。目が合えば御幸の陰に隠れられてしまった昔に比べれば、今は恵まれてる。一緒に食事をし、ドライブをし、愛を伝えても逃げられない。返事もないけど…
「来週また、会える?」
「……。はい。」
花城さんは少し迷うように目を伏せた後、頷いた。花城さんにまだ御幸への未練があるのか、それともただ俺に興味がないだけなのか、それはわからない。だけど会ってくれるってことは、花城さんなりに歩み寄ろうとしてくれてるってことだろ。
家に誘えないくらいなんだよ。返事がまだもらえないことくらい…。迷ってくれてるんだ。なら、可能性はまだあるってことだろ。ここで諦められるわけがない。
「じゃ、また…LINEする」
「待ってます。おやすみなさい。」
「おやすみ。」
花城さんが車から降り、マンションに入っていく。オートロックの自動ドアが開き、奥のエレベーターに乗り込んで、扉が閉まって、上昇していくまで見送って…そしてそのあとしばらくの間、俺が車を発進できないでいることを彼女は知らない。もしかしたら戻ってくるかも、なんて、淡い期待を毎回毎回抱いて。もちろんその期待が当たったことはない。…今日も。
無人のエレベーターが1Fに降りてきたのが見えて、吹っ切るためにギアを握ったまま期待を振り払って、俺はやっとギアを入れ、サイドブレーキを下げ、ハザードランプを消した。
***
『こんばんは。
今試合終わって移動中!
花城さんは何してる?』
……。…いや迷惑かな…
「うわー、倉持、それはやめた方がいい。」
「!!?ちょっ、何覗いてんすか!!」
いつの間にか先輩が俺のスマホの画面を覗いていた。慌てて画面を切ってスマホを伏せると、先輩は首を傾げた。
「モテない男の典型メールだぞ〜」
笑いながら先輩は去っていく。俺はスマホを開き、さっきの文面を削除した。
…じゃあどうすりゃいいんだよ!花城さんの方から送ってくることなんて滅多にねーから俺が送らないと普通に音信不通になりそうでこええんだよ…!!せっかく連絡先ゲットして、一応順調にデート重ねてるのに!
…けど…一応向こうに帰ったら会う約束してるし…やっぱしつこく送らねー方がいいかな…。
「何、倉持どうしたの?」
「花城光にメール。」
「あ〜」
…向こうで先輩たちが勝手に楽しんでる。
「頑張れ倉持〜。御幸一也に奪われんなよ!」
「あと成宮鳴もな」
「……。」
「いや〜でも美人だから共演者とかスタッフとかからもめちゃくちゃ声かかるだろうな〜」
「ライバルは多いだろうなw」
「倉持!押してダメなら引いてみろだぞ!」
「引いたらそのままになりそうだけどな」
「あ〜美人って意外と押しに弱いっていうよな。ガンガンアプローチしてみれば?」
「アプローチされまくってるだろうからウゼーってなりそうだけどな。」
「なんなんすか!!応援してるんすか!?してないんすか!?」
「もちろんしてるに決まってるだろ〜」
***
やっと遠征が終わり、自宅へ帰る日。
俺は一息つくとすぐに花城さんとの待ち合わせに向かった。
花城さんの高校卒業後すぐに再会できたものの、連絡先を聞くのに約半年、それからもう2か月近く時々食事に行く関係。もっと進展したいけど…急かすのは悪手だってことくらいはわかる。でも、もう、じれったい。
花城さんのマンションの下につき、電話をかける。数回のコールの後、いつもの優しい声が響く。
『はい…』
「あ…花城さん?俺だけど…今下に着いた」
『はい。今、行きます』
電話が切れ、俺はルームミラーで少し髪を直す。幸せだろ、十分。だって、あの花城光とデートしてるんだぜ?そんなのきっと俺くらい。他のどんなイケメン俳優や有名スポーツ選手も断られてる中で、俺だけが花城さんと電話やメールをして、食事に行っている。彼女のマンションまで迎えに行って、助手席に乗せて、帰りもきちんとマンションに送り届ける。紳士的に。無理やり迫ったりなんてしない。花城さんの心の準備ができるまで、俺はいくらでも待つ…
――コンコン。
助手席の窓が叩かれた。花城さんが笑顔で手を振った。ロックを解除すると、花城さんは助手席に乗り込む。
「こんばんは。」
「おう。元気だった?」
「はい。あ、おめでとうございます。」
「え?」
「なんか、盗塁記録?が…」
「あ…あぁ、サンキュ…」
…見てくれてたのか、試合…。いや、ニュースかな?どっちにしても嬉しい。花城さんが俺に興味を持ってくれている。
「どこに行くんですか?」
店探しとく、と俺がこの間言ったからだろう、花城さんはシートベルトを閉めながら尋ねた。
「タイ料理好き?」
「え……」
花城さんは苦々しい顔で答えを躊躇った。
「…もしかして苦手?」
「…ごめんなさい、前打ち上げの時に食べたら、体に合わなかったみたいで…」
「いや、全然大丈夫大丈夫、他も考えてあるから」
「……。」
えーと他にどこがあったっけ…。花城さんを連れて行っても大丈夫そうな、今から席取れそうなトコ…。きっと花城さんは色んないい店に行ったことがあるし、手を抜けない。
「えーと…あ、イタリアンは?」
「いいですね。」
「じゃちょっと…聞いてみるわ」
にこ、と頷いた花城さんに安堵し、その店に電話をかけた。前先輩に教えてもらった店だ。俺のチームには遊び人の先輩がいて、デートにつかえそうな店をいくつか紹介してもらっている。デートでいい店に行く前には空席を電話で確認したほうがいい、というのも、その先輩から聞いたことだ。
「…あもしもし。今席空いてますか?二人なんですけど…」
『申し訳ございません、本日貸切のご予約がありまして。』
「あ…そうなんですか、はい、すいません…」
電話を切った俺を見て、花城さんは目を瞬いた。
「いっぱいでした?」
「今日、貸切だって」
「あ…。」
「えーと…じゃあ…ほかの店…」
うーん、と考えこむ俺を、花城さんは見つめて、静かに手元を見た。それから、ぽつりと口を開いた。
「…あの…」
「ん?」
「スペイン料理、好きですか?」
「…スペイン料理?」
「パエリアとか」
パエリア…。
「…お、おう、好きだけど…」
「じゃあ、知り合いがお店やってるんですけど、そこに行きませんか?」
「え??…おう、い、いいな」
花城さんは微笑んだ。…なんか、スマートに店も選べない自分がちょっと嫌になるけど…助かった。
「じゃあ行きましょう。中央通りの方なんですけど」
「わかった、中央通りな」
俺はやっと車のギアを入れ、ライトをつけた。
***
花城さんから道を聞いて着いたお店は、半地下のこじんまりとしたお店。意外だな…上品で高そうな店しか行かないと思ってた。
「知り合いの料理人の、お弟子さんなんです。3年くらい前にお店を始めて、月に1度は友達と来るんですけど…」
「へー…」
料理人にも知り合いがいるなんて、売れっ子女優はすげえなあ…
……。ん?
「…どこ行くの?」
「えへへ。こっちです。」
えへへって。可愛すぎるんだけど。
…じゃなくて。花城さんはなぜか、半地下の店の入り口の前を通り過ぎ、店の裏手に回り込んでいった。
「お店に来た時はこっちから入るように言われてるんです。」
「…なんで?」
「…前、大騒ぎになっちゃったから…。」
…なるほど、今を時めく美人女優の花城光が突然来店し、他の客が大騒ぎになってしまったのか。有名人は大変だ。俺なんて、たまーに握手を求められるくらいで、そこまで大騒ぎになったことはない。
花城さんは裏口の横のインターフォンを押した。少しして、重たい音を立てて裏口が開いた。
「はーい?」
ひげ面の、日本人離れした、濃い顔の男が出てきて、花城さんを見て目を真ん丸にした。
「お嬢様〜!いらっしゃーい!」
…お嬢様?
「だから、その呼び方やめてって言ってるじゃないですか。」
「ダメダメ、俺にとってお嬢様はお嬢様だからね〜。こちらは?」
男は急に俺を見て目を丸くした。
「お友達の、倉持さん。」
「どうも…。」
お友達…か。そりゃそっか。
「どうも!」
男は人懐こい笑顔で俺に握手を求め、俺たちを中に促した。
「どうぞ、いつもの部屋に。」
「ありがとう。」
花城さんは慣れた様子で中に入っていく。厨房の横を通り、暗い個室に入って電気をつけると、そこはこじゃれた空間だった。
「ここの席はいつもあけておいてくれるんです。」
「へ〜すげぇ…。さすが大女優だな。」
「あはは、違いますよ。兄弟弟子だからって。」
「兄弟弟子?」
「私の知り合いの料理人さんのお弟子さんだって話したじゃないですか。私も少しだけ、その料理人さんからお料理を教わってたんです。」
「え!」
それは意外…。花城さん、料理も上手いのか〜…。なんか、いいなぁ…。
「へ〜!スゲェ!」
「すごくないですよ。」
「いやいや料理できるだけで尊敬!」
「そんな…。」
「いつか食べてみたいな〜花城さんの手料理…」
うっかり口を滑らせて恥ずかしいことを言い、花城さんが気まずそうにはにかんだのを見て後悔した。
「……。」
「……。」
沈黙…。何が一番凹むって、花城さんの態度を見るに、やっぱりまだお互いの部屋に上がるのには抵抗があるんだなっていう…。
「ハイおまたせ〜!ご注文は?」
「!?」
突然ドアを開けてさっきの男が水とおしぼりを持ってきたものだから、俺はぎょっとした。
「あ、えっと…倉持さん、魚介好きですか?」
「え?お、おう、もちろん」
「じゃあ…いつもので」
「は〜い待っててくださいね〜」
男は部屋を出て行った。片言で上機嫌な日本語の調子が可笑しくて、愉快な男だ。
「美味しいんですよ。」
「へ、へえ」
「司…覚えてますか?鷹野司」
「…ああ!うん。髪が短くて、背が高い」
「はい。司、ここのパエリアが大好きで、私より通ってるらしくて」
「へえ、ヒャハハ…」
…違うって。俺が知りたいのは…花城さんと話したいのは、そんなことじゃなくて。
……返事は…今日もはぐらかされんのかな…。
***
花城さんの紹介なだけあって、料理はとてもおいしかった。しかも、「お嬢様の元気な姿が見れて嬉しいから」と、花城さんの写真を撮っただけでお題もいらないと言われた。写真はその料理の師匠とやらに送るらしい。
また来てねと何度も言われ見送られながら、俺たちは店を後にした。
帰りの車での中で花城さんはいつも通り静かで、俺も話を切り出すことができなくて、車は静かに花城さんのマンションの前に停止した。
「……。ありがとうございました。」
いつも通り素っ気ない言葉。会ってもらえるだけ恵まれてるのはわかってる。でも、ずっとこのままなのか?そんなの意味あるのか…?
「…花城さん。」
呼び止めて、俺を見た花城さんは、どこか覚悟したような顔をしていた。
自分からは切り出さない。でも、聞かれたら答えよう。そう思ってたような顔で。
それって…もう、望みなんてないじゃねーか。
「…また会ってくれる?」
返事を急かしたら断られる未来しか見えなくて、そんな臆病な質問をした。
はい、って、いつもみたいに、友達ですって顔をして、花城さんは頷いてくれると思った。
「……。」
だけど花城さんはしばらく答えに迷った。嘘だろ。もう、友達としての付き合いも、したくないっていうのかよ…。
せっかく御幸と別れて、連絡先を交換して、やっと堂々と交際を申し込んだ。なのに。
「…ごめんなさい。」
花城さんは呟いて、俺が何も言えないでいると、車を降りて行った。
嘘だろ。これが最後?そんなの…受け入れられない。納得できない。
俺は咄嗟に車を降り、花城さんを追いかけた。
「花城さん!」
腕を掴むと、花城さんは俺を振り返った。
「…どうしても俺じゃダメか?」
「……。」
花城さんが俯いてその場から離れる様子がなくなり、俺は細い腕を離した。
「…友達からでいい。今みたいに、時々会ってくれるだけでいいから。花城さんがその気になるまで…俺からはなんもしないから、少しずつ…」
「……。」
「…少しずつ…あいつのこと、忘れられたら…」
…そうしたら俺のことを好きになってくれるとでも思ってんのか、俺は…。それはまた別の問題だろ…。
もっといい言葉はないのか。花城さんを振り向かせるとまではいわない、せめて引き留める言葉は。
「……。」
花城さんが戸惑った顔で言葉に詰まった瞬間。その向こうから、駆け寄ってくる人影に気づいて、俺は眉を寄せた。花城さんもつられるようにして振り返った。
駆け寄ってきた人物を見て…俺も花城さんも、息をのんだ。
「……。」
花城さんを見つめて、感極まったような目で、そこに御幸が立っていた。
「…久しぶり。ごめん、押しかけて。東条に頼み込んで、教えてもらった」
「……。」
御幸は驚いて言葉を失っている花城さんに、そう簡潔に説明した。
「…確認したいんだけど」
そして俺を睨んだ。
「こいつと付き合って…ないよな?」
「……。」
花城さんは俺を見上げた。俺はじっと花城さんを見つめ返した。
いいよ…付き合ってるって言ってくれよ…。都合のいい男でもいい。
「付き合っては…ないんだな。」
花城さんが答えに詰まっていると、御幸は安堵したように呟いた。
「おい。急に押しかけてきて何なんだよ。東条から住所聞き出しただ?ふざけてんじゃねーぞ」
「…お前は黙ってろ」
「いーや言わせてもらう。もうテメーは振られてんだよ、花城さんに付き纏うな!」
「…光。二人で話したい。」
「だめだ」
「お前に言ってねえよ。…光、」
花城さんの瞳がうるんで揺れた。だめだ…ずりぃよ、御幸。俺はやっと、花城さんとふたりで…男と女として、一緒に過ごせる仲になったのに。また御幸が目の前で奪っていくのかよ…そんなの、あんまりだ……
「…え?」
突然、花城さんが俺の腕をつかんだ。そしてうつむいたまま、震える声で言った。
「……帰って……。」
そして俺の腕を引いて歩き出す花城さんを、御幸は慌てて追いかけてきた。
「おい、待て…待ってくれよ!頼むから…」
「……。」
「本当は別れたくなかった…別れてからもずっとお前のこと…」
「……。」
「…光!!」
最後は御幸を振り切って、花城さんは俺を連れてマンションに駆け込んだ。
ロビーのドアのロックが自動でかかり、花城さんはドアから手を離した。
「…花城さん」
俺を選んでくれた…ってことなのか?
期待を抱いて花城さんを見ると…だけど、花城さんは静かに泣いていた。
「……あいつと別れた時…なんかあったの?」
「……。」
たぶん花城さんは、今も御幸が好きなんだ。
だけど復縁できない理由があって、俺を選んだふりをして…。
……。…やるせない。
花城さんは何も答えず、俺は頭をかいた。
「…ま、いいや。もう部屋に帰りな。寒くなってきたし」
「…えっ?」
「俺はここで適当に時間つぶして、アイツが帰ったら帰るよ。」
「……。」
花城さんの目が戸惑って揺れた。花城さんは目元の涙をぬぐって、意を決したように言った。
「…いえ…もう遅いし…上がってください」
「……。」
…それどういう意味?
「いや…それ…わかって言ってる?」
「え…?」
「この状況で部屋誘われたら…さすがに勘違いしちまうんだけど」
「……。」
きょとんと俺を見上げていた花城さんの瞳が瞬き、直後にハッと息をのんで、頬が真っ赤に染まった。
「えっ…。あ…。」
「あー…うん…いやわかってるけど…俺のことそういう風に見てないって」
「……。そ…それは…」
「いいよ、御幸の当てつけにされたのは嬉しい」
「……。」
花城さんはバツが悪そうにうつむいて、黙り込んでしまった。
「…ほら、もう部屋行きな。風邪引くぞ」
「……。」
そっと背中を押すと、花城さんは迷いに迷って、小さく会釈をして、エレベーターのボタンを押した。
少し内また気味の細いつま先が、ふいにこっちに向いて、「やっぱり上がってください」なんて言ってくれるのをひそかに期待するのをやめられないまま、花城さんの背中を見つめる。
こっちを見て…倉持さん、部屋に来てください…って…。
「!」
くるり、と花城さんが俺を振り返った。
心臓がはねて、思わず踏み出しそうになる。
だけど花城さんはまた、申し訳なさそうに会釈をして、扉が開いたエレベーターに一人で乗って、去って行った。
まあ…、そうだよな…。
何期待してんだ、俺。
しばらくエレベーターの階数モニターを眺めていたけど、速やかに昇っていく数字の点灯を追うのも虚しくなって、それから管理人室のコンシェルジュの視線も痛くなってきて、マンションを出た。
「……。」
するとそこの花壇に座り込んでいた御幸が、俺を見た瞬間明らかに安堵したような顔をしたもんだから、無性にむかついた。
「…言っとくけど、部屋には呼ばれたけど、断ってきたんだぜ」
「へえ?」
「…チッ」
嘘は言ってない。花城さんは、そんなつもりじゃなかったんだけど。
「テメーも早く帰れよストーカー。」
「言われなくても帰るよ。」
御幸はなぜか余裕の笑みで、まるで用は済んだと言わんばかりに踵を返し、そこに停めてあった車に乗り込んで去っていった。俺が出てくるのを確認したかっただけかよ…趣味の悪い奴。
俺は大きなため息を吐き、マンションの花城さんの部屋のあたりを見上げて、帰路に就いた。
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