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「あ〜可愛いなあ花城光!」

9月からのアメリカの大学入学を控え、俺は叔父の仕事を手伝いつつ、都内の大学でひとまずの学生生活を送っていた。なぜわざわざ数か月のために都内の大学を受験したのかというと、なるべく家にいたくないこと、光希や叔父と過ごす時間を減らすこと、そして自分自身、忙しくしていたほうが色々なことを考えずに済むからだ。
だけど光はどうしても、俺の意識を引き戻す。
もうずっと会っていないというのに。

「花城光と結婚してえ〜〜」
「全国の男がそう思ってるだろ。」
「あ〜同じ東京に住んでるのに!どこに行けば会えるんだああ〜!」
「こいつやべーよ、ストーカー化するまえに檻に入れたほうがいい」
「警察呼ぶか」

大学で知り合った同期たちはいつもこの調子だ。芸能界デビューした光はあっという間に人気になり、今では長編ドラマのメインキャストに加え、CM、ファッション雑誌の専属モデルなど、光を見ない日はないといえるほどに成功している。
芸能界は後ろ暗いところもあるから心配していたが、俺が裏から手をまわし、光に手を出そうとする輩から事務所が徹底的に守ってくれるよう契約済みだ。だから、未成年淫行の前科がある有名カメラマンや、女優に枕を強いる有名監督なんかも、光には手を出せずにいる。
光が住んでいるマンションも把握している。というか、俺が手回しして事務所に契約させた、セキュリティ万全かつ、信頼できるコンシェルジュを雇っている物件だ。怪しいことがあればすぐに俺に連絡が入るようになっている。先日その連絡が入り、送られてきた映像を見てさすがに驚いた。マンションのエントランス前で、あの御幸一也と倉持洋一が光を巡って争っているではないか。あいつら、まだ光のことを諦めていなかったのか…。その気持ちは理解できるが、呆れもする。少し自嘲に近い感情だが。

「…なあ!光臣聞いてるか?」
「なんだ?」
「だーかーら!花城光の話!」
「ああ…」
「花城って苗字あんま聞かないけど、まさか光臣の親戚?とか言って…笑」

んなわけねーだろ、と同期たちが笑って小突き合う。
俺が調子を合わせて笑って流したところで、スマホが着信音を鳴らした。

「悪い、電話だ」

俺はそう断って、スマホを取り出した。…家からだ。

「何だ」

家からの電話なんて、ろくでもないことか緊急事態かのどちらかだ。俺は声を落として周りに聞こえないよう皆から少し離れた。

『光臣様、大変なことになりました』

動揺をにじませる執事長の聞きなれた声。しかし彼の理性がしっかりと声に芯を通し、俺に伝えてきた。

「…何だ」
『落ち着いて聞いてください。旦那様と、光人様が…』

旦那様、というのは、光の父親。光人は俺の父親のことだ。

『…乗られているヘリコプターが、墜落したとの連絡があり…』
「……。」
『先ほど警察から連絡があり…、…が… ……』

電話の声が遠くなっていく。スマホにも電話にも問題はない。俺の頭が停止しているんだ。
だって…、父と叔父が。俺や光を鉛の塊のように押しつぶしていた存在が。
死んだっていうのか?こんなに…あっけなく。突然?

『光臣様、…光臣様?』
「…あ…、…いや…聞こえてる。わかった…。すぐ、家に帰る」

俺は電話を切り、雲一つない空を見上げた。


***


その日の夜。俺は赤いバラの花束を持って、とあるマンションのエントランスのベンチにいた。
数十分ほど待っていると、自動ドアが開いて、コツコツコツ、と軽い足音が響いてきた。
その足音が、コツ…、と不意に止まり、俺はそちらを見上げた。

唖然とした顔の光が、ぽかんと口を開けたまま俺を見つめていた。

「え…、な…、」
「久しぶり。」

俺は立ち上がって光の前まで歩いていき、花束を差し出した。

「久しぶりって…、なんで…」

光は胸元に押し付けられた花束を受け取って、俺と花束を交互に見た。
そして、その眼にはだんだん涙が浮かび――。

堪えきれないように、俺を抱きしめた。
その背中に控えめに手をまわして、胸の鼓動を悟られないうちに、そっと光の肩を押し返した。

「大事な話があるんだ、部屋に入れてくれないか。…人に聞かれるとまずいから」

光は動揺しつつも、俺を促してエレベーターへと向かった。
懐かしいこの空気。光の傍。華奢な肩口。今すぐ抱きしめて、そこに顔をうずめたい。

――チン、とエレベーターが鳴り、ドアが開く。この階層は光の部屋だけだ。

「どうぞ」

光はエレベーターを降りた通路の突き当りの扉を開いた。
玄関を通り部屋に入ると、そこは最低限の家具しかない、しかし洗練され整頓された、落ち着く部屋だった。


光は花束をダイニングテーブルに置き、キッチンで何か飲み物を用意し始めた。
パッと見…男の物はない。気配も。コンシェルジュからも、誰かを部屋に入れたとは聞いていないし。
俺は安堵し、ソファに腰かけた。

「はい。」

光は紅茶をローテーブルに置き、自分もソファに座った。

「それで…大事な話って?」

光は少し赤い目元をぬぐって、落ち着くためか紅茶を少し口に含む。
俺はティーカップを手に取り、口元にもっていって、ささやくように言った。

「…俺と、お前の父が…死んだ」

――ガチャン!
と大きな音を立てて、光のティーカップが床に転がった。取っ手が折れ、紅い液体がフローリングの床に広がった。

「……。」
「今朝、ヘリが墜落して。遺体はすぐに見つかった。さっき、それを確認しに行ってきたんだ。間違いなく、俺たちの父親たちだったよ。二人そろって、ぼろきれみたいになっててさ…笑っちゃうよな、こんな、呆気なく…、」
「……。」

部屋にしばらく沈黙が流れた。光の顔を見ると、青ざめてはいるが、涙の気配はなかった。そして、頬にもすぐバラのような色が戻った。

「じゃあ…これからどうなるの?」
「今はまだ報道規制させてる。大ごとだからな。俺が大学を卒業するまで、代表を代理に任せる。その準備が整ってから、メディアに報告するつもりだ」
「…私…は?」
「別に何もしなくていい。葬式も、来たくないなら来なくていいぞ。」
「…いや…さすがにそれは…行くよ」
「そうか」
「……。」
「悲しいか?」

光はうつむいた。

「…どうだろう…。」
「俺は、悲しくないけどな」
「……。」
「別に、親不孝とも冷たいとも思わないから、本当のこと言っていいんだぞ。」
「…私…。…安心…してる…。」

絞り出すように言った言葉に、俺はうなずいた。

「じゃあ、よかったじゃないか」
「……。」

光はどこか吹っ切れない様子で、たぶん床の紅茶を片付けようと、ソファから立ち上がろうとした。
その細い腕をつかむと、光は驚いて俺を振り返った。

「俺は本音を言うと、今、すごく嬉しい。」
「……。」

光はちょっと咎めるような、だけど理解を示すような目で俺を見た。

「これでうるさい奴らがいなくなったんだ。誰も俺を縛る人間はいないし、やっと本当のことを言える」
「…本当のこと?」

瞬く光の瞳を、俺はじっと見つめた。

「…な、なに…?」

光のいぶかしむ顔が、少し赤く染まった、ように見えた。

「ずっと言えなかったことがある。」
「…?」
「言ったら、光が困ると思ったから。」
「…どうして?」
「……。」

俺はそれには答えずに、光の目をまっすぐに見つめた。
にわかに緊張に支配される。手の震えを抑え込み、俺は、世界で一番きれいな光を、すがるような気持ちで見つめた。
気持ちを伝えるために。

「俺は…ずっと昔から…、…光のことを大切に思ってる。」
「……。」

光は、ポカンと息をのんで、ジワリと顔を赤くした。

「な、なに?改まって…。」

ほほを手で包んで、逃げるように足元を見て、先ほど割ったティーカップと飛び散った紅茶を見つけて、ごまかす様に、逃げる様に立ち上がった。

「あ…片づけなきゃ、」

その細い腕を、俺はつかんで引き留めた。

「聞いてくれ。」
「……。」

光は口をつぐんで、静かにまたソファに座った。
だけど俺は光の細い手首から華奢な手のひらを包み込むように包んで、その手は離さなかった。

「だから…。」

ごくり、と喉が鳴った。
こちらを見つめ返してくる光の瞳に吸い込まれそうになる。もう、ずっと見ていたのに…こんな風に見つめあうのは、初めてかもしれない。
俺が、ずっと、目を背けようとしていたから…。

「…好きなんだ、昔から、ずっと…一人の、女性として」
「…え…。」

光の唇が震え、息が止まったようだった。
俺は、たぶん、この瞬間の表情を、一生忘れない。

「だから…幸せになってほしくて、俺と、結婚してほしくなかった」
「……。」

光は茫然と、自分の手を握る俺の手に視線を落とした。

「私…」

その手に少し、力がこもる。

「…光臣にずっと、酷いこと…してたね…」

また目が潤んで、今にも零れ落ちそうになる涙を、光は指先で払った。

「今更、気にするな。」

胸に温かいものが広がって、にやりと笑って光を見つめると、光は恥ずかしそうにうつむいた。

「だけど…父親たちが死んで、邪魔するものがなくなって…これで、堂々と言える。」
「…え?」

俺はもう片方の光の手も取り、両手で包み込んだ。

「光を幸せにする。ずっとそばにいたい。だから、結婚してほしい。」
「……えっ!?」

光が驚きのあまり肩をすくませて、目を真ん丸にした。

「…なんでいきなりそうなるの!?」
「だって、もともと婚約してた仲だろ。生まれた時から一緒に育って、だれよりもお互い知り合ってるし。今更交際申し込むのもまどろっこしい。それに、生涯の伴侶は光以外、考えられない。」
「……。」

光はみるみる顔を赤くして、もぞもぞと自分の両手を俺の手から抜き取った。
そのうぶな反応がおかしくて、かわいくて、俺は遠慮なく笑い出した。

「…なにがおかしいの!?」
「だって…昔は一緒に寝ても、キスしても、全く気にも留められなかったから。少しは俺を意識したか?」
「…バカ!」
「とにかく。」

俺は立ち上がり、光を見つめる。

「俺はお前のことが好きだから、これからはそのつもりで。」

あっけにとられた光を置いて荷物を取ると、光は小さな声で言った。

「…帰るの?」
「ああ。まだいてほしい?」
「違う!」

また顔を赤くする光に笑いをこぼし、じゃあな、と言い残して、俺はすがすがしい気持ちで光のマンションを出た。

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