107


花城さんのマンションに着いて、俺は焦った。

…部屋番号知らねー!
教えてもらってないんだった。

何やってんだ、俺…頭の中が花城さんのことでいっぱいで…冷静じゃない。いつもこうだ、花城さんのことになると俺は…。

「……。」

ダメ元だけど…。
俺は花城さんに電話を掛けた。

プルルル…プルルル…

呼び出し音が俺の焦燥をあおる。胸が熱くなってきて、指先が冷たくしびれた。
花城さん…出てくれ。

プッ…

『…はい』

どきん、と心臓がはねた。出てくれた…。あんな電話の後で気まずいけど…そうして距離を置いたらもうずっと、会ってくれない気がする。なんとなく、勘だけど…わかるんだ。今、踏み込むべきだって…。

「あ…花城さん?俺だけど…」
『…はい』
「今日スタッフの人に…具合悪いって聞いて。一応差し入れ…今ロビーにいるんだけど。」
『…え?』
「…部屋、教えてくれねーか?」

…ドキン、ドキン、ドキン…
心臓がうるさい…。俺はすがるように形態を握りしめた。変な汗が噴き出してきて、滑り落してしまいそうだった。

『……。』

迷ってるんだろうか。しばらく沈黙が流れた。

「…突然、来てゴメン。どうしても気になって…」
『……。』
「差し入れ…渡したいだけだから。なんなら、部屋の前に置いて帰るし…」

ここに来る前に、コンビニに寄って飲み物や軽食を買ってきたのだった。言い訳を携えてきたようなもんだけど…。

『……503。』
「え?」
『503…で、インターホン押してください。ロビーのドア、開けるので…』
「わ、わかった。」

…プツン。と、電話が切れた。…マジ?花城さんが…部屋、教えてくれた。

…ドク、ドク、と心臓が早くなっていく。その衝動に押されるようにして、俺はインターホンの画面に駆け寄った。



***


503…。
俺はそのナンバープレートのドアの前にたたずんでいた。
ここが花城さんの部屋…。どうしよう。インターホン押すか…?

…いや、部屋の前に差し入れ置いて…帰ったほうがいいか…?

迷っていると、ガチャッ、と突然鍵が開く音がして、俺は肩をすくめた。動揺している間に、ゆっくりと開くドア。その向こうに…ゆったりとしたガウンを着た花城さんが俺を見上げていた。

…痣の残る顔で。

「…えっ!?どうした、それ…」
「静かに…中、入ってください」
「えっ、い、いいの?」
「……。」

ちら、と俺を見上げる花城さんの冷たい視線に俺はまた動揺した。だけど通路で話し込んだら声が響くのも確かだ。だから、おじゃまします、とおとなしく従うことにした。

玄関に入った瞬間、かすかに甘く、さわやかな香りがした。香水か何かか…すげえいい香りだ。

花城さんは黙って部屋の奥に進んでいく。ここ…広いな。俺が住んでるマンションの倍以上の広さ。稼いでんだろうなー…。あ、なんか、凹んできた…

花城さんはそんな俺の様子など気づきもせず、付き当たりのドアを開けて部屋の中へ入った。俺も促されるままに部屋に入り、大きなベージュのソファに腰を下ろした。

「…あ、これ…差し入れ。大したもんじゃないけど…」
「…わざわざありがとうございます。」

中身は飲み物、ゼリー、ヨーグルト、などなど。体調不良と聞いたから、てっきり風邪かなんかかと思って食いやすいもん…と思ったけど…。
俺はチラリと花城さんの横顔を見た。頬に広がる黄疸と、額に滲む内出血の痕。一体何があったんだ…?

「それ…どうしたんだ?」
「……。」

俺が聞くと、花城さんは小さくため息をついた。いつもと違う…そりゃ、つれないのはいつも通りだけど、今日はそれとは違う。全てを突き放す冷たさ…。

「親父さんのことと…関係あるのか?」
「関係…ありますね」
「え?どういう…」

親が事故で亡くなって、顔があざだらけになるなんて…想像がつかないんだが。

「お葬式で姉が暴れて、殴られたんですよ」

ふ、と自嘲気味に笑って、花城さんが言った。俺は唖然と言葉を失って、ただ花城さんの表情を見つめた。

「引きますよね。」
「えっ…い、いや、よっぽど…ショックだった…んだろうな。親父さんが亡くなったんだから、そりゃ…。」
「……。」
「でも…それは花城さんも一緒だよな…。大変、だったな…」
「……。」
「て…いうか、花城さん、お姉さんいたんだな。ヒャハ、知らなかったぜ」
「…倉持さんは、ご家族は?」
「え?あー…ウチは親が離婚してて…母親に育てられたんだけどよ…」

ヒャハハ、と小さく笑って頬をかくと、花城さんはそうですか、と呟いた。

「いいお母さん…なんでしょうね」
「…え?いや…まあ…女手一つで育ててくれたことには、感謝してるけどな…俺は素行も悪かったし…」
「良い家族なんですね。だから…倉持さんもそんなに、優しいんですね…」

そう呟いた花城さんはどこか遠くを眺めていて、見ていて不安になる程遠く感じた。

「な…なんだよ急に?俺はそんな…」
「私、全然悲しくないんですよ。」
「…え?」
「父と叔父が死んで、嬉しいんです。姉はこんなだから、ずっと避けてたけど…」
「……。」
「…一緒に死んじゃえばよかったのに」

花城さんが、こんなこと言うなんて…。
今までと全然別人に見えるその顔が、いつもみたいな優しい微笑みを浮かべてくれるのを、俺は願うように見つめ続けた。

「そ…、そんなこと言うなんてらしくないぜ。花城さん、疲れてるんじゃねーか?早く休んで…」
「倉持さんは私に幻想を抱きすぎですよ。」
「え…」
「倉持さんに…好かれるような人間じゃないんです、私」
「……。」
「実際、幻滅したでしょ?今の話聞いて…」
「し、してねえよ!」

それは本当だ。幻滅なんてしていない。そりゃ、驚きはしたけど…花城さんがここまで言うんだ、きっと訳ありの家族で…平凡な人生を歩んできた俺には理解できないことだ。

「まあ、よくわかんねーけど…何かあるんだろ?別に、無理に話す必要ないけどよ…俺は、どんな花城さんでも好きだから」
「…それって、誰でもいいんじゃないですか?」
「ち…ちげえよ!俺は本当に…ずっと…花城さんのことが好きなんだ」
「私のこと何も知らないのに…なんでそんなこと言えるんですか?」
「し…知らないことも、そりゃあるけど…何もじゃない。いつも無茶ばっかして…弱味を見せないそーいうとこ…なんとかしてやりたいって思う」
「……。」
「もっと花城さんのこと知りたいと思ってるよ…俺は…。どんな花城さんでも…俺は好きだ」
「……。」

ふ、とまた花城さんの口元に微笑が浮かんだ。自嘲気味の、痛々しい微笑だ。

「…俺じゃ力になれねーか?」

立ち上がって言うと、花城さんがちらりと俺を見上げた。

そして…

「…えっ!?ちょ…、」

突然、花城さんはガウンを脱ぎ、キャミソールの肩紐をずらした。驚いて静止しようとした瞬間、彼女のその白い柔肌があらわになるにつれて、そこにいくつもの痣や内出血の痕が見え、俺は息をのんだ。中には古い傷のようなものが、胸の下にもあって…
顔のあざはほんの一部だったらしい…姉に殴られたって言ってたけど、なんでここまで…

「これでも?」

花城さんは追い詰めるような微笑で俺を睨んでいた。キャミソールの下…上半身は白いブラジャーだけを纏った姿で、花城さんは痛々しいあざを曝け出していた。そんなときにも、柔らかく魅惑的な膨らみのある胸元に、俺の目は惹きつけられてしまった。

「……。」

この状況に頭が追いつかずに言葉を失った俺に、花城さんはため息のような笑みをこぼした。

「やっぱりこんな…」
「ち、違う!」

誤解されてるようで俺は慌てて声をあげる。

「び、びっくりして…だってこんな、花城さんの体…急に…」

あー…!もう…!ビビりすぎだろ俺…童貞丸出しでクソダセェ…!!

「…っ、とにかく!」

俺は花城さんに歩み寄ってガウンを肩にかけ、体を隠した。そのまま両肩を掴み、彼女の目をまっすぐ見つめた。この気持ちが伝わるように。そして勢いのままに抱きしめた。

「俺は花城さんのこと好きだから…どんなに冷たくされても、ワケありでも…俺はバカだから理解してやれねーかもしれないけど、でも受け入れる。どんなことでも俺が受け入れてずっとそばにいる。だから…」

だから…何だ。なんて言えば良いんだ、こういうとき。付き合ってくれ?いや、そんなもんじゃない。そんな曖昧な口だけの関係。そんなことじゃ花城さんの傷は埋められない。

「俺…俺と…、…けっ、結婚してくれ!」

一瞬時が止まった。え…俺、今なんて…

「…は?」

耳元で花城さんが呟き、俺の胸を押し返して体を離す。ぽかんとした花城さんの目と目があって、俺は顔が急激に熱くなった。

「わっ、悪い!急にこんな…、でも俺…」
「……。」

花城さんは目を瞬いて、そして…すごく悲しそうな顔をした。だけどそれは一瞬で、次の瞬間にはもう、また俺を突き放す冷たい目に変わっていた。

「…バカじゃないの…」

う…。まあ、確かに俺はバカだけど…。

「俺はマジだ。俺の人生、花城さんにやる。だからさ…そばに居させてくれ。なんでもするから…」
「……。」

黙り込んだ花城さんの、右頬のあざを撫でる。こんなキレーな顔に、こんなあざ…。
花城さんはしばらく黙った後、その俺の手を握り…頬から剥がした。

「なんでも?」
「え?あ、ああ。」

花城さんに聞かれて、俺は慌てて頷く。
すると…突然、股間を柔らかいものが撫でた。

「…えっ!?ちょっ…、何す…」
「なんでもしてくれるんでしょ?」

花城さんが言って、俺の目をじっと見つめてくる。なんだこれ、夢?
花城さんに撫でられ、ものすごい勢いで反応する俺の息子…。ズボンが苦しい。こんな…

「……。」

花城さんは俺のふくらんだ股間に目をやると、ふっと離れて俺の手を引いた。

「いれて。」
「…え、」

展開が急すぎて、何が何だか…、俺、花城さんとセックス…すんの!?いま…これから!?前戯も…なしに?花城さんは、俺のこと好きでもないのに…?なんか…それって、なんか、

「いや…、それは、まずいって…」

情けなくも溢れた俺の言葉に、花城さんは非難がましい視線を向けた。

「なんで?倉持さん、私のこと好きなんでしょ?」
「花城さんは…俺のこと好きじゃねーだろ」
「でも、私がしてって言ってるのに?」
「…自暴自棄になってんのか?俺は…好きな子の弱みにつけ込んだみたいな…こんなの…」
「私は弱ってなんかない」

ぐい、と花城さんが俺の手を引っ張った。くそ…本気で抗えない自分がいる…!

「したいの。早くして」
「いや、だけど…、ほら、ゴムもねーし」
「……。」

チッ、と花城さんが舌打ちした。
花城さんが…。…舌打ち。
この冷たい態度よりも冷たい視線よりもなによりも、驚いた。あの花城さんが…舌打ち!?

「案外意気地なしなんですね…倉持さんって」

そしてその言葉で、俺は煽られた。ベルトを外し始めると、花城さんは俺をじっと見つめていた。ズボンを下ろし、下着を下ろして、花城さんに覆い被さる。足を開かせ、下着をずらして…初めて見た女の秘部の、神秘的な美しさに息を呑み、俺は聳り立つソレをソコに突き立てた。

花城さんと…。今から…。

ずっと憧れてた、追いかけてた…花城さんと…。

「…っ」

つぷ…、となまめかしい音を立てて、先端が蕾を割って飲み込まれていく。思ってたより…めちゃくちゃ狭い。キツい。花城さんが処女だとは…思ってないけど…

「っ…いた…」

…え?

俺は驚いて動きを止め、花城さんを見た。花城さんは俺の視線に気づいたようにこちらを見上げ、気丈に睨んでくる。

「…なに?」
「いや、痛いって…ソレ…」
「…違う。久しぶりだから」

ふい、と素っ気なくそっぽを向く花城さん。そ…そうだよな。初めてなわけないよな…こんな美人。

…やっぱ、初めては…御幸…だったのかな。

「……。」

言い知れない感情が腹の底から湧き上がってきて、俺はますます硬くなったモノを花城さんの中にねじ込んだ。

「っ、……。」

余裕のない顔でそれを見つめる花城さんを見る。なんで…こんなことしてんだ、俺?なんだ、この状況。

ゆっくりと腰を動かす。擦り付けるように…溶け合うように、俺を、覚えさせるように。

「っ…、…もっと…」

花城さんが俺のシャツを掴んだ。

「もっと乱暴にしてよ…っ」
「え…でも痛いって…」
「痛くしてほしいの!」

花城さんがシャツを引っ張り、駄々をこねるように俺の胸を打った。なんでこんな…自暴自棄になってんだ。やっぱどこかおかしい…今の花城さん…。

「ねぇ…っ」
「できるワケねーだろ…」

そんな、乱暴になんか。
俺が顔を近づけてキスをしようとすると、花城さんは顔を背けて抵抗した。だから俺はその首筋にキスをして、そのまま彼女の体を啄むようにたくさんキスをした。
体中に印をつけるみたいに…

「愛してる…花城さん」

自然と言葉が溢れて、花城さんの動きが止まったのがわかった。俺は花城さんを抱きしめたまま動き続けた。気持ち良すぎて頭が真っ白になっていく。何も考えられないくらいに…

「っいて!」

突然、首筋に痛みが走った。花城さんが俺の首筋に噛み付いたのだった。
花城さんの顔を見ると、花城さんは俺を睨みつけていた。だけど腰を動かすと、その顔もだんだんと余裕がなくなってきて…

「…ん…っ」

…甘い声が溢れ始めた。
俺は嬉しくなって腰を動かし続けた。花城さんが…俺で感じてる。これ、本当に現実か?

「あ…っ、はあ…っ」

息が乱れ始め、花城さんの腰が浮いてきた。気持ちいいんだ…俺のが…。やべえ、興奮してもう…、

「っ花城さん…、俺、もう…っ」

このままじゃまずい。なんせ、ゴムをつけてないのだ。中出しはさすがに…

「…中…出して…」
「え…っ!?」

また…なんてこと言い出してやがる…
俺の理性が吹っ飛びそうなときに…!

「……っ」

くそ…っ

「っはあ…っ、くっ…」

絶頂の開放感と共に、白い液体が花城さんの腹の上にぶちまけられた。ぎ…ギリ、間に合った…。

「……。」

花城さんは俺を睨んできたけど…。

「なんでも…受け入れるっつったけどさ…」

俺はまだ頭がとっ散らかったまま、なんとか言葉を伝えた。

「やっぱ…花城さんのことは守りたいから…」

今花城さんに何かあったら…女優としての花城さんは、間違いなく損をする。だから…

「俺には何したっていいから…俺が花城さんを守るから」

花城さんは黙ったまま立ち上がり、ガウンを身に纏った。そしてソファに置いていた俺の荷物を拾い上げ、俺に押し付けた。

「帰って。」
「…わかった」

俺は言われるままにズボンを履くと、ちゃんとベルトを締める間もないまま部屋を追い出された。

「また会いにく…」

――バタン、ガチャ。

容赦なく締まるドアと鍵。なんだったんだ…今の…。…やっぱ夢?でも、まだ…感触が残ってる…。

俺…。花城さんと…。

…望んでいた展開とは、違ったけど…。

いや…今はただ、花城さんに心を開いてもらえるよう、頑張るだけだ。

俺は踵を返し、マンションを後にした。

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