043
ほんの少し寒さが和らいできた3月。
もうすぐホワイトデー。
…だけど。
花城へのお返し、どうしよう…。
「なーにしけたツラしてんだよ。」
「別に…」
倉持…に聞いても大した助言は得られないだろうし。
「なんか俺をバカにするようなこと思ってねぇ?」
「気のせいだろ。」
花城がくれたお菓子は美味かった。めちゃくちゃ美味かった。花城が作ってくれたという事実だけでもすごく嬉しい。だからこそ、お返しが悩む。
お菓子だと…花城は甘いもん食うの控えてるから迷惑かもしれないし、かといってろくなプレゼントが買えるほどお金もない。仕送りしてもらっている学生の身分なのだから。それに花城はお嬢様だし、その辺で買ったアクセサリーや小物なんて安っぽいと思われるだろう。
そもそも花城の好みがわからない。
花城は鞄にキーホルダー一つ着けていないし、髪留めもつけていなければもちろんアクセサリーも身に着けない。一度私服で会ったときなんか、シンプルながらも質のいい高価そうな服だったな…。本物の金持ちという感じ。きっとこだわりがあって、選んだものしか身に着けないタイプだ。
「はぁ〜〜〜暇だぜ」
倉持が俺の前の席に来て、大あくびをかました。
「なんかおもしれ―ことねーかなぁ。」
「お前は何の心配もなくていいなぁ〜」
「アァ!?喧嘩売ってんのかテメェ!!」
いっそ本人に何が欲しいか聞いてみるか?
いや…花城のことだから「特にない」とか「気持ちだけで嬉しい」とか言いそうだなー…。
花城の好きなもの…なんだろう…。甘いもの…いやだからそれはダメだって…。
思えば俺、花城のこと、知らないことばっかだな…。
***
「好きな食べ物?ペカンナッツとオランジェット。」
昼休み、中庭で花城に尋ねると、呪文が返ってきた。
「ミスコンの時も思ったけど…何?それ」
「あ…ピーカンナッツって発音の方がメジャーかな?」
「いや、そっちも知らねぇ…」
「ナッツの種類だよ。見た目は胡桃に似てるかな。」
「へー…で、もうひとつは?」
「オランジェット。」
「それは何?」
「オレンジピールをチョコレートでコーティングしたお菓子。特に好きなのは…昔からお世話になってるパティシエの人が5年前にフランスで専門店を開いてね、毎年贈ってくれるんだけど、それがすごく美味しいから今度…あ、甘いもの苦手なんだったね。」
「いや…、おう…」
…お嬢様は好物でさえも一般庶民とはかけ離れていやがる…。
「他に何か…好きなもんある?」
「?たとえば?」
「色とか…物とか…本とか、映画とか」
「え?ん〜…好きな色はたくさんあるし…」
「……。」
「好きなものってなんだろう…綺麗なもの?」
「……。」
「好きな本もたくさんある。」
「……。」
「好きな映画もたくさんあって選べないな〜…。」
「……。」
だめだ…ホワイトデーのお返しの参考にしようと思ったけど、ふわっとしすぎてて全然参考にならねぇ!
「なんで?」
「え?いや…なんとなく」
はぐらかした俺を、なぜか花城ははにかみを堪えたようにニコニコしながら見つめた。
「もしかして…」
「え?」
「ホワイトデーのお返し?」
「……。」
バレてるし…。おかしいなー、俺、あんま読まれない方だと思ってたんだけど…。
「そんなのいいのに。」
「いや、そういうわけにはいかないだろ。」
「気持ちだけで嬉しいから。」
「いやいや…」
花城のセリフが予想通り過ぎる。
「先輩忙しいんだし、気にしなくていいよ。」
「ダメだって。忙しいからこそだろ。こういうときくらいちゃんと…」
「ん〜…」
花城は考え込んで、そうだ、と笑顔を浮かべた。
「じゃあお返しは、お願い聞いてくれる?」
「…お願い?何?」
意外な申し出だけど、それはありがたい。でも花城のお願いって何だろう。
「カラオケ連れてって。」
「…はい?カラオケ?」
「行ったことなくて…どんな感じか知りたいの。」
「…そんなことでいいの?」
「お願い。時間ある時でいいから」
お願いって…内容が謙虚過ぎてなんか気が引けるけど…
「もちろんいいけど…」
「けど?」
「そんなんじゃお返しにならねーな〜…」
「だからそれはもういいって。」
…しょうがない。それとは別に、何か考えるか…。
***
そして、午後がオフになった土曜日。
花城とデートだと知った倉持達から散々恨み言を聞かされながら見送られ、待ち合わせ場所で花城と合流し、俺たちは駅前に向かった。カラオケや雑貨屋などが入っている複合ビルに入り、カラオケの受付がある3階へと向かう。
「あ、先輩。」
すると途中で花城が俺を呼びとめ、雑貨屋に入って行った。
「あ、やっぱり。これいっくんにそっくり。」
花城がそう言ったのは、白い犬をかたどったストラップだった。確かにこんな感じだったかもしれない。
「行こう、先輩。」
「ああ。」
気が済んだのか、花城はそう言って俺の手を引いた。
カラオケの受付でははてなマークを飛び交わせる花城の横で機種や時間を選び、確かに初めてだとハードル高いかもな、と新たな発見をする。ドリンクバーでドリンクを取り、いよいよ個室に入ると、花城は何もかもを物珍しそうに見渡した。
「これ…何?」
「デンモク。それで曲を選んで、入力するんだよ。何歌う?」
「え?やだ、先輩先に歌って。」
恥ずかしそうに機械を押し付けられた。カラオケに慣れていない人のごく普通の反応だ。
「はいはい…」
俺は歌い慣れた邦楽を入力し、マイクを持った。
***
1時間ほど楽しみ、花城の緊張も解けてきた頃、俺は椅子から立ち上がった。
「ちょっとトイレ行ってくる。」
「うん。」
花城は機械を弄りながら頷いた。すっかり慣れたな…楽しんでいるようだから、よかった。
俺は部屋を出ると、急いでカラオケ店の前の雑貨屋へ入り、さっき花城が飼い犬に似ているといった犬のストラップを買って包装してもらい、また急いでカラオケの個室に戻った。
「あ、先輩!」
すっかり機械を使いこなしている花城は、俺が戻ると待っていたように顔を上げた。
「ねえ、採点なんてできるの?」
「ああ、それな…やってみる?」
「じゃあ勝負しよう?」
「お、いいぜ〜。負けた方は買った方の言うことを一つ聞くってことでどう?」
「い…いいよ。」
「言ったな?じゃ、俺からいくぜ。」
…とは言ったものの、この1時間でわかった。花城、かなり歌が上手い。もともと声が良いし、安定した音程と幅広い音域、それから透き通るようなビブラート。採点システムだと判断基準が機械的になる分予測不能だが、手強い敵になりそうだ。
1曲歌い終え、俺の点数はなかなかの高得点、92点だった。
「…じゃ、次私ね。」
花城はマイクを持って立ち上がった。そう言えば花城って…かなり負けず嫌いなんだよな。
ま、そういうとこが好きになった理由の一つなんだけど…。
思った通り花城は上手く歌い上げ、緊張した顔で点数が表示されるのを見つめた。
結果は…90点。音程は完ぺきだったものの、声量が足りなかったらしい。
「負けた〜〜…」
項垂れる花城はレアだ。俺ははっはっはと笑って、腕と足を組んだ。
「さーて何してもらおうかな…」
「鬼…」
「まだ何も言ってないだろ。」
誰が鬼だ、と笑って、悔しそうな花城を見つめた。
「じゃあ…御幸先輩大好き♡って言って?」
「……。」
「そんな目じゃなくちゃんと笑顔でな。」
眉をひそめて目を細めた花城は、ごほん、と咳ばらいをし、にこっ、と笑顔を作って小首をかしげた。
「御幸先輩、大好き。」
「………くっ…!!」
か…可愛い…!!
予想以上の破壊力に平静を装えなくなり、俺は咄嗟に後ろを向いた。
「ちょっと〜…酷いよ、恥ずかしいけど頑張ったのに。」
「いやごめん…ごめん…」
「笑いすぎ!」
「……。」
笑ってるんじゃなくて、照れすぎて緩みきった顔が戻らないだけなんだけど…言えない。それこそ恥ずかしすぎる。
「悔しいからもう1回!」
「お〜いいぜ(笑)」
「次は絶対勝つから!」
今度は私からね!と花城は曲を入力した。やっぱり負けず嫌いだ…こいつ。
そして今度の花城の点数は驚異の98点。俺はと言うと96点と健闘したものの、負けてしまった。
「やった!」
俺の点数が表示された瞬間、花城は喜んで、俺は苦笑した。
「で、何すればいいの?」
「えっとね…。」
わくわくした顔で一生懸命命令を考える花城。
「じゃあ、眼鏡外してみせて。」
「やだ。」
「やだって何?」
「それ以外で。」
「そんなのズルい!」
身を乗り出した花城に、わかったよと苦笑して、俺は眼鏡をはずした。こんなに改まって素顔を人に晒すのはいつぶりだろう。
「…ほら」
「……。」
花城はおそらくじっと俺の顔を見つめた。眼鏡をかけていないからぼやけるけど、花城がこっちを向いているのはわかる。花城の表情がわからないから余計にむずむずして、俺は早々に眼鏡を戻した。
「はいおわり〜」
「あっ、早いよ。」
「は〜眼鏡落ち着く〜」
「あはは。なにそれ。」
「俺の一部なんだよコレは。」
「なにそれ。」
無邪気に笑う花城と、楽しい時間を過ごしていると、時間はあっという間に過ぎる。
いつの間にか帰る時間になって、俺たちはビルを出た。花城を家まで送り届けた頃には、辺りは薄暗くなっていた。
「ありがとう。」
花城は門の前で俺に微笑んだ。俺はドキドキしながら、ポケットから小さな可愛らしい袋を取り出した。
「あと…これ。」
「え…?」
花城は袋を受け取り、開けてもいい?と尋ね、俺が頷くと袋の中身を取り出した。
「これ…。」
白い犬のストラップを見て、花城はしばらくぽかんとしていた。
「…え?え?なんで?いつ買ったの?」
「ナイショ。」
「え…えぇ??」
予想以上に花城は驚いてくれて、しみじみと呟いた。
「すごい…魔法みたい」
ま…魔法!?ここまで感動してくれるとは…。嬉しいけど、ただ急いで買って来ただけなんだけどな。恥ずかしいから本当のことはやっぱり内緒にしておこう。
「ありがとう先輩。」
「いや…花城がくれたもんに比べたら、大したもんじゃないけど…」
「そんなことない。」
花城は近づいてきて、俺を見上げた。これは、もしかして…。
少し庇むと、花城が受け入れるように顔を傾けた。そしてそのまま、静かで少し長いキスをした。
キスの後のはにかんだ花城の可愛い顔は、俺しか知らない特別な顔。
「すごく楽しかった。」
「…よかった。もう暗いし、中入って。」
「ふふ、うん。」
心配性の俺をからかうように花城は笑って、門の中に入った。
「おやすみなさい。」
「おやすみ。」
そして手を振って見送ってくれる花城に手を振り返し、俺は浮かれた気分で寮に帰ったのだった。
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