044


春休みに入り、俺は3日間だけ自宅に帰ることにした。
昨日の夜帰った時には光はもう就寝していて顔を見ておらず、今朝はまだ起きてこないのかそれともどこかへ出かけたのか、やはり顔を合わせていない。
俺は一人で朝食をとり、新聞を読んでいた。
食後のコーヒーを運んできた使用人が、静かにカップを置いた。

「今朝のスープはいかがでしたか?」

使用人がカップを置きながらそんな質問をしてきて、俺は眉を寄せて使用人を見上げた。そんなことを聞かれたことはなかったからだ。
何か変わったメニューだったか?スープは確か、普通の人参のポタージュ…。

「…美味かった。」

怪訝な顔のままそう答えると、使用人は眉を上げて含むような笑みを浮かべた。

「今朝のスープはお嬢様が作られたんですよ。」
「…光が?」

……。料理なんて興味もなかったのに?

「どうして?」
「先月頃から練習したいと仰られて、毎日のように料理人とキッチンにおられます。随分御上達されたんですよ。」
「……。」

…屋敷には代々仕えている料理人がいるのに、わざわざ料理の練習?

「栄養についても学びたいと仰られて、ご自分でお勉強もされているようです。」
「……。」
「光臣様のお身体を慮っておられるんでしょう。」
「……。」

使用人は含み笑いを残して部屋を出て行った。
光が俺の為にそんな献身的なことをするわけない。多分、付き合っている男の為だろう。手料理が食べたいとかなんとか言われたんだろうか。
コーヒーを飲み終えて光の自室に行くと、ノックの後少しして「どうぞ」と返事が返ってきた。家にいたのか。

「……。」
「何?…あ、光臣」

無言で入ってこないでよ、と光は机に向かったまま言った。

「何してるんだ?」
「別に。」
「……。」

後ろから覗くと、開かれた本にはたんぱく質だの糖質制限だのという言葉が散らばっていた。
…栄養の勉強…。ただ料理を練習するだけじゃなくここまで?管理栄養士でも目指してるのか?

「今忙しいんだけど。」
「…今度は何してるんだ?ブラウニーで料理の楽しさに目覚めたとか?」
「……。」

急に静かになった光に、なんとなく嫌な予感を覚えた。

「何だ?…もしかして、ブラウニーを失敗したから料理の特訓をしてるとか?」
「違う。美味しいって言ってくれたもん。」
「じゃあ何だよ。」
「…私のこと料理上手だと思ってるの」
「……。」

ぐっと息を止めて笑いを堪えたが、光に「震えてるんだけど」と睨まれた。

「米の炊き方も知らないくせに…」
「今は知ってるもん!偉そうに言わないでよ、光臣なんてコーヒーの淹れ方も知らないでしょ!」
「俺を引き合いに出すなよ。」
「とにかく、もうスープくらいなら作れるし、今度パンの焼き方も教わるんだから。笑っていられるのも今の内だからね。」
「別に馬鹿にしてるわけじゃない。」

ふん、とまた机に向かう光。随分熱心だ。

「…それで栄養学まで始めたのか?やりすぎじゃ?」
「食事に気を遣ってる人なの。」
「…生活習慣病患者とでも付き合ってるのか?」
「スポーツしてる人!どういう思考回路してるの?」

…そういえば光が通っている青道高校は、野球部の強豪校として知られているんだったか。今年は甲子園出場ならず、とかなんとか、テレビで話題になっているのを見た気がする。まあ、光の交際相手がそれと関係あるかはまだわからないけれど。

「気が散るからどこか行ってて。」
「……。」



***



「お嬢様、光臣様。応接間にお越しくださいな。」

長年仕えているメイド長がまるで誕生日のサプライズでも企てているような笑顔で俺たちを呼びに来た。応接間に入ると、光は入り口で立ち止まった。部屋の中には、たくさんの純白のドレスが並んでいた。

「……。」

若い女の子ならば無条件で頬を綻ばせてしまいそうな光景だが、光は静かに瞬きをしただけで、口元一つ緩めずに黙り込んでいた。

「そろそろドレスのデザインを決めなければなりませんからね。旦那様が特別なデザイナーを手配してくださいましたよ。お嬢様のご希望を踏まえて、特注のドレスを1から作ってくださるそうです。お気に召したデザインはございますか?」
「……。」
「デザインをある程度決められたら、採寸もございますからね。」

光は綺麗な洋服やアクセサリーが好きだし、メイド長も光が喜ぶと思ってそう言ったのだろう。

「光臣様もどうです?お嬢様にお似合いになりそうなドレスをご覧になってみては?」

それに俺と光の仲がいいと思って、結婚を楽しみにしていると思って、そう言ったのだろう。

「…決まったら呼ぶから、下がっていてくれ。」
「かしこまりました。」

失礼いたします、とメイド長が部屋を出て行くと、光は疲れたようにソファに座った。

「どれにする?」
「…どれでもいい」

投げやりに呟く光。ドレスを見ようともしない。

「だったら早く終わらせて、少しでも時間の無駄を省いたほうがいいんじゃないのか。」
「……。」

しかし俺の言葉で、渋々立ち上がった。

「これなんてどうだ?」
「…どうして?」
「なんとなく光に似合う気がする。」
「……。」

そしてちょっと興味がわいたように進み出てきて、ドレスの袖に触れた。
この中のどれを着たって、きっと光は綺麗だ。そして笑顔になれば、この世で一番美しい花嫁になるだろう。
でもきっと、俺の隣ではそうはならない。

「…そうかな…。」

まんざらでもなさそうにドレスの周りをまわって、袖や裾やレースのデザインを確かめる光。繊細だけど素直で純粋無垢な、可愛いところもある。

「ああ。こういうのにしろよ。」
「…光臣がそう言うなら」
「二の腕が隠れるし…」
「いっくんのエサになりたい?」
「イリスを巻き込むなよ。」

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