004



「お、どうした?」

私たちが手ぶらで帰ってくると、まだ庭にいたドレンが不思議そうにやってきた。

「ソーマが腹痛いってさ。」
「ええ?大丈夫かあ?」
「へーきだよ。」

二言三言、言葉を交わす彼らを見ていると、ソーマは私たちを振り切るように足早に塔へ入ってしまった。あの様子だと自室に戻ったのだろう。
なぜ彼が急に気分を変えて帰ったのか、何もわからないまま、私は渡されたままの短刀を見た。

「あ、それ、俺が片付けておくよ。」

するとリヒトがにっこりと人懐こい笑みでそれを取り上げ、倉庫に向かっていった。片づけてくれるらしい。
私がお礼を言うと、リヒトは軽く手を振って倉庫に入っていった。
結局狩りは中止のようで、私はこれから空いた時間をどう過ごそうか考えを巡らせた。

「レイちゃん!」

すると、リヒトがすぐに倉庫から戻ってきて、私のそばへ駆け寄った。

「ヒマになったし、一緒に散歩にでも行こうぜ。」

私の背中を少し押して促して、リヒトは歩き出す。
散歩。その単語を聞き取って、私はうなずき、彼と並んで歩きだした。

森と庭の境目あたりの、花が咲き誇る草地をのんびりと歩きながら、私はリヒトの柔らかな赤毛が陽の光に照らされて輝いているのを見た。

「お!ブルーベリーだ」

ふいにリヒトが低木に駆け寄って、紫色の小さな実をポロポロと摘み取った。

「ほら!食ってみ、甘いぞ。」

その実を私に手渡すと、リヒトはシャツの裾を持ち上げ、そこにポロポロと実を集めていく。
その様子を見つめていると、リヒトが振り向いた。

「どした?食ってみろって、ほら。」

実を一つ口に放り込んで見せて、私の手にある実を指さすリヒト。食べろということらしい。
その実はブルーベリーにそっくりで、確かこの世界は現実の世界にある食材や料理がたくさん出てきていたことを思い出し、これも普通のブルーベリーなのかもしれないと思った。リヒトに見つめられてその実を口に入れると、味も甘いブルーベリーの味そのものだった。
その甘さについ頬が緩むと、リヒトもつられるようにはにかんだ。

「な?うまいだろ!」

リヒトは素直で屈託なく、一緒にいて楽しませてくれる、温かい人だ。
私への好意も感じるけれど、それはここに私以外、同年代の女の子がいないからだろうとも思う。
だけど彼の親切は、私にとってありがたいものだった。

私は思いついて、リヒトの隣に並び、実をいくつか摘んだ。
そんな私をからかうように見たリヒトに、私ははにかむ。

「ソーマに。」

そう言うと、リヒトは不意を突かれたように口をとがらせ、気恥ずかしそうに笑った。

塔に戻ってひとりでソーマの部屋へ行く。
ドアをノックすると、ややあって、気だるそうなソーマがドアを開けた。
鬱陶しそうに私を見る切れ長の黒い瞳。だけど、その目は澄んでいて、どこか安心感を覚える。
同じ日本人だからだろうか。

『はい。これ、ブルーベリーみたいな実。甘くておいしいよ。』

ソーマは私が差し出した包みを、少し迷うように見て、おざなりに受け取った。

『…あー』
『大丈夫?体調でも悪いの?』
『別に。』
『でも、元気ないから。急に帰るし。』
『…ちょっと、腹が痛くなって』
『え?うそ。大丈夫?サラ呼ぼうか?』
『いい。寝れば治る』
『でも…』
『いいから、ほっといてくれ』

そう言われてしまっては、私も何もできず黙ってしまった。
ソーマは本当に邪魔そうな物言いだし、そっとしておくほうがいいのかも、と思った。

『…わかった、でも何かあったら言ってよね?』
『はいはい』
『もー…』

最後までひねくれた彼に呆れの視線を残しつつ、私は踵を返した。

『…おい』

と、ソーマに呼び止められ、私は踏みとどまって振り返る。

『何?』
『さっきの場所のことだけど…お前、絶対にあそこに近づくなよ。』
『え?』

さっきの場所って…リヒトが言っていた、この塔が修道院だった時代に崇拝されていた、何かが祭られている祠のことだろう。

『なんで?』

さっきのリヒトやソーマの様子からして、別に危険な場所ではなさそうだった。
だけど…そうだ、私が、声が聞こえると言ってから、ソーマの様子がおかしくなった。

『…声が聞こえる、って言ってただろ、お前。』
『…うん。気のせいだったかもしれないけど』
『…。声が聞こえるやつは、近づくと危ない』
『え…どうして?』
『俺もそうだったから』

『…え?』

予想外の答えに、私は目を瞬く。

『危ないって…どうして?何があったの?』
『言えない。でも、あそこに行ったことを後悔してる。』
『どういうこと…?』
『とにかく、お前は行くな。いいな。』
『でも…』
『いいから、約束しろ!』

ソーマの剣幕があまりにも真剣で、私はつい、こくこくとうなずいた。

『…わかったな。じゃあ。』

ソーマは落ち着き、私の前でドアを閉めた。
静かな回廊で、私は首を傾げ、一人階段を下りて行った。



***



しばらく時が流れ、森の木々は葉が赤や黄色に染まり、肌寒い季節になってきた。

「レイちゃん、その恰好じゃそろそろ寒いだろう。倉庫に上着がいくつかあったはずだから、好きなのを探しておいで。」
「はい。」

朝食の支度のときにサラに言われ、私はキッチンを出て冷えた石の廊下を歩いた。
少しずつ、ソーマに間に入ってもらわなくても、不自由なく会話できるようになってきた私は、ここでの暮らしが楽しくなってきていた。
美しい自然に囲まれ、少し不便ながらも丁寧な彼らとの暮らしは、心が落ち着き、穏やかな気持ちにさせてくれる。

倉庫につくと、そこにはソーマがいた。

『あ、起きてたんだ。おはよう。』
『おー』

言葉を覚え始めたといっても、ついソーマとは楽な日本語で話してしまうこともある。
ソーマは埃のかぶった木箱を動かし、何かを探している様子だった。

『何探してるの?』
『なんでもねぇ。どっか行け』
『上着を取りに来たの。寒くて』
『……。』

ソーマは不服そうに倉庫から出てきて、私に先を譲ってくれた。
私は服が仕舞われたおおきなワードローブを開け、柔らかな薄い皮の上着を取り出して羽織ってみた。深い古ぼけたグリーンの上着は、私には少しゆとりがあったが、これが一番小さいサイズの服らしい。

『どう?』

どこか変なところはないか、という意味でソーマに聞いたのだが、彼はいつもながらうっとうしそうに眉をひそめた。

『別にどうでもいい。』
『もー…変じゃないかってこと!こういう昔の服?ファンタジー映画みたいなさ。着慣れないんだから、わからないの、わかるでしょ?』
『変ではない。』
『まったく…』

ソーマは本当にひねくれている。私はあきれた目でソーマをにらみ、倉庫から出た。

『どうしていつもそう不機嫌なの?』
『これが普通なんだよ』
『ソーマって友達いなかったでしょ』
『……。』

ソーマはその言葉が気に障ったのか、手を止めて暗い倉庫から私をにらんできた。
だけど私はひるむことなく、むしろこらえきれずに噴出した。

『もっと優しさをもちなよ、リヒトを見習ってさあ』
『あんな能天気バカ、あいつ一人で十分だろ』

「あ〜!レイちゃーん、おっはよ〜」

あまりにもいいタイミングでリヒトの明るい声が響いてきたものだから、私は笑い声をあげ、さすがのソーマも仏頂面を少し崩して口元をにやけさせた。

「えっ、なになに?なんで笑ってんの?」
「なんでも…ないよ」
「…ぶっ…。」
「うそだソーマがこんな笑ってるのレアじゃんか!俺にも教えてよ〜」

廊下に笑い声が響く楽しいひととき。
だけど、ソーマを見たとき、きゅうにソーマが唇を噛んだのを見た。その表情はひどく怯え、そして怒っているような様子で、笑みは消え、聞こえないくらいのため息をついて、ソーマは倉庫から足早に出てきた。

「! おい…?」

そしてソーマは私たちの間を強引に通り抜け、外へ出て行ってしまった。
私とリヒトは疑問だらけの顔を見合わせ、リヒトはあきれたように目を細めた。

「…ま、あいつはほっとこうぜ。」
「う、うん…」
「それよりレイちゃん、いつもと服が違うじゃん!似合う、かわいい!」
「あ…、ありがとう…」

リヒトは素直にまっすぐに好意を伝えてくれる。そんな彼といるのはとても心地がいいのに、私はどうしても、ソーマの心配が胸に引っかかって離れないのだった。

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