冬を越え、春。
「レイちゃん!」
森の木漏れ日に照らされて輝くリヒトの笑顔。彼が差し出した赤い果実を、私はそのまま唇で食む。
「甘い!」
「だろー?たくさん取ってって、サラにおやつ作ってもらおう」
無邪気に笑ったリヒトを見上げると、彼の目が焦がれるように私を見つめる。
動きを止めて、迷うようなリヒトの赤くなる頬を、私もじっと見つめる。
その視線で決意したように、リヒトがすこし身をかがめた。私が少し顔を上げ、受け入れるそぶりを見せると、リヒトは戸惑いつつ、少しずつ顔を近づける。
唇が触れ合い、胸に温かさが広がった。
唇はすぐに離れ、真っ赤になったリヒトの顔が見えた。
すぐにはにかみ笑顔を浮かべた彼は、恥ずかしそうにそっぽを向く。
だけど私をうかがうように振り向いて、目が合うと、お互いにこらえきれず笑いあった。
「春だなぁ〜」
塔に帰ると、じゃれあいながら庭に入ってきた私たちを、ドレンがからかうように目を細めながら言った。
「なんだよ、おっさん!」
「がっはっは!」
恥ずかしそうに反抗するリヒトに、ドレンは腹を抱えて豪快に笑う。
そこへキッチンからサラが出てきて、私たちに手を振りながら大きな声で呼んだ。
「あんたたちー、お昼ご飯にするよ〜!」
その呼び声で、ドレンは畑仕事の道具を片付け始め、リヒトは摘んできた果実を持ってサラに駆け寄っていく。
「私、ソーマ呼んでくる!」
私は皆にそう言って、塔の中へ入った。
あまり光が差し込まない回廊は、一歩入るとひんやりとした空気に身を包まれた。
少し目が覚めたような気がして、一歩ずつ硬い石の階段を上がっていく。
ソーマの部屋の前につくと、古い木のドアを数回ノックした。彼は勝手に開けられるのを嫌がるから、彼が開けてくれるまでそのまま待つ。
ややあって、いつものように、ソーマがドアを開けた。
いつものように気だるそうな顔を予想していたけど、なぜかソーマは汗をびっしょりかいていて、少し息も切れていて、どこか辛そうに眉を寄せる顔を見て、私は息をのんだ。
『お昼ご飯だけど…ど、どしたの?』
『別に…』
ソーマは乱暴に額の汗をぬぐい、深いため息をつく。
『具合悪そうだけど…顔も真っ青だよ?ちょっと、サラを呼んでくる…』
『いいって!』
ソーマが私の腕を強くつかんで引き留めた。痛みに顔をゆがめると、ソーマは少し慌てたように手を離した。
『…ねえ…本当に大丈夫?』
『…平気だよ』
『よく、具合悪そうにしてるけど…いつも隠してるよね?今日はいつもより、すごく、悪そうだし…』
『……。』
『…なんで?』
ソーマは唇をかみ、どこか落ち着かない様子で考え始め、あきらめたようにまたため息をついた。
『…だからだよ』
『え?』
『こうなりたくなかったら…あの祠には近づくなよ。』
『…え?何で…』
『俺は昼飯はいいってサラに言ってくれ』
言いたいことだけ言って、ソーマはドアを閉めてしまった。
以前にも、あの祠には近づくなとソーマに言われた。危ないから…と。
ソーマはそれで後悔したって…。
それがよくソーマが体調を崩すことと関係があるのだろうか?
ソーマは隠しているようだけど、私だけが知っていて、サラたちに相談しないままで、本当にいいのか…。
思い悩みながら食堂へ行くと、皆がわいわいと食事を配膳していた。
「あれ、ソーマは?」
フォークを並べていたリヒトが目を丸くして私を見る。
「いらないって…。」
「またかぁ?ったく、いつまで反抗期なんだか。」
リヒトはいつものことのように言って、並べたフォークを一つ回収し、キッチンに持っていった。
「まあソーマも難しい年ごろだしなぁ、複雑だろうさ、レイをリヒトにとられちまったし…」
「え!いや、別にそういうのじゃ…」
「んもう、ドレン!そういうことを言うと嫌われるよ!」
サラにどやされたドレンはギクリとして黙り込んだ。
私とリヒトは気恥ずかししく目配せをする。
ソーマから、リヒトのような好意を感じたことはない。むしろ近づくと迷惑そうで、放っておいてほしい様子だし…。それがむしろ、私は寂しく思うくらいで。
「まあ、私が後で何か持っていくさ。さあ食事にしましょ」
サラが明るく言って、私たちは席に着いた。
***
夕方、ソーマの様子が気になって、私は彼の部屋を訪ねてみた。
ドアをノックすると、ゴトン、と鈍い音がした。
そしてそれきり静まり返り、いつまでもドアが開かない。
だんだん不安になってきた私は、ドアを少しだけ開けて中をのぞいた。
『!…ソーマ!』
部屋の中ではソーマが床に倒れていて、布団や本が散乱していた。
『どうしたの!大丈夫!?』
彼に駆け寄ると、意識はあるようで、震える手が私の腕にしがみついてきた。
『…誰にも言うな』
『まだそんなこと…!』
私はソーマを落ち着かせながら、散乱した本を見た。この塔の図書室から持ってきたものらしい古ぼけたたくさんの本。よく見てみると、この地の宗教にまつわる本ばかりだ。
『…あの祠のこと、調べてたの?』
『……。』
ソーマは祠に行ったことが体調不良の原因かのようなことを言っていた。彼は彼なりに、それを治す手段を探していたのかもしれない。私たちにそれを隠す理由がわからないけど…。
『どうして一人で抱え込むの?皆で調べようよ!そのほうがきっと…』
『だめだ…言うな』
『なんで?』
少し落ち着いてきたらしいソーマは、身を起こして私から離れた。
『これがどんなものか…お前は知らないだろ』
ソーマはそう言って、左手の包帯を外した。そこには黒いあざが刻まれていた。
『それ…何?』
この世界のことだから紋章なのだろうが、ここへ来て初めて紋章を見たし、この紋様はゲームでも見たことがない。
まるで髑髏のような…禍々しい形だ。
『知らない…。あの祠へ行って、声が聞こえて…目の前が真っ暗になって。気づいたら、これがついていた』
『声って…?』
『…ずっと…同じことを語りかけてくる。』
『なんて…?』
『……。』
ソーマはひどく追い詰められたような顔で、辛そうに迷う目を伏せ、吐き捨てるように言った。
『消せ…殺せ…すべて壊せ…。お前らが、楽しそうにしていると、特に…声が大きく響いて、体の奥が痛くなる…』
私は言葉を失い、ソーマを見つめた。
『楽しいって…一瞬でも思うと…衝動的に、全部、ぶち壊しそうになる』
部屋は静まり返った。薄暗い部屋の空気は冷えていて、床に触れている足が寒かった。
『だから…私たちを避けてたの?』
ソーマは答えなかったが、それが答えだった。
『私…あの祠に行ってみる』
『は…!?話、聞いてたか!?』
『だって!私にも声が聞こえるなら、何かわかるかもしれない』
『ふざけるな絶対に行くな!絶対許さねえぞ』
『ソーマ…口は悪いけど、私のこと心配してくれてたんだね』
『……。』
ソーマは唖然として口をパクパクさせ、参ったようにぐしゃぐしゃと頭をかいた。
『バカが…』
『じゃあ、行ってくるから』
『バカ、待て!』
立ち上がりかけたところで、ソーマに腕を引っ張られ、引き戻された。
『行くなっつってんだろ!』
『だってこのままじゃソーマが…』
『お前が行ったところで同じ目に合うだけだったらどうするんだよ!何も意味ねえだろ!』
『行ってみなきゃわからないでしょ!』
『わかるわ!俺の時だって…何が何だかわからないままこうなった。殺せって…それ以外あの声は、何も言わねえんだよ!』
『……。』
『頼むから…頼むから絶対に行くな!』
あのソーマが泣き出しそうにそう言うものだから、私は胸が痛んで、ソーマに向き直って座りなおした。
『わかった…いかないから…。だから、離して』
そう言うと、ソーマは手を震わせながら、私の腕を離した。
『…じゃあ、せめて、なにかあったら私には話して。一人にならないで。私もできる範囲で、ソレのこと…調べるから』
『……。』
ソーマが震える息を吸い込んだ。少し落ち着いたらしい彼を見て、私は安堵し、立ち上がった。