その日、俺たちはみんな、一瞬でその子に恋をした。
汗ばんで火照った肌に、まだ少し冷たい春の風が心地いい。
掛け声と、硬球が跳ねる音。土のにおいと、少し青臭さの混じった、甘い春の花の香り。
誰かが打ったボールが大きく打ちあがり、少しかすんだ春の青空に吸い込まれるように飛んでいく。
今思えばそのボールが導いてくれたのかもしれない。
飛んで行ったボールを誰しもが目で追い、数人がつられるようにして追いかけた。
空を見上げ、口を開けたまま、操られるみたいに。
俺もその中の一人で、ボールが落ちて校門の外へ転がっていくのを見て、少し駆け足になった。
転がっていったボールは、通りかかった女子生徒の足元で止まった。
女子生徒は少しひざを折って、白魚のような手で土まみれのボールを拾い上げる。
長い亜麻色の髪の毛がさらりと肩から落ち、彼女の横顔を隠した。
「すいませーん、ありが…」
声をかけた俺を、彼女が振り向いて見た。
目が合って、息をするのを忘れた。
あまりにも、きれいな子だったから。
「…とう、ございます」
何とかお礼を最後まで言って、女子生徒に歩み寄った。彼女は俺の野球のユニフォーム姿と、手のひらに収まった野球ボールを見比べて、ボールを差し出してきた。
その手に不用意に触れてしまわないよう、細心の注意を払って、俺はボールを受け取った。
小さく会釈をして、彼女は踵を返し、正門の方向へ歩いていく。
その背中を、呼び止めなければという焦燥に駆られた。
「――あの!」
彼女は立ち止まり、はじかれたように振り返った。
「名前は?」
衝動のままに口から出た質問に、彼女は戸惑いをその目に浮かべたが、ためらいがちに唇が動くのを見て、俺の胸は早くも高揚して高鳴った。
「…花城です」
彼女の声は小さかったが、はっきりと聞こえた。まるで周りの雑音がやんだように、彼女の声以外、何も耳に入らなかったから。
「花城?」
確かめる俺の言葉に、控えめに頷く彼女。その黒目がちで大きな瞳は、俺を窺うように見ている。
「俺は御幸。2年の御幸一也。」
春風が背中を押すように吹いた。
「…よろしく。」
花城は目を瞬いて、頷くように会釈をし、また正門の方に向かって歩き出した。
その背中をしばらく見つめて、後ろ髪引かれる思いで踵を返すと、そこには野球部の連中が間抜けなあほ面で固まったまま立ち尽くしていた。
「うわ、なんすか?皆して…」
今の子に声を掛けていたのを見られていたかと思うとちょっと気恥ずかしくて、揶揄うようにヘラリと笑うと、何人かは顔を赤くして、その中にいた倉持がズカズカと歩み寄ってきた。
「テメーこそな〜に可愛い子だからってナンパなんかしてんだよ!練習中によ!!」
「はっはっは。ナンパじゃねえって名前聞いただけ。」
「ナンパだろ!!」