005


5年の時が過ぎた。

私とイルスはひと月ほど前にシメオンの元を離れ、クールークからイルヤ島を経由して、昨日、このミドルポートへやってきた。ここは賑やかな島で、街並みも美しく、行商や旅人が多く集まる、群島諸国内でもかなり発展している島の一つだ。
私がマンゴージュースを手に町の広場へやってくると、港の方からイルスが慌てて走ってきた。そして、私を見つけて心底安堵したような、そして泣き出しそうな顔で駆け寄ってくるのだった。

「キナ、もー、探したよ!またいつの間にそんなの買って……僕の分、は無いよな、そうだよな……」
「ちょっと、黙ってて」

私はぐだぐだ言うイルスを邪険にし、広場の噴水の淵に腰かけ、足を組んで落ち着いた。イルスはぶつぶつと文句を言いながらも私の傍へやってきて、隣に座った。

「それで、それらしい人は見つけた?」

イルスが諦めの混じった声で問う。私がマンゴージュースを飲みながら首をかしげると、イルスはハッとため息を吐いた。

「キナがここにいると言ったんだぞ。どんな根拠があったのか知らないけど。今回のは危険なものなんだから、もっと真剣に…」
「ミドルポートに絶対いるとは言ってない。このあたり、って言ったの。ラズリルの方が可能性が高い、って。それに、危険なのは今回に限ったことじゃない。」
「そうだけど……ラズリルは海上騎士団があるから、上陸審査が厳しいんだよ。わかるだろ?俺たちはクールークから来たんだ。許可証もないし商人でもない。どうやってラズリルに入るんだよ?」
「それを今考えてるの。」
「……。」

イルスはもどかしげに肩を竦めて、広場を眺めていた。私はマンゴージュースを飲みながら、同じように広場を眺める。時間はお昼を回ったところで、旅芸人たちの奏でる愉快な民族音楽や、植木に溢れんばかりに咲いた鮮やかな花が広場を彩っている。
そんな広場に、ふと注目を集める一行が入ってきた。青いお揃いの鎧に身を包んだ4人組。キナは隣のイルスに尋ねた。

「あれは海上騎士団の人?」
「ん?…ああ、たぶん、そうじゃないかな?いやでも、青い鎧だから見習いだな。ミドルポートにはよく、騎士団員が任務で来るらしいよ。」
「ふうん……。」

キナは相槌を打つと一呼吸おいて、呟いた。

「彼だ。」
「え?」
「あの、先頭の男の子。」

視線を向けて、イルスに示す。

「…赤い鉢巻の?」
「そう。」
「そいつが、何?」
「今回の宿主。」
「え!?」

イルスはまた少年に目を向けて、じっと集中した。イルスの碧眼がわずかに光り、一瞬空気が止まる。しかしイルスはすぐにそれをやめ、不満げにキナを振り返った。

「何も感じないけど?」
「そりゃあ、今は違うからね。」
「…どういうことだ?」
「今は宿主じゃない。まだね。でも、もうすぐ宿主になる。」
「……はぁ?」

イルスは少年とキナを交互に見、抗議がましく手振りを交えて訴えた。

「なんだそれ?どうしてそんなことがわかるんだよ?」
「イルス。私たちは鍵の宿主として、別の世界からこの世界へ来たでしょ。」
「…それが?」
「私の世界ではね、この世界のことがほんの少し、わかるの。信じて。」
「…誰が宿主になるか、知ってるってこと?」
「全員じゃないけどね。」

イルスは腑に落ちない顔をしたが、口を噤み、ゆっくりと息を吐いたと思ったら、頷きながら言った。

「…ま、いいや。信じるよ。それでどうするんだ?」
「うーん……」

広場に視線を巡らせると、路地裏に続く建物の角で、3人組の若い男たちがしきりにこちらを見ていることに気が付いた。私は立ち上がり、飲みかけのマンゴージュースをイルスに押し付け、歩き出した。
どこいくんだよ?と慌てて追いかけてくるイルスを手で制して、私は若者たちの方へと向かう。

「てっとり早く怪しまれずに知り合うには、これが一番でしょう。イルス、何があっても絶対に出てこないでよね。」

小声でそう言い残し、素知らぬ顔で若者たちの前を通り過ぎ、路地裏へと足を踏み入れる。数歩あけて、若者たちがついて来た。狙い通りだ。しばらく進み、広場の喧騒が遠ざかったところで、彼らは声をかけてきた。

「お姉さん。一人でどこ行くの?」

私は立ち止り、振り返る。不安に顔を曇らせ、彼らを上目づかいで見渡す。

「だ…誰?」

か細い女の声を聞いて、若者たちが調子づいたことが分かった。彼らはニヤニヤと笑みを浮かべ、じりじりと距離を縮める。

「お姉さんの名前を教えてよ。」
「そんなに怯えないでさ。俺らと遊ぼうよ。」

そうして彼らの一人が私の腕を掴んだ。やんわりと抵抗し、掴む力をわざと強くさせる。しばらく曖昧な態度で、彼らを焦らせた。短気な青年たちだったおかげで、すぐに押し問答のようになる。そこで私はやっと声を上げた。

「いやあ!誰か助けて!!」

青年たちの目が丸くなり、戸惑いが露わになる。まもなくその後ろに、4人の人影が駆け付けた。青い鎧の彼らだ。騎士団員の彼らが悲鳴を聞いて駆けつけないわけがない。彼らはあっという間に青年たちを諫め、追い払った。赤くなった腕をさする私に、彼らは安堵を与えるような微笑みを向けた。

「大丈夫ですか?」
「このあたりは人通りが少ないですから、女性一人では危ないですよ。」

そう優しく諭す彼らに、私はか弱く「すみません」と頭を下げる。

「行きましょう。広場まで送ります。」

そう言った彼らに頷いて、私は一緒に歩き出した。

「あの…騎士団の方ですか?」
「はい。といっても、先日見習いを卒業したばかりで。…あ、僕はスノウ。彼はカイ、そしてケネスと、ジュエルです。」
「よろしく。」
「あ…私はキナです。よろしくお願いします。」

彼らは皆会釈を返して、また真面目な顔つきで前を向いた。

「あの…騎士団の方は、困ってる人を助けてくれるんですよね?」
「え?ええ…まあ、そうですね。なにか、困ったことでも?」
「……はい。実は、さっきの人たち。少し前から付きまとわれていて、困っていたんです。」
「…それは、大変ですね。」

スノウは心から同情するように優しい表情で頷いた。

「だから…もう、この島にいたくないんです。お願い、ラズリルに連れて行ってくれませんか?騎士団が…あなたたちみたいな方がいるラズリルなら、安心できますから。」
「え、ええっと…もちろん、それは構わないですよ。僕たちが守りますから、安心して。そうだ、明日僕たちが乗る哨戒船で、ラズリルまで送りましょう。朝、港へ来てください。待ってますから。」

スノウは少し顔を赤くして、いい気になったように頷いた。

「よかったあ……ありがとうございます。騎士様って、強いだけじゃなく、優しいんですね。」
「当然のことですよ。あ…広場に着きましたね。でも、もしよかったら、この先も送りますが…」
「キナ!」

スノウの言葉を遮って、怒ったような顔でずんずんと近づいてきたのはイルスだった。突然現れた見目麗しい青年に、騎士団員4人はあっけにとられている。私はイルスが口を開くより先に、彼らに友人のイルスだと紹介し、イルスにも彼らを紹介した。

「ごめんなさい。ちょっと、迷子になっちゃったの。」

じっとイルスの目を見て訴えながらそう言うと、イルスはぐっと口を噤んだ。ここで何か下手なことを言われてしまえば、私たちは一気に怪しまれてしまう。せっかく、警戒されずに出会う作戦が成功したというのに。

「ご、ご友人が一緒なら、もう大丈夫かな。気を付けて下さいね。それじゃあ…。」

なんとなく肩を落としながら去るスノウと、後に続く3名にお辞儀をし、また明日と挨拶をして、イルスに向き直る。と、すぐにイルスに肩を掴まれ、怒られた。

「何であんな危ないことをしたんだ!」
「ご…ごめん。でも、おかげで怪しまれずにラズリルに行けるでしょ?」
「だれど…!もう、二度としないでくれ!」
「な、なんなの?どうしてそんなに怒ってるの。落ち着いて…」

小声で制すると、イルスは怒りをにじませたまま踵を返し、数歩宿の方へ歩いたが、すぐに戻ってきた。そして私の腕を掴み、引っ張ってまた歩き出した。

「宿に帰ろう。もう一人で歩かないでくれ!」

こんなに強引なイルスを見るのは初めてで、私は戸惑った。戸惑うあまり、茶化すこともあしらうこともできず、彼にされるまま、宿へと帰ったのだった。



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