001

スカイホールドの北、雪が解け始めた山のふもと辺りに、大きな湖が出現したのが1か月前。そして先日、その湖のちょうど真ん中に、小さな島があることが報告された。
今回その島の探索のため、フェンヌは仲間と共に湖へ向かった。

「平和維持軍と言うより、雑用軍だな。」

カレンが苦笑交じりに呟いた。今回騎士団の小隊も現地へ赴くため、指揮官としてカレンも同行するのだ。探索だけなら彼に任せてしまうのだが、報告には「天の裂け目のようなものが島のあたりに見える」とあったので、審問官と指揮官の同行調査という珍しい事態となった。
と言ってもフェンヌにはもう、裂け目を閉じる力はないのだが。

「……と言いつつ、嬉しそうね指揮官さん。愛しの奥様がいるからかしら。」

レリアナが追い抜きざま、カレンに耳打ちして言った。カレンは顔を赤らめ、しどろもどろに反論しながらレリアナを追いかけて行った。

「まったく、楽しそうだな……」

トムが小さく笑ってフェンヌに追いついてきた。フェンヌは彼に合わせて歩いた。

「トム。来てくれてありがとう。もう審問会の一員ではないのに」
「なに、水臭いことを言うな。審問会を抜けても、お前のことは仲間だと思っているんだ。」
「……ありがとう。」

フェンヌがほほ笑むと、トムも微笑を残してフェンヌを追い抜いて行った。

「安心している。彼は大丈夫。彼女の力が無くても……」

ふっと、風が吹くように静かに、コールが呟きながら歩いて行った。彼も、今回の任務が決まった時、いつの間にかどこからともなく現れて、ついて来てくれたのだった。

フェンヌは昔を思い出し、胸が温まるのを感じながら彼らの後に続いた。



湖には先導隊が手配した船がすでに用意されていた。

「海と違って波もないから、日没までには島に着きますよ。」

と、船頭の男が得意顔で言った。
島には大体1週間ほど滞在して探索する予定だったため、たくさんの荷物がある。まだそれらを船に積み込んでいる途中のようで、至急建設した簡易式桟橋には先導隊たちが行ったり来たりしていた。

「パーティー編成についてお伺いしていいですか。」

チャーターがサッとフェンヌに近づいてきて、よくジョゼフィーヌが使っていたような羊皮紙を固定するボードを取り出した。

「そうだな、トムとコールは決定だが……あと一人、騎士団から手が空いている者を」
「私が行こう」

フェンヌの隣にやってきてそう言ったのは、カレンだった。フェンヌだけでなくチャーターも目を丸くして彼を見上げた。

「ですが、指揮官……」
「指揮はバリスに任せてある。あいつにもいい機会だ。」

カレンはそう言い切ると、フェンヌに向き直った。

「ご一緒してよろしいかな、審問官?私では役不足か?」
「とんでもない。心強いよ、カレン」

2人がそう言葉を交わすと、チャーターは仕方がなさそうにボードに記入した。

「前衛ふたりに後衛ふたり、バランスもちょうどいい。」

チャーターが去った後、フェンヌが言うと、カレンはフェンヌの左肩に触れ、そのまま腕を撫でた。するり、と手袋に覆われた細い腕がカレンの手にとられる。その腕は固く、布越しにも冷たかった。

「だが、あなたは無茶をするなよ。……この腕、調子はどうなんだ?」

フェンヌは左手を失って以来、義手をつけている。これはヴィヴィエンヌが手配してくれたもので、魔道氏たちによって作られた、魔力を通せるものだ。これのおかげでフェンヌは、今まで通り不自由なく左手を使える。

「とてもいいよ、本物のように。だから大丈夫。」

フェンヌがそう言うと、カレンはまだ少し不安を残した微笑を浮かべた。



船の準備が終わり、小隊は乗船した。そして太陽が真上に上がった頃、船は静かに出港した。
波のない鏡のような湖面を、船は滑るように進む。風もあるし順調だ、と船頭の男は言う。

「あれは……報告書にあった天の裂け目?」

レリアナが指差す方を見ると、確かに緑色の光の靄が空にあった。

「悪魔がいる可能性が高いな。」

トムが独り言のように呟く。しかしフェンヌは神妙な顔で言った。

「だが……天の裂け目は全て塞いだはずだ。あれはきっと…新しいものだ。もしかしたら悪魔だけでなく……他の者もいるかもしれない。」
「他の者?」

尋ねるレリアナを、振り向かずにフェンヌは言った。

「昔の――私のような境遇の者だ。」

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