001
スカイホールドの厳しい寒風が、フェンヌの鼻先を冷やして赤く染めていく。
遠征を終えたフェンヌがドリアン、コール、アイアン・ブルと共に前庭へ入ってくると、待ちかねていたように難民のテントの前にいたカレンが駆け寄ってきた。
「審問官。疲れているところすまない、話があるのだが。」
「どうした?」
フェンヌが耳を傾けると、コールはいつの間にか消えていて、ドリアンとアイアン・ブルも軽い挨拶のあと立ち去って行った。
「どうも、迎え入れた難民の中に、出自不明の者が紛れている。今はひとまず騎士に見張らせて一つのテントに集めているが、その件で会議を行いたい。」
「わかった。すぐに会議室へ向かおう。」
フェンヌが了承すると、ふたりは共に会議室へと向かった。
「密偵の可能性もあるわ。私は追い出すべきだと思う。」
会議室で、レリアナは開口一番言った。フェンヌは頷いて、他の二人を見渡した。
「ジョゼフィーヌとカレンの意見は?」
「私は保護すべきだと考える。彼らは丸腰で、言葉も通じない。ここから追い出したら間違いなく死ぬだろう。」
「その、言葉が通じないと言うのが妙なのよ。危険因子は可能な限り排除すべきだわ。」
「それは少し極端すぎないか?ヘイブンでの件で過敏になるのはわかるが…」
「落ち着いてくれ、二人とも。」
カレンとレリアナの意見が対立し、フェンヌは柔らかく仲裁した。
「ジョゼフィーヌはどう思う?」
「そうですね。お二人の意見、どちらも一理ありますが…怪しい者は人数もそう多くありませんし、監視する者をつけて、何か審問会の役に立つならば、ここで保護してもいいと思います。」
「言葉も通じないのに何が出来るかしら。」
「あら、案外仕事は多いですよ。むしろ、文字が読めないのなら好都合なこともあります。」
「そうね……本当に読めないのならね。彼らの狙いはそこかもしれないわ。はるばるこの国のこんな山奥まで来て言葉がわからないなんて、やはりおかしいもの。」
やはり意見が割れて、会議室は途方に暮れた。
「……ひとまず、その妙な難民に会ってみる。」
フェンヌが言うと、カレンが顔を上げた。
「そうだな、審問官も一度会ってみたほうがいい。来てくれ、私が案内しよう。」
カレンに案内されて、フェンヌは前庭にある難民を保護しているテントへやってきた。ここでの生活は決していい環境とは言えない。しかし彼らは他に行く場所もなく、ここ以上に安全に生活する保証のある当てもないのだ。
カレンが一つのテントの前までやってくると、見張りの騎士が敬礼をして道を開けた。
「審問官がお会いになる。控えていろ。」
「はっ。」
騎士はカレンの傍らに下がった。
「ずいぶんと物々しいな。」
「レリアナ殿ではないが、万が一だ。」
「でも、あなたは保護するつもりだっただろう。」
「それはそうだが、もしあなたが……」
カレンは言いかけて、はっと息をのみ、口をつぐんだ。
「私が何だ?」
フェンヌは言いかけた言葉を聞きだそうとした。
「いや、何でもない。行こう。」
しかしカレンにはぐらかされ、結局聞けないのだった。
テントの垂れ幕の奥に、騎士が呼びかけると、不安げな顔つきの若い女が3名出てきた。その顔を見て、フェンヌは一瞬呼吸が止まった。彼女らもまた、フェンヌを見て硬直した。彼女たちは、フェンヌの決していいとは言えない知り合いだった。
「審問官、彼女たちが問題の難民だ。今朝がた、スカイホールドの門の傍で凍えているところを、巡回中の騎士が見つけた。」
カレンの説明がフェンヌの耳の中に意味のない言葉のように流れ込んできた。
「審問官?」
カレンがフェンヌの様子に気がついて尋ねた。
「あ……いや、大丈夫だ。彼女たちは……少し、知っているんだ。」
「何?審問官の知り合いなのか?」
驚くカレンに、フェンヌはなるべく刺激を与えないように言葉を選んだ。
「少し…話をする。彼女たちに通じる言葉は、知っているから。」
そう言って、フェンヌは三人の女に向き直った。
「どうしてここに?」
「いや、えっと、え?そ、そっちこそ…」
女たちは完全に混乱していた。フェンヌは困惑した。
「私のことはいいんです。そちらは、どうしてここに来たんですか?」
「わ、わかりません。いつの間にか雪山にいて。」
一人が答えると、もう一人の女はうんうん頷き、もう一人の女は黙りこくっていた。
「じゃあ、行く当ても何もないんですね。」
「いや、何もわからなくて…」
「では状況を整理しましょう。」
フェンヌはひとまずカレンに状況を伝えた。そして、また女たちに向き直った。
「ここは寒いですから、中に入りましょう。」
「え?中って……」
「城の中です。謁見の間がありますから。」
「え、えっけん?」
目を丸くする女たちを、騎士たちにまかせ、フェンヌとカレンは城へと向かった。
謁見の間へ入り、フェンヌは審問官の玉座へ座した。間もなくして、女たちが連れられてきた。女たちは、玉座に座すフェンヌを見て、目を白黒させた。
「まず、知っておいてもらいたい。」
フェンヌはそれまでの口調を辞め、あえて乱雑に彼女たちに告げた。
「ここはスカイホールド。雪山の山頂にある巨大な要塞。一番近い町まではあなたたちの足では丸三日かかり、しかもうち二日は険しい雪の山道を通らなければならない。つまりあなたたちは現実的に、自力でここを出て他の場所へ移ることはできないということだ。」
女たちは黙って聞いていた。
「そこで選択肢は三つある。1つめは、一番近い町へ移り、そこからは自由になる。ちょうど明日の朝、町へ向かう遠征隊が出る。彼らに警護を命じるから、町までは安全に行ける。ただ、町へついてからは面倒は見れない。住む場所も職や金も自分たちだけで何とかしなければならない。
2つめは、ここに残って難民として保護してもらう。今スカイホールドではちょうど戦争難民を積極的に受け入れている。城の修復が進むまではテントで暮らしてもらうことになるが、食事は出るし暖もとれる。ただし最低限仕事はしてもらう。ここに住む者は難民であろうと、怪我や病気のないかぎりは全員仕事をしている。そして条件としてしばらくの間監視が付く。
そして3つめは、ただちにここを身一つで出ていくこと。これは当然の権利だ。私たちの庇護下に入りたくないという意見もあるかもしれないからな。ただしその場合、こちらからは何も恵んでやれない。食料も備蓄も、全てこのスカイホールドへ助けを求めてきた者たちのために備えてある。今後審問会に何のかかわりもなくなる者に分けあたえてやれるものはない。」
「ま、待って。よくわからないんですけど……ここはなんなの?要塞って?」
「……今、この国は戦争中だ。様々な派閥が、思想や能力や身分や出自によって対立している。ここスカイホールドに集う審問会もその一つで、派閥としては、偏見や分け隔てなく弱き者を受け入れ、世界を脅かそうとしているコリーフィウスを倒すことが目的だ。だから審問会には、人間、エルフ、ドワーフ、クナリ、魔術師、貴族、平民……さまざまな者がいる。言葉の通じないおかしな難民というくらいでは、浮かずに済むだろう。」
「……。」
「審問会は、主に中心的な5人で運営している。まず、審問会立ち上げを提案した、カサンドラ。彼女は探究騎士と呼ばれる。そして、立ち上げの際助力してくれた、大使のジョゼフィーヌ、密偵のレリアナ、元テンプル騎士で現指揮官のカレン。最後に、審問会のリーダー……審問官は私。私があなたたちを受け入れると言えば、その通りになる。さあ、どうする?」
3人は顔を見合わせ、そのうち一人が口を開いた。
「あの……私は、ここで……ここにいたいです……」
フェンヌは他の2人を見渡した。
「あなたたちは?」
するとほかの二人も、小さく頷いた。
「私たちも……」
それは心からでなく、単に他の選択肢が酷だからだろうと思った。
「わかった。」
フェンヌは頷いて、ジョゼフィーヌに彼女たちの意志を伝えた。
「3人とも、難民としてここで受け入れる。」
「わかりました。」
それからフェンヌはレリアナとカレンを見た。
「監視につける者はそちらに任せる。仕事も与え、他の難民と同じに扱ってくれ。」
「いいの?あなたの知り合いなんでしょう?」
レリアナが鋭く尋ねた。しかしフェンヌは顔色一つ変えず、玉座を立った。
「あまりいいとはいえない知り合いなんだ。」